第11話
「リュカ・アルベローナはどうする?」
俺が納得したところで、今度はリュカに言葉が向けられる。
「私は、助けに向かいたいです」
即答だった。
「こんな私でも、力になれるのなら」
「分かった」
リュカなら、そう言うよな。
そんな感想を抱きながら、俺は言葉を待つ。
「なら、話を進めるぞ。『ダンジョン』に、試練と称して放たれている魔物は『
「ごじゅ、ッ……!?」
「だから、メノハさんだけで向かわせるわけにはいかなかった」
「……なる、ほどね」
側でアリス先生の言葉に絶句するメノハであったが、『ダンジョン』に然程詳しくない俺とリュカは、それがどれ程の魔物なのかがイマイチ判然としていなかった。
「……『特級魔法師』一人で対処出来る魔物の限界は、40層までと言われてるわ」
それに対して、相手は50層級。
道理で驚くわけだと理解する。
「でも、人為的に50層級の魔物を生み出せるなんて聞いた事もないわよ……?」
「だが、大怪我を負った上級生がそう言っていたんだ。ここであえて嘘の情報を教えるわけにもいかんだろ」
わたしもそれが真実とは思ってないさ。
ただ、『上級魔法師』クラスの上級生がそう言っていた。つまり、それだけヤバイって事だ。
そう言って、アリス先生は言葉を締めくくる。
彼女自身もどうやらそれがまごう事なき真実であると思ってはいないようだが、俺達の警戒心を高めさせる為にも、それは都合が良いと判断したのだろう。
「そういうわけで、これを渡しておく」
ゴソゴソとポケットに手を入れ、弄る事数秒。
水晶のようなものを三つ程取り出し、アリス先生は俺達に一つずつ手渡してくれる。
「〝転移石〟だ。これはお前達の命綱でもある。だから絶対に無くすなよ。使い方は……分かるよな?」
『ダンジョン』に潜る機会はまだ無かったが、授業にて〝転移石〟の使い方は既に学んでいる。
〝転移石〟とは、魔力を込める事で予め設定されている場所へと転移させてくれるアイテム。
危険になれば迷わずこれを使え、という事なのだろう。
俺達がアリス先生の言葉に頷くと、ならよしと言って彼女が答えた。
「わたしからの話は以上だ。ライオル元教諭についてもし、聞きたい事があればそこの二学年の教師達に聞いてくれ。他に質問がなければ、今すぐにでも『ダンジョン』に向かって貰いたい」
「あたしからは何もなし」
「俺もない」
「わ、私もありません」
残り時間はあと約三日。
やると決めたからには、早いところ向かうか。
「こんな事を言える立場じゃあないが————死ぬなよ三人とも」
心底申し訳なさそうな声を聞きながら、俺は、今度こそ場を後にした。
* * * *
「基本的に俺は剣で戦う。魔法も多少は使えるけど、あんまり期待はしないでくれ」
「私は付与術師。基本的に、サポート系の魔法専門、かな。治癒魔法もある程度は使えるよ」
「あたしは、典型的なアタッカータイプの魔法師。使う属性は火と雷。よろしく」
アリス先生と別れるや否や、ポーションやら、色々なアイテムが最低限詰め込まれたバッグを持ち、俺達は『ダンジョン』へと足を踏み入れていた。
時間がない事は百も承知。
だからこそ、自己紹介も歩きながら行なっていた。
「一通り自己紹介も終わった事だし……グラムくん。貴方に一つ質問、いいかしら」
「……ぅん?」
あんまり良い予感はしなかったが、反応をする。側で歩いているのだ。
無視できる筈もなかった。
「単刀直入に聞くけど、貴方、どうやって
その質問は、少しだけ予想外だった。
「初めはなんでこの人が〝落ちこぼれ〟って呼ばれてるんだろうって思ってた。なんで実力を隠してるんだろうって心底疑問に思ってた。でも、貴方の言動を見てるうちに、その考えは変わった」
「…………」
鋭いなと思う。
「貴方の言動、その全てがあまりに謙虚過ぎる。それは、自信を持っていない人のソレでしかない」
百年間、休む間もなく叩きのめされた。
十年おきに師匠は変わり、十年の成果という名の努力の結晶でさえも他の師匠の前ではクソの役にも立たず、当たり前のように叩きのめされる。
その、繰り返し。
そんな俺が、どうして自信を持てるのだろうか。
「まぁ、自分の弱さは一番自分が知ってるしな」
だから、今回の『ダンジョン』も一度は拒絶しようとした。オドネルとの立ち合いも、無視しようとした。
俺みたいな『才能なし』は、〝落ちこぼれ〟と侮られているくらいが丁度いい。
「それと、強くなれた理由は、師匠達のお陰だ。こんな俺に付き合ってくれた酔狂な師匠達がいたんだよ」
声が弾む。
どうにも、俺は
ただ、俺は彼らの名を世界に刻んでやろうとしてるのだ。それもそうかと自分の中で納得する。
「グラムに師匠、いたの?」
心底不思議そうに、リュカが言う。
アカデミーでは殆ど一緒にいた上、偶に家にまで押し掛けてくるリュカからすればこの言葉は疑問符を浮かべずにはいられないだろう。
「リュカには内緒にしてたけど、いたんだ。千年修練を積んでも勝てそうにない師匠がね」
『薬神』エスペランサ。
『狂人』アポロナイザー。
『暴鬼』アンゲラ。
『剣王』ヴェリィ。
『魔女』ビエラ。
『拳王』ハイザ。
『詐欺王』クゼア。
『賊王』ヴァルヴァド。
『黒騎士』ファイナ。
『屍人』ルドリア。
本当に、同じ人間とは思えない程にどいつもこいつも強かった。強過ぎた。
それ故に、〝英雄〟と聞くと、それだけで心が折れる。勝てっこないと百年で何度思い知らされた事か。
「……とはいえ、俺はそんな奴等の弟子なんだった」
————ゆえ、誇れよ、坊主。
おんしは、儂らの扱きに耐えた唯一の弟子よ。
確かに才能はちっともないがな
思い出される『賊王』の言葉。
間違っても、増長出来るような立場ではないが、それでも、俺は彼らの唯一の弟子。
ならば、もう少し胸を張って生きるべきなのだろうか。そんな事を考える最中、
「グラムのお師匠さんかあ。一度で良いから会ってみたいな」
師匠達にもう一度会う手段……たとえば、また殺されかけるとか……?
などと割と本気で考え、慌ててその思考を彼方へと追いやる。
そんな危ない事をリュカにはさせられない。
「……ずっと遠くにいるから難しいかもな。俺ももう会えそうにないし」
だから、それとなく誤魔化しておく。
「でも、グラムくんのお師匠、ねえ。ちょっと気になるわ。だって、あの剣や体術を貴方に教えた人って事でしょう? どう? あたしなら張り合えそう?」
魔法師の頂点たる『特級魔法師』らしく、自信に満ち満ちた言葉。
しかし、それでも尚、俺は破顔しながら当たり前の事を言うように答えてやる。
「やめといた方が賢明だ。あれはぶっちゃけ、人じゃない。人の姿をした、ただのバケモンだ」
化け物に張り合えるのは、これまた化け物だけ。少なくとも、俺の目から見てメノハ・リエントはまだ、普通の少女にしか見えなかった。
「それに、自慢の師匠達ではあるが、自慢出来るのは技量だけだ。大半の奴が、性格ひん曲がってる。とてもじゃないが会わせられない」
たとえ会う機会に奇跡的に恵まれたとしても、紹介したいと思える人間はたぶん、三人くらい。
「あら、それは残念」
元よりそこまで期待を寄せていなかったのだろう。あっさりと引き下がってくれた。
「なら、頼むのはまた今度の機会にするわ」
メノハの言葉と同時。
腹の底にまで響く唸り声が聞こえてくる。
『ダンジョン』に棲まう害獣————魔物の唸り声であった。
「〝ヘルハウンド〟」
リュカが言う。
それは、授業でも習った低層でよく出現する魔物の一つ。
集団行動を好む魔物の名であった。
「ある程度の自己紹介は終えたとはいえ、お互いにどういう戦い方をするのか。その確認はしておくべきよね」
下手に時間を浪費していられない。
出来る事ならば、真面に相手をするべきではないのだろう。
しかし、俺とリュカは『ダンジョン』に潜る事が初めて。加えてこのパーティーも初な上、メノハの事は全く知らない。
だから、丁度いいとメノハは口にし、足を止める。その考えには、俺も同意だった。
「なら、こいつらで準備運動しておくか」
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