ウ・ワッサの森:2
「・・・ふう、何とか逃げ切ったかな、余石」
森の、奥。夜の森は静かにある。
「まあ、何とかなったんじゃない。雨夜、腕は大丈夫かい?」
雨夜は、捕まれた右手を見る。
「袖が破れている以外は問題ないかな。腕も動くし。余石が居なかったら僕はやられてたかもしれないよ。ありがとう」
「どういたしましてー」
余石は無機質な声でそう答えた。
「さあ、これからどうしようか」
周りが見えないので、ランタンに火をともす。ぽわっと辺りが少しだけ明るくなる。
「雨夜、居場所ばれないように気をつけてねーめんどくさいから」
「了解、余石」
左手に持って、雨夜は少し周りを見渡してみる。入り組んだ森の中に、大きな広場のような物がある。
「余石、あの広場は何だろうね。台のようなものがあるけど」
「さあ、広場だから、誰かが集まるんじゃない?」
夜は、更ける。むやみに動くことが得策では無いと判断した雨夜は、木の陰に隠れながら朝になるのを待つことにした。
「もうそんなにランタンの燃料が無いから、大事に使わないと」
燃料の残りは、半分くらい。使い切ることは避けたい。
「ワッサ! 侵入者はどこだ ワッサワッサ!」
「雨夜、ランタンの明かり消して。妖『ウ・ワッサ』が来たよ」
「うん、もう消したよ余石」
余石が気づくと同時に、雨夜もその存在に気づいて行動に起こした。雨夜は明かりを消す前に目をつむり、暗闇に目を慣れさせる為の準備を行う。
「余石、近づいてきたら教えてね。僕は目を慣れさせる」
「雨夜に言われなくてもわかってるよー」
続々と、その数を増やしていく妖『ウ・ワッサ』。緊張感の圧が、雨夜達を襲う。
「ワッサ! 燃やす覚悟はあるのに殺される覚悟はないのか ワッサワッサ!」
「ワッサ! 逃げるということは自分が悪いことをしている証拠だ ワッサワッサ!」
だんだんと、
「ワッサ! 他の人間にも言って協力して森を破壊する気だな ワッサワッサ!」
「ワッサ! お前は非道な人間だ ワッサワッサ!」
声が、
「ワッサ! 森を破壊して人間の家を建てるらしいな ワッサワッサ!」
「ワッサ! 燃やして俺たちを肥料にして何かを育てるらしいな ワッサワッサ!」
広場に集まってくる。雨夜は暗闇に目が慣れた。
「この広場に結構集まってるね、余石」
「そうだね、雨夜。あ、あの台に誰か立ったよ」
雨夜は慣れたばかりの目で、木に身を隠しながら見る。『膿』という字が顔の部分にある、妖『ウ・ワッサ』が台の上に立っていた。
「ワッサ 諸君集まってくれて感謝する ワッサワッサ」
『膿』の妖『ウ・ワッサ』がそう言った瞬間、広場に集まっている者達が全身を動かして雄叫びを上げる。
「ワッサ 森への侵入者はどうせ悪いものだから容赦はしなくていい ワッサワッサ」
そうだそうだと声が上がる。
「ワッサ 私たちは何も間違っていない ワッサワッサ」
手に持っている刃物を振り回す。
「ワッサ あの侵入者が悪いことをすると仲間から聞いたのだから間違いない ワッサワッサ」
大きな歓声が上がった。
「僕たちは迷ったからこの森を出たいと言っただけなんだけどねぇ。余石、どう思う?」
「まあ、理由はどうであれ。僕たちが彼らの縄張りに侵入しているという事実は変わらないよ雨夜。不利なのは僕たちの方だね」
余石は冷静に、そう言い放った。
「さすがは余石。分析できるねぇ」
「どうもー」
「ワッサ! あのすみません ワッサワッサ!」
雨夜の近くから、妖『ウ・ワッサ』の声。雨夜は警戒心を持って、そちらの方に向きながら少し距離を取った。
「雨夜、最初に出会った妖『ウ・ワッサ』じゃない?」
余石にそう言われてよく見てみると、顔の部分が『う』の者だ。
「もしかして、僕が道を尋ねたウ・ワッサですか?」
そう問いかけると、手に持っている笹のような物を元気に振り回した。
「ワッサ! ご迷惑をおかけしています ワッサワッサ!」
その妖『ウ・ワッサ』は、迷惑を伝えるようにぺこりとお辞儀をした。
「ワッサ! 僕はちゃんと道案内するようにお願いしたんですけど変な風に伝わってしまったみたいです ワッサワッサ!」
何度も何度もぺこりとお辞儀をする妖『ウ・ワッサ』。
「困ってたけど、ウ・ワッサは森への出口を教えてくれますか?」
雨夜がそう問いかけると、『う』の顔をした者はそれを快く受け入れて、雨夜達を案内してくれる。
「雨夜、足下危ないから明かりつけときなよ、控えめにね」
「ありがとう余石」
少し光を持ち、『う』の顔をする者に大人しくついて行った。最後に少しだけ広場の方を見てみると、台の上に立っている『膿』の顔をした者に群がっている大量の妖『ウ・ワッサ』が見えた。
ーーーーー
「あんた達、あの森に迷いこんでいたの? それは大変だったねぇ。けがはしてない?」
森を抜けた後、止まった宿で同じく宿泊していた常連だというおじさんにそう聞かれた。
「はい、なんとか大丈夫でした」「大丈夫だけど、変な妖がいたねー」
ほう、とおじさんが顎に手を置いた。
「君たちはあの森の妖を知ってる?」
「妖、ですか?」「なになに、おじさん聞かせてよ」
「どんなに正しいことを話しても、必ず一つは間違って伝わってしまうんだ。あやつらは噂が本当に大好きらしくてね。仲間内で伝えていくうちに、どんどん真実とはねじ曲がった情報を伝え合う性質を持っているらしいんだ」
「へえ、そうなんですね」「らしいってことは、おじさんも詳しくは知らないの?」
おじさんは少し目を見開いた。
「痛いところを突いてくるね、君は。そう、僕は出会ったことがなくて、全部聞いた話。本でも少しだけ読んだけど、それが本当だとは何ともいえないかな」
まあでも、とおじさんは話を結論づける。
「噂は一人歩きするっていう言葉があるくらいだから。本当に歩いて伝え合っているのかもね」
おじさんの言葉に、なんだか雨夜は納得した。
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