夢じゃないんだ

 ゾラは大急ぎで家の中に入っていった。


「ママ! パパ!」


 返事はない。リビングにもいない。お風呂もいない、トイレもいない。そして寝室を開けたゾラはベッドの膨らみを見て、駆けよった。


「まさか、本当に牛になったの?」


 おそろしくて寂しくて、ゾラは震える。布団がもぞもぞと動き、声がした。


「なあに、ゾラったら起きていたの?」


 ママはママのままだった。眠そうな眼をこすり、体を起こす。


「牛じゃない」


 拍子抜けして思わず呟く。ママの隣で寝ていたパパも起きて大きなあくびをした。


「ゾラ、もうとっくに寝たと思っていたのに。目がさめちゃったかい?」


 いつものパパだ。ママは「怖い夢でも見たの?」とゾラを抱き寄せる。


 夢じゃないんだ。

 ジャスパーと飛んできたんだ。

 雲も食べたし、星も飛ばした。


 けれど、それは全部声にならなかった。ゾラは嬉しくて嬉しくてたまらなかったはずなのに、大声をあげて泣いていた。

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