第5話
「……奇妙な魔法を使うのね。しかも、かなり高位」
『詐欺王』から受け継いだ極意の効果が切れ、腰に差していた剣が霧散したタイミングでメノハから声がかかる。
「てっきり、貴方は剣士だと思っていたのだけれど」
『詐欺王』の極意である究極の認識齟齬は、限りなく高位な魔法である。
幻術魔法のスペシャリストが編み出した極意だ。高位でないはずが無い。
そんな極意を俺が扱うなんて、身の丈にあってないよなと空笑いを浮かべ、俺は霧散した木の枝だった残骸を一瞥した。
『詐欺王』の絶技である認識齟齬は唯一欠点が存在している。
それは、その効果が切れた際、認識を変えられていた物体は、その代償として十中八九
それ故に、俺は、はなから木っ端微塵になっても誰も困らない木の枝を選んでいたのだ。
「ん。俺も自分の事は
「一応……? なにそれ。変なの」
剣術に限らず、魔法に体術。
薬師の真似事等。
様々な事に挑戦した上で、個人的に一番マシだったのが唯一剣術であった。
だから、
自分のことながら、変である自覚はあったので苦笑いをしてそれとなくやり過ごす。
やがて、見えて来る馴染みのある学び舎。
「アレが、
「へぇえ、あれが。立派な建物ね」
「一応、王立のものだしね。ところで、クラスは?」
「1-Aって聞いてるわ」
「……って事は同じクラスだったか」
隣国の麒麟児の名前までは知っていたが、流石に歳までは把握していなかった。
そして、聞こえてきたクラスの名前は覚えのあるもの。
「なら、悪いが案内はここまでにさせてくれ」
「? 同じクラスなんでしょう? 一緒に行けば良いじゃない」
校舎の前で立ち止まり、別々に行こうと提案する俺の言葉に、メノハは疑問符を浮かべた。
「あぁ、もしかして寄るところでもあったかしら? 別にそういう事ならあたしは全然待つわよ? どうせ、今更急いだところで遅刻には変わりないもの」
「いや、そういう事じゃないんだ」
どう言ったものかと俺は言葉を探しあぐねる。
やがて、
「ただ、俺と一緒に行動してると色々と面倒な事になるだろうからさ」
「……面倒?」
「俺、結構な人達から嫌われてるんだよ」
殆ど虐めに近い状況下にある。
という事は憚られたのでどうにか取り繕っておく。
「だから、一緒に行動しない方がいいって?」
「そういう事」
「なら、
「は?」
納得してくれたと思った矢先に、鼓膜を揺らすあっけらかんとした声音。
素っ頓狂な声を漏らす俺の事はお構いなしに、ほら、六限の授業にまで間に合わなくなるから早く案内してとメノハは急かしてくる。
「別にあたしは、馴れ合いが目的で転校してきたわけじゃ無いし、あたしだって周囲からはかなり嫌われてたわよ。だから、今更なの」
『特級魔法師』ともなれば、確かに嫉妬といった感情を向けられる事は多いだろう。
だが、俺の嫌われてるはそういう嫌われてるとは種類が違くて。
……そう言おうとしたけれど、メノハは、あたしは気にしないから。としか言ってくれない。
だから、これは説得する事は無理であると諦め、俺は溜息混じりに彼女を教室まで案内する事にした。
そして、六限目の授業はなんだったかなと考えつつ、歩く事さらに数分。
ちょうど、五限目の授業が終了する鐘の音が鳴る少し前に、俺とメノハは教室へとたどり着く事になった。
「俺が先に入るから、そこで話を通しとくよ」
メノハ・リエントは転校生である前に有名人である。恐らく、アカデミー側にも連絡はいっているだろうが、それも多分教師側にのみ。
だから、取り敢えず教師にその旨を俺が先に伝えた方が色々とスムーズに進む筈だ。
そう思って、俺は扉に手をかけてスライド式のドアを開ける。
「遅れてすみません」
直後、予め分かっていた事だけれど、場が静まり返った。
そして、メノハの事を伝えるべく、教師に視線を向ける。ただ、そこには特に俺を嫌っていびってくれていた魔法学教師————ベスダン教諭がいた。
……よりにもよってこの人か。ついてねえ。
「……重役出勤とはいいご身分ですね。グラム・ラルフくん。あぁ、違いましたね。
以前までと何も変わらない態度で接してくる。
ただ、俺の中でこれは百年ぶりの出来事な事もあって腹立たしさより懐かしさの方が上回っていた。
「……おいおい、それってよ、もしかしてグラムのやつ、ついに勘当でもされたか」
ベスダン教諭の含蓄のある物言いに、水を得た魚のように静まり返っていた生徒の一部が喜色満面の笑みを浮かべながら声を上げる。
「流石は学年一の〝落ちこぼれ〟。オレ達が折角、そうならないように自主練に付き合ってやってたのに、それも無駄になっちまったかぁー」
自主練といえば聞こえはいいが、その内容はただの虐めであり、リンチする事で己らのストレスを発散させたいだけのものだったと記憶してる。
そして、目の前の病的なまでの選民思想を持つベスダン教諭は、名のある貴族家に生まれたにもかかわらず、力を持たない俺を特に敵視していた。それもあってか、その虐めに見て見ぬふりどころか、窓から笑ってその様を見下ろしていたくらい。
「まぁそれもそうだよな。侯爵家のコネで、アカデミーに入学したイカサマ野郎だもんな」
アカデミーに入学する為には、試験をパスする必要がある。実技、筆記。
それぞれ五十点満点のテストだ。
ただ、〝落ちこぼれ〟と言われているように、俺に実技の才能は皆無と言うべきもの。
筆記が殆ど満点の状態であったから、どうにか受かっていたらしい。
だから、イカサマなどしていない。
というのが実際なのだが、言わずもがな、あいつらは全く聞く耳をもってはくれない。
「でも、その後ろ盾も今じゃもう、なくなったってわけだ。特技のイカサマが使えなくなったけど、大丈夫でちゅか? グラムくぅん」
……相変わらず、いちいち腹立つ言い方をするな。などと、俺をいびる常習犯連中を一瞥。
けれど、どうにも百年の時は偉大なようで、苛立ちの感情は全く浮かび上がってこなかった。
むしろ、よくやるよといった呆れしか抱かなかった。
故に、柳に風と受け流してベスダン教諭への用事をさっさと済ませてしまおうと試みる俺であったが、それを遮るように「ガンッ!!」と机を思い切り叩く音が響いた。
苛立ちめいた様子を一切隠そうともしないその行為に、教室にいた全員の視線が一斉に集まる。
「グラムは、イカサマなんかしてない。グラムが努力していた事は私が一番知ってる。それに、自主練? ……グラムを傷付けてただけの連中がよく言うよ」
そう言って声を上げたのは、幼馴染であるリュカだった。
「ラルフ侯爵家を勘当された人間を、君はまだ庇うのか。アルベローナ侯爵家のご令嬢さん」
「庇ってるんじゃ無い。私は、事実を言っただけ」
「捏造した事実を言われてもなあ? しかし、努力してるなら、どうしてあの〝落ちこぼれ〟は万年最下位なんだ? 実技だって、誰かに勝てた試しがない。それはどう説明するんだ?」
貴族としては勿論。
アカデミー生にあるまじき成績を更新し続けるあいつの実力こそが、イカサマを裏付ける最たる証拠ではないか。
その一言に、一部の生徒に混ざってベスダン教諭まで口角を吊り上げて俺を嘲っていた。
「リュカさんの言葉を信じるにせよ、証拠があまりに足らなさ過ぎる……あ、そうだ。六限と七限はそういえば実技の授業だったな。ならこれはどうだろうか。彼が僕に擦り傷一つでも負わせられたら、土下座でもなんでもしよう。これまでの態度を全て誠心誠意、謝罪しようじゃないか」
愉快で仕方がないのか。
勝手に話を進めていく生徒————オドネル・レイバッハの声はこれまでになく弾んでいた。
彼の魔法実技の成績は、上から数えた方がずっと早い。それ故の自信なのだろう。
「ただし。グラムくんが僕に擦り傷一つすらつけられなかった場合————アカデミー生として相応しくない人間だったとして、ここから『退学』して貰う、というのはどうだろう?」
「……なんで、学生間の勝負事一つで退学しなきゃいけなくなるのよ」
「いやいや、イカサマをしてないんだろう? だったら、退学を持ち出されたところで困らない筈だ。それに、擦り傷一つだよ? 僕がアカデミーの中で一番強い人間であるなら兎も角、精々、上から数えた方が早いってだけ」
打ち負かせ。
ではなく、擦り傷一つであるならば、確かにこれまでの俺であろうと、決して無理難題というわけではないだろう。
けれど、リュカはそんなリスクをあえて背負う必要はないと考えている筈だ。
実際に、返事はしていない。
それどころか、下手に口出しをしてしまった事に後悔すらしているような表情を浮かべていた。
「それとも、イカサマをしてない筈のグラムくんは、僕に擦り傷一つすらつけられない人だったのかなぁ?」
煽る。
売り言葉に買い言葉で勝負を受けろと言わんばかりに、オドネルは意地の悪い笑みを浮かべていた。
そして、収拾がすっかりつかなくなってしまったこのタイミングで、ガラリ、とドア越しに待機していた筈の少女が教室に足を踏み入れる。
次いで、
「————その勝負、
この場にて、一番関係ないであろうメノハ・リエントがあろう事か、許諾してしまう。
「……貴様は誰だ」
一瞬、場が呆気に取られるも、ベスダン教諭が場に居合わせた生徒達の内心を程なく代弁した。
「メノハ・リエント。今日来る筈だった転校生って言えば分かるかしら」
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