ウ・ワッサの森:1

「ねえ、余石」


「なんだい雨夜」


「これは、迷ったって事でいいのかな?」


「ああ、迷ってると思うよー」



深い、森。密集した木々が空に覆い被さるように生え、闇を作り出す。



「結構、足下がジメジメしてるね」


「へえ、僕は浮いてるからそんなの感じないや」



隙あればコケが生え、ヌルヌルと動く何かや鳥の声。



「暗くなる前に森を抜けられるかと思ったけど、僕の思い違いだったみたいだね、余石」


「そうだね、雨夜。まあ、ジメジメしたところも悪くないから、僕は別にいいよー」



少し、歩く。適度に平地の場所を見つけたところにシートを引き、荷物を置いた。



「やむおえないけど、ここで一晩過ごす事にするよ余石」


「了解、雨夜。森を出たら絶対に僕の体をキレイにしてよね」


「はいはい。まずは薪を集めないと」



雨夜は荷物番を余石に任せ、辺りに落ちている木々を拾い集める、が。



「うーん、ちょっと湿ってるね。燃えなくは無いけど、薪がはじけるのに気をつけないと」



湿度が高いせいか、あまり乾いた木が集まらない。



「あ、雨夜。二メートル先に『火の木』が生えてるよ」


「お、本当かい余石。早速取ってくるよ」



余石に言われた方向、距離を歩くと、自然発火する木『火の木』を見つける。いつ自然発火するかはわからないので、雨夜は丁寧に、そしてさっと必要な分を採取した。



「余石、とれたよ。教えてくれてありがとね」


「そんなことは良いからさぁ、はやく薪組まないと燃えちゃうよー」


「そうだね、余石、ありがとう」



 雨夜は荷物を置いた場所に戻り、荷物をよけて『火の木』で薪を組んでいく。組んだ瞬間、パチッと音が鳴り、勢いよく『火の木』が燃え始める。



「ふう、間に合った」


「雨夜の体が燃えなくて良かったね」


「余石の冗談は冗談に聞こえないな」


「まあ、冗談じゃ無いからねー」



雨夜は少し腰を据え、荷物の中から缶詰を取り出す。



「ほいっと」



それを『火の木』で出来たたき火の中に放り込み、しばし時間を過ごす。



「夜の森は良い季節が巡ってきても過ごしにくいから、気をつけないといけないね、余石」


「僕は妖だから大丈夫だけど、雨夜は人間だから心配だなぁ」


「その語尾から心配は全く感じられないけどね、余石」


「そうだね、雨夜」


「あ、認めた」



雨夜はたき火の中に放り込んでいた缶詰を取り出し、革の手袋をはめてプルタブをパカッと開ける。



「あ、良い匂いだね余石」


「そうだね、雨夜。まあ、僕はそんな物には興味ないけどね」



魚を、味噌で味付けした缶詰。



「塩分も補給できて一石二鳥だ」



缶詰を食べる前に雨夜は、水練りの村でもらった水水筒から水をコップに注ぎ、ゴクリと一口。



「うん、いつ飲んでもおいしいなぁ」



水分補給、完了。缶詰の方に向き直り、カバンから折りたたみ式の箸を取り出し、組み立てる。



「余石、頂きます」


「頂いちゃってください」



パクリと一口。



「うん、おいしい」



口の中に広がる、味噌の風味。魚の柔らかい感触が、口の中いっぱいに広がる。



「うん、うん」



少ないが、何度も小さく頷きながら雨夜は缶詰を頬張る。目を細め、幸せをかみしめる。



「雨夜は何を食べても幸せそうな顔をするよね。簡単な人間だな」


「余石。僕にはそんな言い方しても良いけど、他の人にはしちゃいけないよ」


「何を食べても幸せそうな顔をするって言うことを?」


「いや、『簡単な人間』の方だよ」



食べ終わる。からんからん、と缶の音が鳴る。



「ごちそうさまでした」



雨夜は空き缶を片し、たき火を横目に寝床の準備に取りかかる。



「雨夜、下が湿ってるからぬれないように気をつけてー」


「ご忠告どうも、余石」



寝具を直接床に敷かず、軽量で持ち運びに向いている台を設置する。台の上にいつも使っている寝具を敷き、準備は整った。



「雨夜、ちょっと傾いてるんじゃない?」


「余石、僕はそこまで神経質じゃないから大丈夫だよ。でも、ありがとう」



日が昇ると同時に動き出すために、雨夜は寝具に身を置こうと腰掛ける、と。



「ワッサ! ここで何をしているの? ワッサワッサ!」



何者かに問いかけられた。雨夜は即座に緊張し、その声の方に向く。



「雨夜。『妖』だよ」


「うん。そうみたいだね余石」



伸びた餅のような体に、『う』の文字が顔の部分にくっついている何者かが、雨夜達の目の前に現れた。髪の毛は一本も生えていない。



「ワッサ! ここで何をしているの? ワッサワッサ!」


「えっと・・・ こんにちは」



とりあえず、雨夜は挨拶をした。



「ワッサ! こんにちは ワッサワッサ!」



両手に持つ笹のような植物を目一杯に振り、何かを表現するその者。



「僕は雨夜と申します」「余石だよーよろしくねー それでなんて名前なの?」


「ワッサ! ウ・ワッサです ワッサワッサ!」



『ウ・ワッサ』と名乗るその妖は、礼儀正しくお辞儀をした。



「ワッサ! 人間がこんなところで何をしているの? ワッサワッサ!」


「えっと、ね」「迷ったから、ここで一晩過ごすことにしたんだよ。ウ・ワッサ」


「ワッサ! そうなんだ ワッサワッサ!」



自分の体を回転させながら、手に持つ笹のような植物を振り回す。



「ねえ、ウ・ワッサ。もし君がこの森に住む者なんだとしたら、出口を知っているだろう? 僕たちを案内してくれないかな?」



雨夜は、冷静に、そして声色を優しく妖『ウ・ワッサ』にお願いをする。



「ワッサ! 何かくれたらいいよ ワッサワッサ!」



上下に動く、ウ・ワッサ。



「うーん、何かか・・・」「雨夜、さっきの缶詰でもあげてみたら?」



余石の提案に沿って、雨夜はカバンの中から一つの缶詰を取り出す。



「これで、どうかな?」


「ワッサ! 何かよくわからないけど良いよ ワッサワッサ!」



妖『ウ・ワッサ』は手に持っていた植物を捨て、その缶詰を受け取って喜んでいるような仕草を示した。



「ワッサ! それじゃあ仲間のみんなに言って、みんなで案内して上げるね ワッサワッサ!」


「いや、君一人に案内してほし・・・」



雨夜が言葉を言い切るまでに、妖『ウ・ワッサ』はトコトコと森の奥へと消えていく。



「行っちゃった・・・」


「まあ、とりあえず何とかなりそうだから良かったじゃん雨夜」


「そうだね、余石。まさかこんな所にも妖がいるなんて思いもしなかったなぁ」



パチパチと、火の木の燃える音。草木がぬるっと生い茂る音だけが辺りを支配する。



「とりあえず慌てても仕方ないから、ゆっくりしようか余石。警戒だけはよろしくね」


「警戒するのも疲れるけどなー でも、了解、雨夜は人間なんだから、早く寝なよ」


「お、優しい」



雨夜は少しでも体力を回復するために、寝床に入った。すぐに動けるように、靴は脱がずに。


そして、静かな夜へと森は変貌する。



 ーーーーー



「ワッサ! あいつらだ ワッサワッサ!」


「ワッサ! 悪魔の元凶がいたぞ ワッサワッサ!」



徐々に近づく、植物のこすれる音とトコトコ土を踏む音。徐々に赤らむ辺り。



「雨夜、起きて。沢山の何かが近づいてくるよ。それも敵意を感じるね」


「・・・ん。了解。ありがとう余石」



雨夜は寝床から出て、音の近づく方へと警戒を強めながら寝具を片していく。



「ワッサ! 貴様らか ワッサワッサ!」


「ワッサ! 森を燃やそうとする者は貴様らか ワッサワッサ!」



明らかに、敵意のこもった声に、雨夜は警戒をさらに強める。



「森を燃やすなんて、一言も言っていませんよ、僕は」


「ワッサ! 嘘だ ワッサワッサ!」


「ワッサ! 仲間からそう聞いたぞ ワッサワッサ!」



雨夜の反論に、その者達は感情を高めていく。


う・ウ・卯・鵜・禹・宇・羽・右・雩・圩・打。様々な顔ぶれ、妖『ウ・ワッサ』



「僕は迷ってしまったので、この森から出る道を教えて欲しいとあなた方の仲間に言いましたよ」


「ワッサ! そんなわけないだろ ワッサワッサ!」


「ワッサ! 人間はすぐに嘘をつくんだ ワッサワッサ!」



聞く耳を持たない。



「ワッサ! お前が私たちの仲間に渡した物はなんだ ワッサワッサ!」


「ワッサ! 開けたら爆発する爆弾だろ ワッサワッサ!」


「あれは魚の缶詰です。爆弾ではありません」



怒りの空気が周りに充満していく。妖『ウ・ワッサ』がどんどんと数を増やしていく。



「ワッサ! じゃあ僕たちを死に至らしめる変な物だな ワッサワッサ!」


「雨夜、話通じなさそうだから逃げた方が良いかもね」


「僕もそう思っていたところだよ、余石」



雨夜は余石にその言葉を言われる前に、すでに荷物を全て片付け、肩に背負っていた。たき火は、未だに燃え続けている。



「ワッサ! みんな、こいつらが私たちの森を破壊する前に、殺してしまおう ワッサワッサ!」


「ワッサ! 私たちの森を破壊するやつは敵だ ワッサワッサ!」



その時はやってきた。妖『ウ・ワッサ』は、集団で雨夜達に襲いかかってくる。



「雨夜、乗る?」



余石の提案に、雨夜は素直に乗った。余石の椅子の部分に乗ると、余石の体から青色のオーラのような物が辺りに充満する。



「さあ、行くよ雨夜。靴で乗ってるのが気になるけど!」



余石は雨夜を乗せたまま、高速で移動を開始した。



「ワッサ! 逃げるぞ ワッサワッサ!」


「ワッサ! 逃がすな ワッサワッサ!」



その後を追って、妖『ウ・ワッサ』はパタパタと移動を開始する。余石の移動に合わせて、道を塞ぐように連携を取っていく。



「おっと! 危ない危ない」



あまりにも数の多い妖『ウ・ワッサ』に、余石は少し戸惑い、動きが遅くなった。



「ワッサ! お前を殺してやる ワッサワッサ!」



余石を捉えた一匹の妖『ウ・ワッサ』が、雨夜の袖を掴み、そう言った。葉っぱのような物を持っていたはずのその手には、鋭利な刃物が握られていた。



「雨夜、振り払えるかい?」


「余石。やってるけど、結構掴む力が強いんだ。どうしたらいい?」


「ワッサ! お前の首をかっ切ってやる ワッサワッサ!」



 少し伸びる、腕。雨夜の首を、刃物が的確に狙う。



「雨夜! 少し痛いかも!」


「余石、何が? うわ!」



余石が動きながら急激に傾いた。当然雨夜は体を支えきれなかったので、湿った地面へと転倒する。



「いったい。余石、どういう」


「雨夜、妖『ウ・ワッサ』のついている方の腕を出して!」



雨夜は反射的に、余石の言うとおりにした。地面に落下したことで少し動転している一匹の妖『ウ・ワッサ』は、再度雨夜の命を狙いに来る、が。



「ワッサ! 痛い ワッ」



余石が思いっきりジャンプし、その妖『ウ・ワッサ』を踏み潰した。嫌な音が鳴り響く。



「さ、雨夜乗って。逃げるよ」


「余石も結構やるね。助かったよ」



後ろ、横、前から襲い来る妖『ウ・ワッサ』をよけながら、森の奥へと何とか逃げていった。

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