第12話
————能力が足りないならば、他から持って来てしまえ。他の何かで、補ってしまえ。
殺し合いに、禁止も反則もないのだぞ、坊主。
十人の師匠の中で、一番姑息な手段を好んでいた『賊王』の言葉を思い返しながら、足に力を込め、土塊を後ろへと蹴り飛ばす。
そして、目算二十はいるであろう〝ヘルハウンド〟の前に、『ダンジョン』に潜る前にアリス先生から特別に貸して貰った剣を抜きながら単身で俺は躍り出た。
「ちょ、ばッ……って、え?」
暗殺者である『暴鬼』仕込みの歩行————〝
それを用いる事で、接地の音すら響かせず、高速で数メートルはあった距離を刹那の時間でゼロへと詰める。
本来であれば、魔法耐性が低い反面、特に素早さの早い〝ヘルハウンド〟と剣士の相性は最悪。
魔法師に任せるのがセオリー。
だからこそ、魔法師の邪魔にしかならない行為————つまりは、剣士が単身で敵のど真ん中に突っ込む事は本来タブー中のタブーだ。
けれど、俺はそれを手の内を出来るだけ晒しておいた方がいいだろうから。という言い訳を胸中にてこぼしながら、あえて無視する。
だから、悲鳴じみた声を上げるメノハの言葉すらも聞こえないフリで通していた。
「ガラ空き」
そしてすれ違いざま。
肉薄を予測していなかった〝ヘルハウンド〟が無防備に俺の側を通り過ぎようとしたところを————ひと薙ぎ。
水平に振るった剣は〝ヘルハウンド〟を容赦なく斬り裂き、虚空に鮮血と斬り飛ばされた肢体が舞う。次いで、返す剣でもうひと薙ぎ。
むせ返る程の死臭が、酸鼻な光景を一瞬で彩る。
「———————ッ!!!」
仲間の断末魔の声を聞き、残った〝ヘルハウンド〟達が慌てて襲い掛かる対象を全員が俺へと変更。
声にならない叫び声を漏らして、四方八方から〝ヘルハウンド〟が俺へと肉薄。
けれど。
「一点に集まったらダメだろ」
その行為に俺は嘲り、せせら笑う。
折角、数の優位があるにもかかわらず、一点集中で襲い掛かっては台無しだ。
剣を手にし、暗殺者が如き歩行を使ってはいるが、これでも一応————『魔女』の弟子。
こんなナリではあるが、魔法も使える。
喉元を食い破らんと襲い来る〝ヘルハウンド〟の鋭利な牙を見詰めながら、一言。
「俺の方が早いよ————〝火柱〟————!」
一秒を十に等分したうちの三ほどの時間で展開した魔法陣より、勢いよく打ち上がる火の柱。
数にして、十。
それは容赦なく俺の側に集まって来ていた〝ヘルハウンド〟を巻き込み、焦げる臭いがあたりに充満してゆく。
すぐ側で〝火柱〟を展開した事で、多少、自分にも自傷が生まれていたが、『屍人』ルドリアの極意を扱える限り、多少の傷は傷ですらない。
時間にして、十数秒。
ふぅ、とひと息吐いたところで漸く我に返る。
全員の手の内を確認するつもりが、俺が全部倒してしまったではないか。
……完全にやらかした。
つい、
それを、ものの見事に遵守してしまっていた。
「あー、えっ、と、その……」
シン、と場が異様なまでに静まり返っていることもあり、どう言い訳をしたものか。
なんて考えながら肩越しに振り返ってみる。
しかし、そこには予想していた光景とは真逆の表情を浮かべるメノハとリュカがいた。
その表情をあえて言葉で表現するとすれば、幼子が新しい玩具を買い与えられでもした時によく見受けられる目を爛々と輝かせた喜色満面。
そんな顔だろうか。
「そんな顔しなくていいわよ。一番未知数だったのは貴方だったのだし。……ただ、流石に色々と驚いたけれども」
リュカは付与術師。
メノハは言わずと知れた『特級魔法師』。
一番手の内が不明だったのは俺であるから、全部倒してしまった事に対する謝罪は不要であるとメノハから言われる。
「能ある鷹は爪を隠す、ってやつだね、グラム!! ほんと、凄いよ!!!」
その隣で、純粋に心から喜んでくれているリュカの言葉に少しだけ罪悪感を感じる。
決して今まで、隠していたわけでは無かったから。
「だけど、妙だよね」
「……妙?」
「うん。〝ヘルハウンド〟は、低層の魔物ではあるけど、主に十層に生息する魔物」
実技は兎も角、筆記だけは一応優等生であった俺も、その事は授業で習ったし、知っていた。
「ここはまだ、五層。普通だったら、〝ヘルハウンド〟とはまだ出会わない筈」
そもそも、深く考えればおかしい点など、いくらでも見つかる。
あえて指摘をしていなかっただけで、五層に辿り着くまでに魔物と殆ど出会わなかった事も妙だ。
そこで、ある仮説が浮かび上がる。
「なあ、メノハ」
「どうかしたかしら」
「『教団』の連中って、〝英雄信者〟なんだよな?」
『教団』について、ある程度の知識を持っていたメノハに、確認するようにそう問い掛ける。
「ええ、その筈よ」
「だったら、期限までに望む結果が得られず、学院長の娘を殺しても、あいつらに何のメリットも生まれない。……妙だよな」
『教団』の人間の望みは、〝英雄〟をどんな形であれ、生み出す事。
そんな連中が、期限内に望む結果が得られず、故に学院長の娘を殺し、結果、外部から押さえ込まれる事になる未来を許容するだろうか?
……恐らくは、否。
「あいつらの目的は、〝英雄〟を生み出す事……そもそも、なんで期限が二ヶ月なんだ?」
きっと、その二ヶ月には何らかの意味があった筈。しかし、答えは思い浮かばない。
そもそも、どうしてライオル先生は『ダンジョン』を選んだ……?
「二ヶ月、必要だったからとか? その、望む結果が得られなかった時の為に備えて、二ヶ月必要だったとか……?」
リュカが呟く。
残っていた時間がごく僅かであったが為に、『ダンジョン』に潜るまで、ろくに思考を巡らせる事をしていなかった。
けれど、『ダンジョン』に実際に潜った事で不思議と見えていなかった事実が見えて来たような、そんな気がした。
「というか、どうして『
私は今日初めて『ダンジョン』に潜った身だから、よく分からないんだけども。
はにかむリュカの発言に、それもそうねとメノハは同調する。
「……いや、待って。『
『
彼らは、魔物を取り込み、食らう存在。
それを踏まえれば、本来ならばいる筈のない〝ヘルハウンド〟が五層にいた事にも————説明がつかないだろうか。
そう考えた瞬間、僅かに首筋が怖気立った。
「上がって来てる」
ぽつりと俺が呟く。
〝ヘルハウンド〟が五層にいた理由は、
圧倒的捕食者である『
そして、十層にいるはずの〝ヘルハウンド〟達が上層に来た事で本来低層にいた筈の魔物は軒並み姿を隠してしまっていた。
だとすれば、先程まで全く魔物と出会わなかった理由に説明がついてしまう。
欠けていたパズルのピースがカチリと嵌る音が不意に幻聴された。
「上がっ、て……?」
「恐らく、上がって来てるんだ。下層から、低層に。そして多分、二ヶ月って期間の間に、多くの魔物を取り込みながら、『
そうすれば、本来の予定通り、アカデミーの生徒から望んでいた〝英雄〟という名の勇者が生まれる可能性は十二分にあるだろう。
「二ヶ月ってのは、恐らく、『
「……一旦、アカデミーに戻るわよ」
そこからの判断は、早かった。
実際に『ダンジョン』に足を踏み入れてなければ辿り着く事はなかったであろう回答。
そこに説得力があると判断したメノハは、即座に来た道を引き返そうと試みる。
……しかし。
「———————素晴らしい!!!!!」
愉悦ここに極まれり。
そう言わんばかりの言葉を響かせる男の声が一つ。
それは、聞き覚えのある声。
ライオル先生のものだった。
「その洞察力には称賛しましょう、グラム・ラルフくん。しかしです。それを知ってしまった人間を、僕が外に帰すと思いますか?」
引き返そうと試みる俺達であったが、背後から聞こえてくる獰猛な肉食獣を思わせる唸り声を前に、足を止めた。
————……恐らくは『
前からはライオル先生。
後ろには『
ならば、残された手段は〝
その思考は見事に俺とメノハ、リュカの三者の間で一致する。
けれども、〝転移石〟はいくら魔力を込めても、本来の効果を発揮する事はなかった。
「僕はこれでも研究者としてアカデミーに籍を置いていた人間ですよ? 〝転移石〟の使用を限定的に封じてしまう事など朝飯前です。これまでは、親切で逃がしてあげていただけですよ」
だから、アリス先生は使えると信じて俺達に〝転移石〟を渡してくれていたのだろう。
「……本音を言うと、もう少し手の内とか情報共有したかったのだけれど……それも無理そうね。リュカさん、魔法掛けてもらっていいかしら。これ、多分逃げられないわ。戦うしかない」
「わ、分かった」
希望的観測を抜きに、冷静に物事を判断するメノハの言葉を聞き、リュカが俺とメノハに魔法を付与していく。
ただそんな中、俺は戦闘態勢に入らず、視線の先にいるであろうライオル先生の名を呼んだ。
「ライオル先生」
「どうしました? グラムくん」
アカデミーから居なくなった二ヶ月前と何ら変わりない様子で彼は受け答えをしてくれる。
ライオル先生は、落ちこぼれである俺にも普通に接してくれる何処かのクソ教師とは違う良い先生であった。
だから、物を尋ねる事にした。
「一つ、尋ねたい事が」
「何でしょう?」
「先生は本気で、〝英雄〟を造れると思ってるんですか?」
ライオル先生は少しだけ首を傾げる。
もしかすると、どうしてこんな事をしたんだ。
なんて下らない質問がやって来ると思っていたのかもしれない。
「一騎当千。万夫不当。人という枠組みから逸脱した化け物————〝英雄〟を、本気で先生は造れると思ってるんですか」
「ええ、勿論です。我々の目的は、〝英雄〟の復活。ただ、それゆえに」
これが、何らかの復讐の隠れ蓑による行為だったとすれば。
あるいは、そういう嗜好をもった狂人の行いであるならば、俺はまだ理解をほんの僅かでも示せたかもしれない。
でも、心の底からそう思っていると言わんばかりの笑みを、此方へ歩み寄りながら見せて来るライオル先生のその思考だけは理解出来なかった。
頭が、身体が、それを決定的なまでに拒む。
「……あぁ、なら先生は底抜けの愚か者だ」
だから、蔑まずにはいられない。
「俺は落ちこぼれだ。才能はない。家だって勘当された碌でなしだ。勿論、〝英雄〟には遠く及ばないだろう。俺より強いやつなんざ、ごまんといる。けど、けどな、先生。これだけは言わせてくれよ」
これだけは、言わなくては俺の気が済まない。
あの〝
「あんた、〝
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