07話.[待っていてくれ]
十月。
想像とは少し違って二十日を超えてもまだ肌寒いということはなかった。
去年は一気に肌寒くなっていたから少しだけ意外だ。
「葵ー、あんたはいいよね」
「なにが?」
「だって両想いだからもやもやしなくていいだろうし」
んー、両想いと言われてもいまいちそんな感じがしないんだ。
憂の態度がなにも変わらないから逆にもやもやすることがあるぐらいで。
「あれからアピールできたの?」
なのでこういう話題になったらすぐに変えるのが一番だった。
「まあ多少はね」
「それならよかったね」
ちなみに優先すると言ってくれていた憂がここにいない時点で分かるはず。
誰かひとりを優先するなど無理なのだ。
友達が多い人間であればあるほど相手のことが気になるものだから。
「ちょっとさ、あんたが憂と仲良くするためにしていることを教えてよ」
「うーん、ちゃんと気持ちを伝えることかな。嬉しいとか不満があるとか言わないと相手にはやっぱり伝わりきらないときがあるから」
「んー、難しいね」
「そうだね、私なんか言いすぎてしまっているのか軽いとか言われちゃうから」
言ったら言ったであれだとえぇとなってしまう。
でも、別に相手が悪いというわけではないのだ。
証拠を見せられない以上、どうしようもないということ。
「あとは……あ、私はできないけど触れてみるとかどう?」
「無理でしょそんなの……」
「ごめん……私も多分できないや」
自覚してからは手を気軽に握ることもできなくなってしまった。
……おでこにキスができるんだから簡単だろと言われればそれまでだけど……。
「どんな人なの?」
「あんたと憂を足して二で割った感じかな」
「私と憂を……憂だけなら真面目でしっかりしている人ってイメージできるけどそこに私も足しちゃうとその人は……」
少しだけ失礼な想像をしてしまった。
大きい憂の要素と少しの私の要素であればそんなに悪くは……ないか?
そ、そういうことにしておこう。
大体、失礼な想像をする方が駄目なわけなんだから。
「いや、あんたって意外と悪くないからね?」
「そ、そうなの?」
「うん、まあ特出しているというわけでもないけど」
「それでいいよ」
普通が一番だ。
モテたことはないけどモテすぎてしまったら大変だろうし。
振るのも憂から大変だと聞いているから余計にこれでよく感じる。
「おい、口説いてくれるなよ」
「好きな人がいるって言ってんじゃん」
「そうか、ならいいのだが」
すっかりここで集まることが習慣となってしまっていた。
廊下で話すよりも人が来にくいからいい場所だと思う。
それでも微妙な点を挙げるすれば戻ることがちょっと大変、というところかな。
どうしたって別のクラスの空とも長く話していたいから居続けたいし。
「空、いま貴様が好きな女子と話したぞ」
「えっ、な、なにやってんの……」
って、憂は知っているのかと驚いた。
……このふたりは私の知らないところで会っているんだろうな。
だって段々と仲良くなってきているわけだし、うーむ……。
「空を探していたみたいだったからな、ま、知らないと言ってここに来たが」
「……どうせなら連れてきてよ」
「私は三人でこうして集まる時間を気に入っているのだ、そこに貴様の好きな人間が来てしまったらふたりだけの世界を構築されて駄目になってしまうだろう?」
「あんただって葵と……」
「出していない、少なくともふたりきりのとき以外はな」
確かにそうだ。
彼女は意外とふたりきりになると甘やかしてくれるようになる。
抱きしめてもくれるし満足できる毎日ではあった。
「って、あんたは私のこと嫌いだと思ったけど違うんだ?」
「そう簡単に人を嫌いになったりはしない、それに空は無害だからな」
「ま、進んで敵を作るような生き方はしてないからね」
「ああ、それでいい、これからもそのままの方がいいぞ」
憂は昔から誰かと仲良くするのが得意だった。
もしかしたらひとりでいたくないからなのかもしれない。
意外と寂しがり屋なところがあるからそういうところも可愛いんだよね。
「ふーん、あんたって意外と可愛げがあんね」
「ふっ、これでも一応乙女だからな」
「ぷふっ、あんたから乙女って言葉が聞けるなんてっ、あははっ」
そう笑ってあげないでほしい。
実を言うと私も少しだけ笑いそうになってしまったけど我慢できたから許してほしい。
「葵、中々に複雑なのだが……」
「大丈夫だよ、憂はちゃんと乙女だよ」
「そ、そうか、それならいいのだが」
あー……涙目になっているところも可愛い。
結構繊細なところもあるから一緒にいるといつも新鮮な気持ちでいられるのもいい。
「……そういう可愛い反応ができるのが葵にとっていいのかもね」
「かっ、な、なにを言っているのだ」
「私もそれぐらい真っ直ぐに出せたらなー」
と呟いた瞬間に件の人……? がやって来て空が慌てていた。
だけどその瞬間にあっ、と分かってしまったから空も普通に真っ直ぐ生きていられているなと思ったのだった。
「は、早く帰るぞっ」
「う、うんっ」
十一月が近づいて一気に寒くなってきたときのことだった。
朝は凄く綺麗に晴れていたのに帰る時間になっていきなり雨が降ってきたのだ。
あまりに濡れてしまうと風邪を引いてしまう。
風邪を引いてしまうと彼女に会えなくなってしまうから嫌だった。
「はぁ、酷くなくて助かったな」
「うん」
当たり前のように彼女の家に来てしまっているのが問題だけど、確かにあまり濡れるようなことにならなくて済んだ。
これならお風呂に入らなくてもタオルで拭いておくだけで問題ない。
「いま湯を溜めるから待っていてくれ」
「え」
「ん? 入らないのか? 風邪を引くぞ」
「か、帰ってから入るからいいよ」
またあのようなことになったら嫌だった。
あのときも正直変わらないけどいま一緒に入ったら多分鼻血が出てしまう。
って、別に一緒に入るとは言っていないけど、うん、とにかく回避だ。
「いいから入れ、風邪を引いてほしくない」
「はい……」
ご丁寧に着替えまで持たされてしまい……。
ただ、今回はひとりみたいだったからささっと洗って戻ってきた。
そうしたら客間で寝転んで寝ている彼女がいたから起こすことに。
それこそ拭くなり入るなりしないと風邪を引いてしまうから。
「ん……もう出たのか」
「うん、ありがとう」
「私も入ってくるから待っていてくれ」
「うん、待ってるね」
彼女が部屋から出ていった後、なんとなく転がっていたところに転がってみた。
……別に匂いとかがあるわけではないけど生温い感じが最高に気恥ずかしくしてくれた。
「ふぅ――ん? 眠いのか?」
「違う違うっ」
も、戻ってくるのが早すぎるっ。
変なことをしているところを見られなくてよかった。
まあ、別に不健全なことというわけじゃないけどさ……。
「んー……」
「うん?」
「葵が私の服を着ていると無理して大きいのを買った人間みたいだ」
「身長が違うから仕方がないよ」
できればこのまま着て帰りたい、そのままも、貰いたいというよくない気持ちがあった。
駄目だ、私は憂が好きすぎる。
多分、遠くない内に滲み出て本人にバレてしまうレベルだった。
「ねえ、これ、貰ってもいい?」
「は? 嫌に決まっているだろう」
「……家に帰ってからも憂を感じていたいから」
「やめろ、答えはNOだ」
気に入らないから反対を向いて寝転んだ。
今度こそ話しかけられても答えないという風に決めて。
「小学生みたいな態度を取るな」
そういえば妹さんはいつ帰ってくるんだろう?
もう時間的には帰っていないとおかしい時間なんだけど。
遊びに行っているのかな? なにもなければいいなと内で呟いた。
「黙ったままだと抱きしめるぞ」
そういうつもりで黙っているわけではない。
私は自分で決めたことぐらいは守ろうと行動しているのだ。
だから後ろから優しく抱きしめられてもなにも言わなかった。
……妹さんには見せられない絵面だと思う。
「機嫌を直してくれ、そもそも私がこうして一緒にいるのだからいいだろう?」
そう、そこについては問題はない。
来てくれないこともあれからは減ったわけだし。
だけどだからこそ家に帰った際には寂しくなるということだ。
そこを彼女には分かってほしい。
はっきりちょうだいと言ったのだってこの前空に偉そうに真っ直ぐに伝えるべきだとか言ってしまったからだった。
「ただいまー」
いっ!? やばいと慌てたものの意地悪な彼女が動いてくれず。
妹さんが元気よく歩く音だけが聞こえてくる中、必死に静かにしようと努めていた。
「……仕方がない、流石にこの状態を見せるのは教育によくないからな」
と、彼女の方が先に折れてくれて慌てて座り直した。
その後は元気よくここに妹さんが入ってきたけどもう全く問題もなかった。
久しぶりということで結構盛り上がれたし。
大体、十八時頃に雨がやんだから東家をあとにした。
「あ……」
意図したわけではないけど当たり前のように服を着てきてしまったことに気づく。
そして馬鹿な自分は制服を忘れてきてしまったことにも気づいた。
……取りに行くのも恥ずかしいから明日まで預かってもらっておくことにしよう。
と、等価交換ということでどうだろうか……?
私のそれと彼女のこれを同価値だと考えるのは失礼か。
「ただいま」
とにかく家に帰ったとなれば家事をするだけだ。
住ませてくれている父に返すためにも頑張らなければならない。
でも、勉強だけでいいとか考えていた私はどこかにいってしまっていた。
私はやっぱり憂のことが好きだし、憂とそういう関係になりたいって思っている。
傷つくことになるだけかもしれないけど、人に偉そうに言ったくせに自分はなにも行動できませんでしたじゃ話にならないから変えないとならない。
「あ……」
すぐにこうやって考え事をして手が止まってしまうことは問題だ。
こっちのこともしっかり意識しつつ頑張ろうと決めたのだった。
「ちょっと付き合いなさい」
いつも通り渡り廊下のところに行ったらいきなりそう言われて再度移動することになった。
なにをと構えていたら彼女のクラスの前で足を止める。
「見て、あの子なんだけどさ」
「寝ている……ね?」
「うん、今日はあんな感じだけどいつもは元気なんだよ、だから憂とあんたが混ざった感じだってこの前は言ったんだよ」
げ、元気……あ、元気に生きられているから間違っているわけではないか。
髪はそこまで長くはないけど短いというわけでもない。
「それでどうすればいいの?」
「……別にどうもしなくていい、友達だからあんたにも知ってもらおうとしただけ」
「憂はどうして知っていたの?」
「……一緒にいるときに発見されたからだよ」
あ、じゃあ教えたというわけじゃなかったんだ。
いやまあ、別に憂にだけ教えていたとしても悪いというわけではない。
何故なら知ることができてもなにかをしてあげられるわけではないからだ。
「もう戻ろ」
「分かった」
渡り廊下じゃないと落ち着けない体になってしまった。
でも、まだまだ鉄柵に身を預けられるような勇気はない。
「あんた達を見ていると頑張らなきゃって気持ちになるんだ、だから地味に感謝しているよ」
「力になれているならよかった」
「だってあんたが勇気を出して行動しているんだからね」
勇気を出せたことは……最近ならそれなりにあるか。
自分が頑張ることで憂とは仲良くできるし、それで空が頑張らきゃって気持ちになれるのであればいいことだとしか言いようがない。
それでも問題というのはあって、私ばかりが好きになってしまうということだ。
つまり私ばかりが甘えることになって寂しいということかな。
「いまさらなんだけどさ、あいつってなんであんな喋り方をしてんの?」
「出会ったときからそうだったから分からないな」
あれも憂のよさのひとつだと思っているから聞いたことはなかった。
そもそもの話として、昔の私はそんなことはどうでもよかっただけなのかもしれない。
もし離れていってしまうのだとしても構わないとすら考えていたぐらいなんだから。
いまの自分からすればそんなありえない状態なのが過去の私だった。
「そうだ、あんたも真似してみなよ」
「そんな必要はないぞ葵」
「なんで、面白そうじゃん」
「真似しても無理をしている感じが伝わってくるだけだからだ」
なるほど、憂の言う通りではあるな。
私なんかそうでなくても演技が下手くそだからそうなる可能性がある。
「わ、分からない……だろう?」
「ぷふっ、やばいってそれっ」
思い切り笑ってくれたからよかったということにしておこう。
「それより葵、いつになったら服を返してくれるのだ?」
「え、服? なんだっけ?」
「……とぼけるな、まだ葵から返ってきていないのだが」
あの服はお風呂から入った後に着用させてもらっている。
ああしているとかなり落ち着くのだ。
彼女の匂いがするとかそういうわけではないのに不思議で。
「私は知らないがな」
「はぁ」
「あははっ、段々と自然になってきてんじゃんっ」
どうやら憂に近づけているらしい。
ちなみに服だけではなくスカートもパク――借りたままとなる。
でも、許してほしい。
何故なら思わせぶりなことをしてきているのは彼女だからだ。
あれでは落ち着くことができない。
好きな子から触れられたりしたらやっぱり嬉しくなってしまうから。
「つかなんで返さないの? あんたまさかよくないことに――」
「そ、そんなわけないでしょっ、お風呂の後に着て安心しているだけでしかないよ!」
あっ、わざわざお風呂の後、とか言ってしまったのが失敗だった。
空からは「いや、あんた他の人間の服を着てそれって結構不味いから」と真顔で言われてしまいどうしようもなくなる。
ふ、不健全ではないからと言うのが精一杯だった。
「……まあいいだろう、からかうのはやめてやってくれ」
「憂がいいならいいけどさ」
よかった、なんとかなった。
私が求めているのは健全な関係だからこれでいいのだ。
ただ、今日分かったことは空がいると大変になることも多い、ということだった。
憂だけならお願いしまくることでなんとかできるかもしれないけど、空がいる場合ではそうもいかないというのが実際のところで。
「あ、じゃあ憂も葵から貰ったらいいんじゃない?」
「葵からか……」
「な、なんでもいいよ?」
とはいえ、あまり物欲がある方ではなかったからあげられる物はほとんどないけど。
私の服なんかを貰ったところで嬉しくはないだろうし、私自身は彼女のためになにかをしてあげられるというわけではないし……。
「考えておくからこの話は終わりにしよう」
「うん、分かった」
だけど、物理的になにかをしてあげられるのが一番だと思う。
だって私は家にいるときに寂しくならないようにとあれを借りたままでいるわけで、彼女の場合はそんなことを望んでいないだろうから、うん。
「空も頑張れ」
「……そうだね、頑張らないとね」
「ただ、一般的には同性を受け入れられる人間ばかりではないからな」
「その点、あんた達はいいね」
「なんの話かは知らないが、ま、私は別に気にならないな」
空は少しだけ微妙そうな顔で「素直じゃないね」と言っていた。
自分の好きな男の子と付き合いたいと考える女の子の方がまだ一般的だろう。
だから本当なら可能性がほとんどない同性を好きになるのはやめておいた方がいい。
でも……。
「余計なお世話だ、いまから連れてきてもいいんだぞ」
「……余計なことしないで、私のペースってのがあるんだから」
「それなら余計なことを言うな」
「分かったから……」
男の子とろくに過ごしたことがないからかもしれないけどやっぱり私は彼女が好きだ。
家族以上にずっと一緒にいてくれた存在だからというのも大きい。
そういうのもあって最悪の場合はこのままでもいいとそう思ったのだった。
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