第6話

 この世界では、数いる魔法師、その全ての人間に例外なく格付けがされている。


 大きく分けてそれは四つ。

 下から順に、『下級魔法師』、『中級魔法師』、『上級魔法師』、『特級魔法師』。

 この四つだ。


 噂では『特級魔法師』のもう一つ上が存在するらしいが、最早それは都市伝説レベルであった。

 だから、事実上の一番上が『特級魔法師』。


 そして、若くしてそこに位置する麒麟児こそが、先程勝手に返事をしてくれたメノハ・リエントという少女であった。


「いや、普通にイヤだけど。勝手に進めるなよ、そこ」


 しかし俺は、即座に彼女とは正反対の言葉を紡ぐ。もちろん、拒絶の言葉だ。


「……え?」

「え? じゃなくて。逆に、なんで受けなきゃいけないんだよ。たとえ謝られたところで、俺にメリットなんて何もないだろ」


 退学という明確なデメリットがあるのは俺だけ。対して向こうは煽るだけ煽っておきながら、デメリットらしいデメリットを負ってない。

 いや、たとえ負ってたとしても拒絶する事に微塵の躊躇いも生まれないんだけれども。


「それが、〝魔闘祭〟なら兎も角」


 〝魔闘祭〟とは、一年に一度、魔法の実技の技量を比べる為に行われる学院主催の大きな催し。

 それは、学年の仕切りも取っ払われて行われるトーナメント制の模擬戦であり、文字通り、アカデミー内で一番誰が強いのかを決める催しだ。


 そして俺は、父や兄を見返すならば、〝魔闘祭〟で名をあげるしか方法は無いと考えていた。



『————力ってもんは、無闇にひけらかすもんじゃねェ。いざって時にのみ使うんだよ。じゃねェと、足をすくわれんぞ』



 それは、『狂人』などという物騒な二つ名で呼ばれていた男、アポロナイザーの言葉。


 胸の奥にその言葉を刻んでいる俺だからこそ、安易に頷く気にはなれなかった。

 それに、俺に才能がない事くらい言われずとも分かってる。だから、別に訂正はせずとも問題はないと思った。

 ……けれど。


「ほら見たことか。聞いたか、みんな。イカサマくんは、僕に擦り傷一つすらつけられないらしい。この様子じゃあ、毎度ように庇っていたアルベローナ侯爵家のお嬢さんもグルだったりするのかもな」


 俺に集まっていた侮蔑の視線が今度はリュカに向いてしまう。

 そして、陰口のような言葉が次々に教室内で飛び交ってゆく。

 教諭であるベスダンも止める気はないのか。


 酷く醜い笑みを顔に貼り付け、


「神聖な学び舎に、公私を挟み込むとはな」


 その罵倒に加担する。

 知ってはいたが、教師を含めてとことん腐っていた。


 ベスダン教諭の家が子爵家であり、それ以上の家格の家をどうにか蹴落として成り上がろうとするその性根には、最早溜息すら吐くのも惜しく感じるほどだ。


 というか、〝落ちこぼれ〟と蔑み、虐めることが当たり前のように蔓延るこの場所の何処が神聖なのだと笑い飛ばしたくもあったが、



『だから、てめェが力を使っていい時は大きく分けて三つだ。鍛錬をする時。譲れない何かにぶつかっちまった時。そんでもって、大事な奴を馬鹿にされた時だ。分かったら返事をしやがれ、クソガキ』



 笑い飛ばすより先に、する事があった。


「————だけど、」


 殊更大きく声を発する。


「お前の負けた時の条件を変えるなら、ソレ、受けてもいいよ」

「……へえ。ちなみに、どういう風に?」

「俺の才能がない事に、リュカは一切関係はない。だから、もしお前が負けたら————今さっきまで言ってた事を全部訂正してリュカに謝れ」


 そして、タイミングを狙っていたかのようにそう言い終わった直後。

 五限目終了のチャイムが鳴り響いた。


* * * *


「で。まじでやんの? グラムとオドネルのタイマン。折角、『特級魔法師』がいる事だし、メノハ・リエントさんに色々と披露して貰った方がうちは面白いと思うんだけどな」


 気怠げな様子でそう口にするのは、1-Aの担任であり、実技担当教師、アリス・ウェイド。


 皺くちゃなジャージに身を包む彼女は、面倒臭そうに肩まで伸びた茶髪を掻きむしる。


 そして、周囲からその言葉に対して批判の言葉も同意の言葉もやってこない事から、これは何を言っても無駄。とでも判断したのか。


「……はいはい。分かったよ、分かったって。いざという時は止めるけど、満足するまでやれば良いよ。はぁ」


 一応、六限目の授業は魔法の実技。

 故に、私闘とはいえ、なまじ授業に沿ったものであるが故にアリスも強く否定は出来ないでいた。何より、公平を期す為にこうして授業内にまで持ち込んだのだろう。


 いざという時に、止められる人間が欲しかったから。ならば、これ以上何を言っても無駄か。

 そう判断をしてアリスは口を真一文字に引き結んだ。



「リュカさん、であってたかしら」


 六限目の授業で使用される闘技場。

 その中心には、グラムとオドネルの両名が。


 そして、周りにはギャラリーという名のクラスメイトが好き勝手に言葉をこぼしながらそれを見詰める中、メノハはリュカの隣に腰を下ろし、そう言って話しかけていた。


「……なに?」


 リュカからすれば、メノハがこうなる原因を作った元凶でしかなく、不機嫌そうに受け答えするのも無理はないと言えた。


「一つ、疑問なんだけど……グラムくん、だったかしら。あの子、そんなに弱いの? あたしには、そうは見えなかった、、、、、、のだけれど」


 メノハにとっては何気ない言葉。

 けれど、リュカにはその言葉が、喉に刺さった小骨のように煩わしく引っ掛かった。


「見えなかった……?」

「そう。あたしね、今日、道に迷ってたのよ。そんな中、偶然にもアカデミーの制服を着た男の子に出会った。得体の知れない、、、、、、、剣技を使ってた男の子と出会ったのよ」


 メノハの言う男の子が、グラムであるという事に間違いはない。

 ただ、得体の知れない剣技とはどういう事だろうかとリュカは眉根を寄せる。


 彼女からすれば、グラムが剣を握っていたという情報すら青天の霹靂であるから。


「なのに、あたしが得体の知れないと思った男の子はアカデミーでは〝落ちこぼれ〟扱いを受けていた。びっくりするわよね、ここに来る前に職員室に寄って、グラムくんと〝パーティー〟を組みたいって言ったらもの凄い剣幕で考え直せって言われたもの」


 アカデミーでは、授業の一つとしてダンジョン攻略というものがある。

 それは、生徒同士でパーティーを組んで下層へと攻略を進めていくものなのだが、あろう事か、『特級魔法師』として知られるメノハはそのパーティメンバーにグラムを選んだのだと。


 そう告げる彼女の瞳は、リュカにはとてもじゃないが冗談を言っている人間のものとは思えなかった。


「だから、あの時口を出して良かったと思ってるわ」


 それは、勝手に許諾をしたあの発言の事だろう。


 そのせいでグラムがこうして被害を被る事になったのだから、リュカからすれば到底流せる発言ではなかったのだが、


「だって、口を出してなかったらこんな機会に巡り会う事もなかったでしょうし。これ、彼の実力を知る良い機会と思わない? まぁ、ワザと負けるようであれば、その限りではないでしょうけれども」


 でも、今回に限っていうならば、その心配はないと思うけれども。

 そうメノハは言葉を締めくくった後、彼女は今にも始まりそうなグラムとオドネルの戦いに視線を移した。


* * * *


「剣も、杖も、何も持たずに僕の前に立つとはね。もしかして、負けた時の言い訳?」


 教師であるアリス・ウェイドに見守られながら、俺はオドネルの前に立つ。

 剣を使おうかと考えはしたが、直前でその考えは覆した。



『————ムカつく奴は、取り敢えず殴ってぶっ飛ばせ』



 こういう時は、何となく、拳だと思ったから。

 オドネルの返事をするより先に、『拳王』ハイザの言葉を思い出しながら、俺は首を振る。


「いや、真面目だよ。一応、これでもね」


 でも、無手かつ、魔法の準備すら全くしていないように思えるこの状態でその言葉は無理かと考えて、俺は苦笑いを浮かべてどうにか取り繕っておく。



『一応、『拳王』なんて呼ばれてはいたが、俺がグラムに教えてやるのは拳の打ち方じゃねえんだわ。まぁ、言うなれば、究極の身体強化だな』



 目を瞑り、教えられた事をそのままなぞるように思い出す。



『魔力を身体に纏わせんだよ。これを、俺がてめえに十年で叩き込んでやる。その技の名前は、』



 口からゆっくり言葉をこぼす。

 頭の中で繰り返される『拳王』の発言。

 その続きは、脳裏に浮かぶ彼の口からでなく、俺の口からいとも容易く滑り出る。


「『魔力鎧マナブースト』……ッ!!」


 保有魔力を全て、身体強化へ。

 膨大な魔力が身体に纏わりついた事で可視化。

 青白の靄が身体を覆う。


「なんだそれ。手品か何か?」

「そう思うなら、魔法を撃ってみれば? これが何か、分かるかもしれないよ」

「へえ。一日の間に、随分と生意気になってんじゃん。この前、散々僕らに痛め付けられた事、忘れちゃったのかなぁ!?」


 キィン、と金属音が聞こえてくる。

 魔法の準備。

 魔法陣の起動の音だろう。


 だから、あえて俺もそれに応じる事にした。


「……ッ、おいまて! オドネル!!! 魔法をろくに使えないグラムにその規模の魔法を使うなんて殺す気かお前ッ!?」

「どうせコイツは僕に負けて退学になるんだ!! だったら、多少不自由な身体になろうと関係ないでしょう!?」


 そして、ここからは『拳王』からすれば児戯に等しい粗悪過ぎる真似事。

 何やら焦燥感に駆られながらアリス先生が柄にもなく大きく叫んでいたが関係ない。


 俺は、右の拳を前へと突き出す構えを取りながら————オドネルの言葉に被せるように、言葉を叫ぶ。


「焼き尽くせ————『九つの炎弾ファイアボール』————!!!」

「————『竜滅拳ドラゴロア』————!!!」


 剣も、槍も、魔法も。

 何にも頼らず、その身一つで竜を殺した稀代の竜殺し。『拳王』ハイザが編み出したただの拳撃を、魔法レベルにまで昇華させる絶技。


 完成度は鼻で笑われる程度と自覚しているが、それでも————!!!


「————……は?」


 その程度の魔法であれば、容易にかき消せる。


 それは、誰の声であったか。

 恐るべき速度で俺の下に肉薄していた九つの炎の弾がただの拳によって掻き消された事実を前にして、素っ頓狂な声が場に響き渡った。

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