10話.[足りないらしい]

「これはどういうことだ」


 彼女の部屋で寝転んでいたら急にそう切り出された。

 だけどおかしいよね、ここに来てからもう三時間も経過しているんだからさ。


「自分の意思で空の手を握ったってどういうことだ」

「昨日話したでしょ? それは自分の意思ではないよ」

「……用事があって行けなかった私が悪いが、やはり葵と空をふたりきりになどさせるのではなかった」


 あー……すっかり不機嫌モードになっちゃった。

 しっかりとあったこと全てを説明したけどそれでも足りないらしい。


「憂」

「……これからは私も行く、私が悪いところもあったのだからな」

「うん、一緒に行こ」


 どうやら私も悪いことになっているけど……いいや。

 憂と喧嘩みたいにならなかっただけで十分。


「……くそ、私が葵とふたりきりで行きたかったぐらいなのに」

「用事があったのなら仕方がないよ、また今度行こ?」

「ああ……」


 ふたりきりでお出かけしたいと思ってくれるのは嬉しいな。

 もうなんでも嬉しいな、たまに理不尽に怒られたりもするけど。


「……したいか?」

「焦らなくていいよ、無理をしてほしくないし」


 こうして彼女の部屋でゆっくりできるだけで十分満足できる。

 下手をしたらこれすら、いや、会うことすらできなくなっていたのだから父にはやはり感謝しかない。

 もちろん母を責めるつもりはない。

 そのかわりに母には申し訳ないという気持ちだけが自分の内にあった。


「昨日、空が可愛い服を着ててね、多分お母さんが選んでくれているんだと思うけどセンスがいいなと思って」

「私は着られればいいタイプだから多分センスとかないぞ」

「そんなことないよ、憂にすっごく似合ってるよ?」


 そんな憂の愛用している服だからこそ貰い――借りたかったわけだし。

 どんな内容の物だろうが着こなしてしまうのが彼女だ。

 だから意味のない話ではある。


「……そんなことないと言ってほしくて口にしたわけではないぞ?」

「うん、分かってるよ」


 多分だけど私の服もお母さんが買ってくれていたんだろうな。

 そういう面で全く苦労しなかった、それに全く気づいていなかった。

 後悔してもいまさら仕方がないけど、……もっと分かっていればよかったんだけど。


「失ってから気づくことってあるよね」

「ああ、あるな。戻ってきてくれたが葵が他県に行かなければならないと聞いたときはどうにかなりそうだったぞ」

「あはは……あれはすっごい勘違いしていただけだったけどね」


 顔から火が出そうな勢いだった。

 事実、顔も見られないぐらいの状態になったわけだし……恥ずかしいな。


「でも、それでよかったのだ、葵といられないと嫌なのだ」

「私もだよ、憂といられないと嫌なんだ」

「ふっ、それなら両想いでいいな」

「うん、そうだね」


 今回は私から手を握らせてもらった。

 そうしたら彼女も返してくれて嬉しかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

61作品目 Nora @rianora_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

63作品目

★0 恋愛 完結済 10話