08話.[できればずっと]
十一月。
寒くなってきて分かったことは自分が意外と寒いのが苦手、だということだった。
これまでは全くそういう風に感じたこともなかったのに何故だろうか?
昔から憂とはいたけどいまは本格的に憂と、誰かといたいという気持ちが強くなってしまったから内が弱くなってしまったのだろうか?
「憂……寒いよ」
「その割には進んでこんなところにいるがな」
反対側と違ってこっちは思い切り外と言ってもいい場所だった。
だけど仕方がない、ここじゃないともう落ち着かないから。
今日は残念ながら空がいないけど、空と会えたいい場所でもあるんだからね。
死ぬ気なの? とか言われたときはびっくりしたな。
「だが、確かに気温の変化が唐突すぎだな」
「うん……」
「油断していると鼻水が垂れてきそうなぐらいには寒いな」
鼻が冷たかったりすると分かりづらいから困る。
男の子でも女の子でも変わらないけど垂らしている場合ではないのだ。
そうしたら精神的に死んでしまうからね。
私ではそれを上手く活かせるような技を持っていないから気をつけなければならない。
「手繋ご」
「貴様のそれはただ触れたいだけだろう?」
「でもさ、あれからは憂の方から何回も――」
「余計なことを言うな、ま、手ぐらいならいいだろう」
あー……残念ながら彼女の手は冷たかった。
こちらを抱きしめてくるときはあんなに温かいのに何故なのか。
あ、もしかしてドキドキしてくれているからなのかな?
「……やっぱりあっちに行って抱きしめていい?」
「駄目だ」
「そっか、じゃあこれで我慢しておくよ」
ところで、どうして空は来ないんだろう。
好きな人といるというのならいいけど……。
「空がいなくて寂しいのか」
「ここに行けば必ずいたからさ」
「私だけでは足りないのか」
「そんなことは言ってないよ」
寒いからこそ誰かと一緒にいて内を暖かくしたかった。
でも、こうして憂がいてくれているだけでなんとかなる。
「違う土地に住むようなことにならなくてよかった」
「本当にそうか? 仕方がないことだからと片付けて生きていかなかったか?」
「あっちに過ごしたら分かったよ、誰かと、憂といられないと駄目なんだってことが」
初期の状態からは弱くなってしまったことになるけど、ひとりでぼうっとして生きているのか死んでいるのか分からない状態で過ごすよりは間違いなくよかった。
ここで微妙な点を挙げるとすれば、もう彼女のことを手放したいとは考えていないということだろうか。
それはつまり彼女に自由を与えないということと同じであるから、彼女からすれば面倒くさい人間に好かれてしまったことになるわけで。
「もう絶対に離れないから、どこかに行かせないから」
「ふっ、怖い人間だ」
「憂がどこかに行ったら刺して殺すかもしれない」
「怖いな」
私が生きている理由は彼女といるためだ。
その前提が崩れてしまったら生きている理由などなくなってしまう。
他の誰かと楽しそうにしているところは見たくないからそれしかない。
「なんてね、結局はなにもできないまま終わるんだよ」
「葵が他の人間と楽しそうにしていたらその際はぶっ飛ばすから安心しろ」
「怖いね」
「ふっ、お互い様だ」
遅れてやって来た空が微妙そうな顔で「歪んだ関係すぎ」と言ってきた。
付き合ってくれる憂に感謝しかない。
それにそこまで歪んでいるとは思わなかった。
いつも通り教室に戻って授業を受ける。
結局のところ、なにもできないし見たくもないから逃げるだけだ。
見ないように、見られないようにしてしまえば傷つくこともなくなるから。
自分が弱いことも分かってしまったからね。
まあ、それは彼女が他の人と決めた際の話だからいまは必要ないけど。
「ぼうっとしているなよ」
「わっ、い、いつの間に来てたの?」
「五秒前くらいからだ、移動しよう」
渡り廊下にと思っていたらそうではなかった。
誰もいない空き教室でご飯を食べることにしたらしい。
「ほら、少しやるから葵も食べろ」
「え、憂の分が減っちゃうからいいよ」
「駄目だ、もっと食べた方がいい」
両親が離婚する前と違って朝ご飯は食べているから問題もないんだけどな。
それでも憂が作ったと聞いただけで食べたくなって貰うことにした。
「美味しい、結構薄めなんだね」
「私はこれぐらいが好みだからな」
勝手に男の人=と考えて濃いめにしてしまっているから参考になる。
でも、どうせなら濃い方が私も好きかな。
「今日はどうしてここなの?」
「寒かったからだ」
「あ、そういえばどうしてお箸を多く持ってきていたの?」
普通であれば考えられない――あ、忘れたとき用と考えることもできるか。
私がお昼ご飯を食べるタイプだったらそうしていたかもしれない。
たまに忘れ物をするときがあるから、うん、それなら安心できそうだ。
「そんなの葵にあげるために決まっているだろう」
「それはごめん、あと、ありがとう」
何度も言うけどお金関係で困ったことはなにもない。
それは父が頑張ってくれているからだけど、うん、ご飯とかもきちんと食べられている。
これは昔からの癖というかお昼は食べないようにしているのだ。
気持ちが悪くなるとか眠くなってしまうからとかなどの理由ではなく、私の生き方だからそういうものかと片付けてほしかった。
「ごちそうさま。自分で作るのは嫌いな物などが入っていなくていいが、新鮮さがあまりないのが微妙な点ではあるな」
「あ、それは分かるかも」
「だろう? やはり弁当などは誰かに作ってもらえた方がいい」
それなら私が作ろうかと言ってみたものの、憂が頷いてくれることはなかった。
「葵が自分の分を作るのならまだいいのだがな」
「うーん、憂には作ってあげたいけど自分に作る意味はないしなあ……」
「何故そこまで気にするのだ?」
両親とあまり仲がよくなくてあまり顔を見せないようにしたかったことが大きい。
遠慮、みたいなものは確かにあるかもしれない。
もっとも、ご飯とかは自分の分だけ作っていたりしたからそれも微妙なところではあるけど。
「癖みたいなものだから気にしなくていいよ、ご飯だって作って食べられているんだから」
「それは知っているが……」
「ほら、ゆっくりしよ? って、あ」
「ん?」
「空に言ってなかったね……」
もしかしたらいま寂しくあそこにいるかもしれない。
人といたくなさそうに見えてそうではなかったから気にしていないかなって不安になった。
だって自分がされたくないことをしてしまっているわけだから。
「たまにはいいだろう」
「だけど空とは学校でしかほとんどいられないからさ」
放課後になるとすぐに帰ってしまうからチャンスが少ないんだ。
だからこそこういうときに仲を深めたいという欲張りな考えがあった。
「結局は空か、空の方が大切なのか?」
「空も大切だよ」
「いまは私を優先してくれ」
こうして抱きしめてくれるのにその先を……とならないのがもどかしいところだ。
……そういうつもりがなければ外国というわけでもないんだし抱きしめないよね?
利用価値なんかはないわけだからそういう気持ちがなければしないと思うけど……。
「……物足りないのか?」
「そんなことはないけど……どういうつもりでしてくれているのか気になるかな」
彼女はこちらを離すと腕を組んでこちらを見てきた。
察する能力というのが低いから不機嫌そうだという感想しか抱けない。
「はぁ、そういう気持ちがないのにするわけがないだろう? もう昔とはなにもかも違うのだ」
「え、じゃあ……」
「ああ」
そ、そうか、やっぱりそういうことだったのか。
それなら気になっていたことを指摘させてもらうとしよう。
「憂、口――」
「い、いきなりキスは早すぎるだろうっ」
「え? 私は口に海苔がついているって言おうとしたんだけど」
「は」
ふりかけの海苔がついてしまっていることにいま気づいたのだ。
最大の問題が解決したからそちらの方が優先順位が上がったことになる。
「……気づくかどうか試していたのだ」
「そうなの? それなら気づけてよかっ――」
「ふざけるなっ、タイミングを考えろっ」
「えー……」
なんだかんだいって彼女の方も求めてくれたというのなら嬉しい話だ。
キス……早いかな? もう七年以上も一緒にいるんだからいいと思うけど。
「じゃあどんどん抱きしめちゃおうかな、憂も望んでいるみたいだし」
「……おい、調子に乗っていないか?」
「だって私は憂の彼女でしょ?」
「はぁ、これから面倒くさいことになりそうだ」
そんなの私と友達になったときから分かりきっていたことだ。
それなのに彼女は居続けることを選んだ。
その結果がこれなのだから責めるのなら過去の自分を責めてほしい。
「戻ろっか」
「ああ」
とにかくゆっくりやっていこうと決めた。
「最近、避けられてる感じがするんだけど」
「え、好きな人に? それは悲しいね」
憂に避けられたら精神がやられてしまうから気持ちは分かる。
でも、積極的にいけばいい方に繋がるとは限らないから難しい状態で。
「なに言ってんの?」
「あ、好きな人に避けられていることはなかったんだね、それならよかった」
「言っておくけどね、あんたに避けられてるって思ってんだけど?」
「え?」
馬鹿みたいに固まることしかできなかった。
あの日は会えなかったけどそれ以降は毎日あそこで会っていたのに。
「大体ね、本命と付き合えたからって浮かれてんじゃないの?」
「学校では空とばかりいるよ?」
「うっ、……もっと優先してくれないといてくれているとは思えない」
そう、付き合い始めてから憂が来なくなってしまったのだ。
ただ、放課後は絶対に誘ってくれるから寂しかったりはしない。
ふたりきりになると学校なのに変なことをしそうだからそれがいいんだと思う。
「どうすればいい?」
「……嘘、あんたはそのままでいいよ、……来てくれるのは嬉しいし」
「そっか、分かった」
そういう簡単なことなら続けられるからありがたい。
誰かのためになるようなことはできないからもどかしくなるし。
「で、キスぐらいしたの?」
「し、してないかな」
「へえ、付き合い始めたらすぐにするかと思ったけどね」
憂のことを考えればこうなって当然だった。
いきなり甘えん坊になるわけがないし、素直に言ってくれるとは思えない。
「ね、抱きしめられたときってどんな感じ?」
「んー、ドキドキよりも安心って感じかな」
「へえ、あ、そういえばあんたは憂によく抱きしめられてるからいまさらドキドキしないか」
「だ、抱きしめられてなんかないよ」
「いや、何回もこの目で見ているから」
……もっと場所に気をつけなければならないといま知った。
なるほど、そういう点が引っかかっているから学校では近づいてこないのか。
だからそのかわりに放課後になったらいっぱい触れてきてくれると、考えられてるね。
「そうだぞ空、私が他者の目があるところで抱きしめるわけがないだろう?」
「いやほら、写真が――」
「け、消せっ、盗撮は犯罪だぞっ」
慌てる彼女をなんだこいつ……みたいな顔で見ている空が「来てるけどいいの?」と。
確かにそうだ、だけど空に会いたかっただけなのかもしれないから余計なことは言わない。
「それとこれとは別だ、それに恋愛相談に乗ってやろうと思ってな」
「恋愛相談か、あ、どうすればもっと仲良くなれると思う?」
「それは積極的にいくしかないだろう、私と葵みたいに常にとまではいかなくても放課後には少しの時間であっても一緒に過ごすとかそういう風にしないとな」
「説得力あんねえ……」
「当たり前だ、何年片思――」
彼女はそこで慌てて口を抑える。
もちろんそれを見逃す空ではないため「えっ、いま片思いって言った? え、葵が一方的に好きなんじゃなかったんだ」とすぐに言っていた。
「あ、葵がなっ? なあっ!?」
「私が本格的に好きになったのは最近だけど……」
「そ、それでも変わらないだろうっ!」
「わあ!? み、耳があっ!」
冗談抜きできーんっと耳鳴りがしている感じがした。
いやでもまさか……とはならない。
だって何度も触れてきてくれていたから。
まあ、触れてきてくれた=として考えてしまうのは短絡的かもしれないけど。
「ちょっと、すぐにふたりだけの世界を構築するのはやめてくんない?」
「……も、元はと言えば貴様が煽ってきたからだろう」
「分かったから、もう煽らないから落ち着きなよ」
こうして三人で集まるとやっぱり落ち着くな。
あのとき憂から逃げていてよかったと思う。
そうでもなければ私は空と出会えずに終わっていたと思うから。
「はぁ、本当のところはキスとかしてそうだね」
「するわけがないだろう」
「なんで?」
私も気になるから静かにしておいた。
なにが嫌でしてくれないのかを知っておきたい。
知っておけばムードとか考えて行動できるようになるからと。
「……私はそもそもされているしな」
「え?」
「されたことがあるぞ、しかも寝ているときにな」
ば、バレて――って、それはもう知られていたか。
寝たばかりのときにすればそりゃ分かるよねという話で。
「それって寝ているときじゃなくて寝ているふりをしているときじゃない?」
「細かいことはいいだろう、葵は許可も取らずにしてくるそんな淫乱な人間なのだ」
い、淫乱って……。
別にすぐにキスしたりしようとしているわけでもないのにと内で呟く。
それともたまに手を繋ぐだけでもそうなのかな?
そうだったら彼女は相当淫乱ということになっちゃうけど……いいのかな?
「淫乱ねえ、どちらかと言えばむっつり少女があんたでしょ?」
「むっつりではない!」
「わ、分かったから、あんた声がでかすぎ……」
ここまで興奮気味な彼女は久しぶりに見た。
ということはいつもは抑えているのかもしれないね。
私が上手く開放させてあげられたらいいけど……できるだろうか?
「やれやれ、貴様とも仲良くしたいと思った私が馬鹿だったな」
「悪かったって、だから拗ねないでよ」
「葵、行くぞ」
私の意見なんかどうでもよかったらしくこちらの手を握って歩き始める彼女。
見てみたら空はこちらを見ていたけどすぐに上に意識を向けていた。
「意地悪」
「違う、あいつはすぐに葵を口説くからだ」
「そんなことないよ」
「どうでもいい、それなら私がいたかったということで片付けてくれ」
……ここに来ている時点で人のことは言えないからそれで片付けておこう。
それに学校でまた彼女と過ごせているということが普通に嬉しかったから。
放課後は一緒に過ごしてくれているのにそれだけでは足りないとなってしまっているから。
「憂」
「……ここで抱きしめるな」
「ありがとね、何回も言うけど憂のおかげで楽しく生きられているから」
「いちいちそんなことを言わなくていい、私だって……まあ、葵のおかげで……」
「無理して言わなくていいよ、私がそうやって思っているだけなんだから」
できればずっとこのままでいたい。
だから焦らずにいこうと思う。
彼女が求めてきたら真っ直ぐに答えたいと思う。
大丈夫、彼女と一緒ならそうできる。
でも、支えてもらうだけではなく支えられるようになりたいな。
そうやって「なんだ?」と聞いてきている彼女を見てそう思ったのだった。
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