第14話

* * * *


「なんだ? アレは」


 それは、ひどく呆気に取られた声音だった。

 信じられないものでも見たのか。

 冗談だろう? と言わんばかりに、その一言には苦笑いすら滲んでいた。


「アレは本当に、あのラルフ侯爵家の〝落ちこぼれ〟なのか?」


 ————グラム・ラルフ。

 その名は、魔法学院アカデミーではある意味有名な名前であった。


 名門、ラルフ侯爵家に在りながら、魔法の才能が皆無であったぶっちぎりの落ちこぼれ。

 入学した事実すらも、実家が手を回したからだと言われて止まない少年であった。

 であった、、、、、筈なのだ。


 しかし、現実、その〝落ちこぼれ〟の少年は何故か、目にも止まらぬ速さで移動を繰り返し、縦横無尽に鋭利な鉤爪を走らせながら、時に魔法すらも展開する『合成獣化け物』と対峙している。

 遠目から、互角にも見える戦いを展開していた。

 魔法学院アカデミーの中でも指折りの実力者であった上級生が、傷一つ付けられなかった相手に、である。


 それは、何たる異常であるのか。

 故に、呆けていた。


「……おれ達がもし、当初の予定通り、パーティーを組んでいたならば、どうなっていただろうな」


 声の主である彼らは、三学年の人間。

 当初、メノハ・リエントを呼び寄せると決まった際に、彼女とパーティーを組む予定であった者達であった。


 しかし、直前になってメノハが意見した。

 ————パーティーには、グラム・ラルフを必ず加えて欲しい。あたしが見た限り、彼の剣の腕は少なくとも、『特級魔法師』に比肩するレベルのものだと思うから。


 そして、教師であるアリス・ウェイドまでもがその希望に同調し、許可をした。

 出来上がったのは、即席の一学年によるパーティー。いくら『特級魔法師』がいるとはいえ、全員が一学年の人間達。


 故に、元々、メノハとパーティーを組む予定であった者達を集め、いざという時に助けられるようにと、二つ目のパーティーとして密かに追従させる作戦が、水面下で進んでいたのだが、


「剣で魔法をぶった斬り、拳で打ち消し、体術でもってあの巨体を跳ね返す。魔法だって、その精度はメノハ・リエントと遜色ないように見える。最早、気持ちが悪いと言うべきまでに、魔力の使い方に無駄がない」


 何もかもが、驚嘆すべきレベルで秀でている。

 それはまるで、御伽噺に出てくる〝英雄〟の再現のようでもあって。


 ……ただ、一見、互角にも見える彼らのやり取りであるが、それはあくまで互角に見えるだけ、、、、、のものであった。


「恐るべき、技量です。ですが、その技量に貴方の身体まではついて来ていなかったようですね」


 声が響く。

 それは、ライオルのもの。

 憐憫の意を孕んだそれは、グラムに向けた同情であった。


「……嫌なところに気付いてくれるね」


 程なく、虚勢を張っていても意味はないと判断を下してか。

 グラムは呆気なくライオルの指摘を肯定する。


「『魔法師』として、素晴らしい技量を持ちながらも、何故あえて剣を振るうのか。拳を使うのか、初めこそ疑問ではありましたが————漸く、合点がいきました。グラムくんは、それ程の技量がありながらも魔力の保有量は、〝並〟でしかないのですね」


 魔法を使う際に必要となる魔力。

 その保有量は、生まれながらにして、既に決まっている。

 魔力の保有量に限っては努力してどうなるものでもなく、それ故に、『特級魔法師』足り得る人間は、生まれながらにして決まっているのだ。


 そして、グラムはその魔力の保有量が平凡であった。だからこそ、魔法一つに絞れる筈もなく、剣や、拳といったものを使わざるを得なかった。


「一切の無駄ない魔力の使い方でしたとも。君のソレは、これ程無駄のない使い方が出来る魔法師がこの世にいたのかと、この僕が思わず感嘆した程です」

 ですが、魔力保有量が並であるが故に、宝の持ち腐れ。あまりに哀れだ。同情しますよ。


 魔法師として、同情をすると。

 敵である筈のライオルから、グラムは深い同情を向けられていた。


 ただ、それはグラム自身が一番よく分かっていた事。故に、今更喚くような事はなく、悲嘆の声も上がらない。

 お前に魔法師としての才能はない。


 その言葉は、もう聞き飽きる程に耳にしていたから。


「————凄いだろ。この、全てが。俺も思うよ。すっげえって」


 同情の部分に反駁する事なく、そこには目を背け、ライオルの称賛の言葉のみ、グラムも同調する。


 それは、人によっては自画自賛のひどいナルシストにも見えるものであったが————続けられる言葉が、それは勘違いであると訴えかけて来る。


「すごいんだ。みんな、すっげえ奴なんだ。だからこそ俺は、師匠達みんなの名を残したいと思った。俺は、こんなすげえ奴らのたった一人の弟子なんだって自慢してやりたかった」


 父親に、兄に、アカデミーの連中に。誰も彼もに。


 迫る『合成獣キメラ』の攻撃をいなしつつ、破顔した状態でグラムは語る。

 その声はこれ以上なく弾んでいた。


「でもだからこそ、俺がそこに泥を塗るわけにはいかないんだ。いくら出来損ないの弟子とはいえ、一応、弟子は弟子だから」


 魔力保有量が生まれ持ったもの以上に変わらないというのは、誰もに共通して言えるこの世の摂理。


 しかし、この世には摩訶不思議な存在が数多く存在している。


 ———————〝英雄〟。

 それは、人の常識では計れない規格外の者達を示す言葉。

 摂理など、知らんと笑って蹴り飛ばすのが〝英雄〟と呼ばれる連中である。

 

「俺は〝英雄〟じゃねえけど……ただ、〝英雄〟の弟子として、〝英雄〟っぽく、あんたの常識ってやつを超えてみせようか」


 威勢よく、グラムは言葉を吐き捨てる。


「魔力保有量が限られてる? 増える事はない? なら話は早い。だったら自分の中に新しく、、、作ってしまえばいい。魔力を溜める新たな器を、自分の中に用意してしまえばいい」


 自前の器が如何に小さかろうとも、新しく大きな器を無理矢理に作ってしまえば、ライオルが同情の念を向けたソレは、一瞬にして、無用の心配と化す。


「幸いにも、俺の近くには身体を治す事と、いじる事に関しては右に出るものはいないとんでもないやつがいてね」


 その者の名を、『薬神』エスペランサ。


「お陰で、何百回と死にかけたけど、一応、ものにはなった」


 直後、斬り裂かれていた事により生まれていた服の隙間。そこから覗く仄かな光。

 それは、己の身体の上に魔法陣を浮かべている事実に他ならず。


 なまじ研究者であるが故に、身体の中にもう一つの魔力を保有する器を作るという理屈が一応通ってしまうとライオルは理解出来てしまう。

 そして、その行為が如何に命知らずで、狂っている行為なのかすらも。


 一歩間違えれば失命するような、極めて危険な綱渡り。


 『薬神』と呼ばれた男が側にいたからこそ、辛うじて形になった荒技を前に、ライオルは顔を歪めた。


 己ならば、絶対にやらないどころか。

 やろうとすら思わない。

 だから、そんな行為をさも当たり前のように敢行してしまっている人間を前にして、ライオルは瞠目せずにはいられなかった。


 しかし、現実離れした光景の連続であったが故か。幸か不幸か。これまでのグラムの発言から、ライオルはとある仮説へとたどり着く。


 それは、〝英雄〟を尊奉する『教団』の中でも禁忌中の禁忌とされる言い伝え————〝魂の、


「まさ、か」

「でも、それなりに代償、、があるから————もう終わりにさせて貰う」


 ライオルの思考が落ち着く間も無く、虚空へと無数に描かれる灼熱色の魔法陣。

 そして、徹底的に逃げ道を防ぐべく、白銀色の魔法陣が間隙を縫うように展開される。

 ずずず、と魔法陣より這い出るは、白銀色に染まった刃————あれは、剣だろうか。


「剣魔法」


 その様を目にして、誰かが呟いた。

 それは、もう随分と昔に廃れた剣を生み出す魔法。共に放たれる魔法の邪魔をしないようにと。

 ただそれだけの理由で生まれ、そして廃れた魔法。骨董品のような魔法を前にして、ライオルは己の仮説が正しかったのだと理解する。


「これまで、能力を隠していたのかと思ってましたが……まさか。まさか、まさか、まさか!!!」


 カチリカチリと、欠けていたパズルのピースが嵌まってゆく。

 まるで〝英雄〟を実際に目で見たかのようなグラムの口調に、得体の知れない技の数々。

 そこで、ライオルはある仮説を立てた。


 グラム・ラルフは、能力をひた隠しにしてきたわけでなく、本当につい最近、得たのだとしたら。


 その馬鹿げた答えを肯定する可能性を、ライオルはひとつだけ知っていた。

 否、『教団』の人間であれば、多くの者が知っている事実。


 生きた痕跡すら一切合切消され、時間という概念が全く意味を成さない牢獄に、魂ごと閉じ込められた十人の〝英雄化け物〟。


「君はあの禁断の地に足を踏み入れたのか……!!!」

「禁断の地?」

「……は、ハハ、ハハハははははははははは!!! そうか。そういう事か。そういう事なのですか!」


 それはもう、会話にすらなっていなかった。


「あの〝英雄〟とは名ばかりの化け物共は、牢に閉じ込められて尚、『教団我々』の邪魔をするというのか……ッ!!」


 しかし、自分の中で理解を深める為だけのライオルの言葉ではあったが、奇妙な点があった。


 〝英雄〟を尊奉している筈の『教団彼ら』が何故、牢に閉じ込められた〝英雄〟を敵視していると受け取れる言葉を口にしているのだろうか。


 〝十人の名もなき英雄〟。


 彼らも歴とした〝英雄〟だ。

 ならば、畏敬の念を向けていても何らおかしく無いだろうに、ライオルの口から当たり前のように滑り出てきた言葉は、侮蔑、憤怒、嫌悪。


 どうしてか、負の感情で埋め尽くされていた。


「……どうして? という顔をしていますね。ああ、本当に君は、あの地に踏み入ったのですね」


 展開した魔法をメノハと一緒になって『合成獣キメラ』に殺到させる中。

 響き渡る轟音の中を掻い潜ってグラムに向けられたライオルの声は、その場にいた人間の鼓膜にまで届く。


「ならば、聞いていないのですか? あの〝英雄〟共が何を成したのかを」


 これ以上なく、ライオルは嘲る。


「『教団我々』は、〝英雄〟の復活。もしくは新たな〝英雄〟の誕生を望んではいますが、決してそれは、慕っている、、、、、から、というわけではありません」

 勿論、尊敬の念は抱いてますとも。

 あの、暴力でしかない凄まじい力にのみ。


「牢に閉じ込められる人間は、総じて極悪人と相場が決まっています」

 彼らは罪を犯したのだ。

 贖いきれない大罪を————。


「そんな人間を、自慢したい!? ふ、ハ、ははは、ははははははははは!!!! 何も知らない事はかくも哀れなものなのか!! 良い機会です。僕が特別にグラムくんにお教えして差し上げましょう!! 〝魂の牢獄〟と呼ばれる獄に閉じ込められたあの〝化け物〟共は————!!!」


 高揚とした様子で破顔し、哄笑をこれ以上なく響かせるライオルであったが、その言葉の続きは物理的に遮られる事となった。


 最後まで口にするより先に、彼の肉体を展開されていたメノハと俺の魔法が見事に貫いていた。


「……喋りすぎなのよ、貴方」


 同時、ごはっ、と音を響かせながら血の塊をライオルは口から吐き出す。

 それは、致命傷であった。


 周囲を見渡すと、既に五十層級とグラム達が聞かされていた筈の『合成獣キメラ』は凄惨な傷を負った状態で地に伏していた。


「いかに五十層級といえど、優秀な前衛さえいるならあたしの敵じゃないわよ」


 ————どうして。


 信じられないものでも見たかのような視線を向けてくるライオルに、メノハは煩わしそうに答える。


 そして続けざま。


「……師匠達みんなの事は……正直なところ、殆ど知らない。誰も彼も、悔いはないって言いながら、過去については語りたがらなかったから」


 もしかすると、本当に極悪人かもしれない。

 いや、世界を敵に回してる時点で極悪人なのか……? 


 微笑を表情に浮かべながら、グラムは致命傷を負い、膝をついたライオルに歩み寄りつつ答える。


「だけど、俺はあいつらと一緒に過ごした。そして、今の俺の頭の中に、心の中に、あいつらは残ってる。だから俺は、その思い出を信じるだけ。誰かの言葉でどうこうなる程度のものだったら、ハナから自慢したいなんて言うわけないだろ」


 ライオル先生が語ろうとした内容に、興味が全くないと言えば、それは嘘になるだろうけども。

 そうグラムは言葉を締めくくった。

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