第13話

「……それは、どういう事でしょう?」

「試練を乗り越えた先で〝英雄〟が生まれる。その認識に、間違いはないのだと思う」


 事実、俺の知る〝師匠英雄〟達も似たような事を言っていた。

 だから、そこに間違いはないと思う。


「ただ、先生は認識を間違ってる。〝英雄達あいつらの事を、何も分かっちゃいない。〟確かに凶悪とは思うが、『たった一体の合成獣この程度』を、試練と言わねえよ」


 頭の片隅で、もしかすれば、『倒せるかもしれない』『どうにかなるかもしれない』と僅かでも希望が抱ける壁を————〝英雄達あいつら〟は壁とは言わない。

 そんなものは、試練と言わない。


 〝英雄師匠〟達の言う試練ってのは、もっと残酷で無比な、希望すら全く抱けない、絶望という言葉すら生ぬるい絶体絶命の状況である。

 何故ならば、たった一人で世界を敵に回し、それでもと意地を張り続けたバカが〝英雄〟であるから。


 ……そう、ずっと聞かされて来た。

 そして、意地を張った結果、〝魂の牢獄〟に閉じ込められる羽目になったが、その行動に悔いはないと、誰もが言っていた。


「まるで、実際に〝英雄〟を知っているかのような口振りですね」

「あぁ、知ってる。知ってるからこそ、怖かった、、、、

「……怖かった?」


 後ろにメノハや、リュカがいる事もお構い無しに肯定する。

 今の俺の頭は、聞かれちゃまずいからはぐらかす。

 なんて事が出来るほど冷静な状態になかった。


「だってそうだろ。〝英雄〟達の歩んできた軌跡を知ってるんだ。立ち塞がった〝試練〟を知ってるんだ。〝英雄〟達の強さだって知ってる。そんな俺が、〝英雄〟達を造り出す為の試練に挑みたいと思うかよ。俺は、その試練を乗り越えた奴等から『才能なし』と言われ続けた人間だぞ」


 犬死にするに決まってる。

 そもそも勝てっこない。

 だから、臆病風に吹かれた。


 足だって竦んだ。

 恐怖一色に頭の中は染まり、一度は拒絶の言葉を口にした。


「ただ、今回に限り、それは勘違いだと思い知らされた。『教団』か何か知らないが、この程度で本当に〝英雄〟が造り出せるんなら、今頃右も左も〝英雄〟だらけだろ」


 そして、リュカの付与魔法が全て掛け終わる。

 元々、時間稼ぎのためにライオル先生に話し掛けた訳ではなかったが、もう言葉を交わす意味もないと判断し、俺は会話を終わらせる事にした。


「そもそも、だ。あんたらが求めてる〝英雄〟って存在は、こんな問答をする時間すらくれなかったぞ」


 不敵に笑う。

 そして、俺のその行為を見て、ライオル先生もまた笑い、口を開いた。


「グラムくんは、余程死にたいらしい」


 彼の中で、俺は魔法学院アカデミーの落ちこぼれ。グラム・ラルフと俺を呼んでいた事からそれは間違いない。


「その洞察力の良さを買われて此処へ同行したのでしょうが……実力の伴わない発言は、ただの自殺志願者にしか見えませんよ」


 彼は、俺を嘲る。

 でも、ライオル先生は知らない。

 俺が、百年ほど彼が望んで止まない〝英雄〟に扱かれてきた事を。


「知ってるよ。そんな事は」


 増長する気はないけど、師匠達を軽んじる連中に怒るくらいなら、許してくれるよな。


 だからこそ————


「時にあんたは、『剣王』と呼ばれたヴェリィって〝英雄〟を知っているか」


 ————力を貸してくれ。


 剣を握る手に力がこもる。

 刹那、遠間から爆発したと思わせる程の衝撃が大気を揺らし、『合成獣キメラ』が俺へと肉薄。


 『特級魔法師』であるメノハはその行動を察知し、即座に周囲に魔法陣を展開。


「グラムくん!!!」


 同時、危険を知らせるべく俺の名前を叫んでくれていたが、まだ、心配には及ばない。


「あいつの剣は、〝理屈〟が通じないんだ」


 誰よりも基本に忠実な剣。

 それが、『剣王』ヴェリィの剣である。


 ただ、〝英雄〟という存在を正しく認識すればする程、それがどれだけ異常なのかが見えてくる。


 真っ当過ぎる剣のみで、〝英雄〟に至った世紀の〝剣豪化け物〟だ。

 そして、ただの剣風を斬撃にまで昇華させた挙句、『月を斬った』逸話すらも残す規格外。


 これは、斬り裂く事にのみに特化した〝英雄〟の絶技。劣化極まりない模倣であるが、それでも。


「斬り裂け」


 幾万回と見て、真似をして、十年の間ひたすら剣を振り続けた果てにたどり着いた極地。

 ヴェリィの恐るべき技量を考えれば、劣化極まりない模倣であっても事足りる————!


「————ガッ」


 己の体躯をゆうに超える巨体の影が覆い被さった直後、硬質な鉄に刃を合わせたような感覚が強烈な踏み込みと共に繰り出した剣から腕へと伝った。


 しかし、極限まで突き詰められた斬る事に特化した剣技の前では、それは然程の障害足り得ない。

 間違ってもそれは、肉を斬り裂く感触ではなかったが、それが『合成獣キメラ』であると割り切り、そのまま最後まで振るった。

 やがて、鮮血と共に宙を舞ったのは頭蓋でなく、手か足か判別のつかない肢体の一部。


「な、に……?」


 失命したわけではない。

 しかし、それでもライオル先生にとってはあり得ない光景であったのか。

 驚愕の言葉をもらす。


 ただ、今はそんな言葉に構っている暇は俺になく、狙いを定めていた頭蓋を斬り飛ばせなかったと悔いた時には既に手遅れ。

 カウンターという名の脚撃が既に迫って来ていた。



「……ッ、『魔力鎧マナブースト』!!!!」



 迎撃を試みようとも、返す刃が間に合わないと判断して、防御に全神経を回す。


 程なく、勢いを伴って肉薄をした『合成獣キメラ』の脚撃が腹部にモロに入る。

 続けざま、踏み締めていた大地がその衝撃によって大きく陥没。なれど、


「……悪いけど、その程度の攻撃はもう死ぬほど受けてきた」


 故に、耐える事は最早慣れっこ。

 口の端にせり上がってきた血をこぼしながらも、不敵に笑い、剣を手にしていない方の腕に力を込める。


 そして、先ほど斬り飛ばした筈の『合成獣キメラ』の肢体が高速で再生し、俺に狙いを定めて追撃を試みている事を視認しながら、一言。



「————『竜滅拳ドラゴロア』————!!!」



 激突。

 引き絞り、繰り出した拳と『合成獣キメラ』の肢体が合わさり、びきり、と俺の腕の骨が軋む。


 そして、力の均衡は一瞬。

 衝突した肢体は弾かれ、どちらともなく苦悶の声すら上げる間も無く後方に存在していた壁へと吹き飛ばされた。


「……高速再生に、巨体に見合わない敏捷さ。『魔力鎧マナブースト』も貫く攻撃力に、反射神経の良さ」


 壁に衝突し、尻もちをつく羽目になっていた身体を起こしつつ、状況整理。

 先の数秒にも満たないやり取りで得られた情報はこのくらいか。


 『屍人』ルドリアの限りなく不死に近い肉体という極意を半端ながらも一応受け継いでいる俺が犠牲になってそれだけの情報を引き出せた。

 十分すぎる。

 ならばあとは、『特級魔法師』であるメノハと、補助に長けたリュカと協力すれば十分倒せるか。


「物理攻撃を一切通さない『合成獣キメラ』の腕を斬り裂いた……? 生身の人間が、碌な防具もなしに一撃を防いだ……? いや、あり得ない。そんな事は、あり得ません。グラムくん。君は一体、何をしたんですか……?」

「さぁね? それは、俺に戦い方を叩き込んでくれた連中にでも聞いてくれよ」


 とはいえ、丁寧に一から十まで説明してくれるお人好しは何処にも存在してはいなかったが。


「————呑気に話すのは良いけど、あたしの存在を度外視して大丈夫なのかしら?」


 喋る暇は与えない。

 そう言わんばかりに、展開される灼熱を思わせる色味の魔法陣。


「グラムくんが色々とおかしい事は同意するけども————『特級魔法師』を舐めてると火傷するわよ」


 頭上に広がるソレは、迎撃態勢を取らせる間も無く、高速で発動されるそれは、アカデミーの授業でも習った広範囲の超火力魔法の一つ。


 底冷えした声音で紡がれる対軍魔法とも呼ばれるその魔法の名を、


「————流星群メテオストーム————!!!」


 『特級魔法師』と呼ぶに相応しい大魔法。

 魔法陣からは、特大の隕石のような塊が姿を覗かせ、一斉に降り注ぎ始める。

 そこに、リュカの付与魔法が加わって更に凶悪と化していた魔法を前に、奇妙な魔法陣を浮かべるライオル先生と、咆哮をあげる『合成獣キメラ』。

 先の衝突で負った傷を『屍人』の極意で治し、再び前を見据えた俺も含む五者による戦闘音が、忙しなく響き始めた。

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