06話.[別に構わないが]
「あ、おい」
「おいって名前じゃないんだけど」
「……空、葵を知らないか?」
今日は授業が終わるとすぐに教室から出ていってしまうから気になっていた。
こんなことが初めてというわけはないが気になるものは気になるというもの。
またこいつ、空のところで時間をつぶしているのかと思ったがそうではないらしい。
「知らないよ、今日は一度もここに来てないから」
「そうか」
どこでなにをしているのだ。
最近は態度を改めているから嫌われるようなことだってないはずなのだ。
しかも……好きだと言ってきたうえに額にとはいえキスまでしてきたのだぞ。
……まさかそれでか? 後で恥ずかしがるぐらいならするなと言いたい。
「あ、憂ー」
「憂ー、じゃないっ」
「な、なにをそんなに怒っているの?」
別に恥ずかしかったとかそういうことではないみたいだ。
無理やり吐かせてみたらどうやら腹の調子が悪かっただけらしい。
……むかつく、これでも一応不安になっていたというのに。
「葵は馬鹿だね」
「えぇ……」
「心配だったからに決まってんでしょ、そういうところが足りないね」
代弁してくれるのは助かる。
だが、こいつに葵が自由に言われているところも見たくないという難しさが……。
「……腹の調子はよくなったのか?」
「あはは、うん、なんとかね」
腹痛というのは辛いからな。
頭痛と違ってその場に留まっておけばなんとか休めるのとは違う。
授業中なんかには焦りなんかも出てくるだろう。
毎回休み時間になるまで我慢できているからまだマシなのだろうか?
「あ、そうそう、憂に言いたいことがあって」
「私に言いたいこと?」
それってあのとき勝手にしてしまったことを謝罪したいとか……か?
別に謝罪はしなくていいが勝手にするのはやめてもらいたい。
相手が相手なら怒られているところだからな。
「うん、海に行きたいなって、夏休みはそれどころじゃなかったからさ」
「別に構わないが」
「そのときは空も一緒でいい?」
「……別に構わないが」
ふたりきりだろうが空みたいな他人がいようが変わらない。
だが、葵の口から空の名前を聞くとどうしてこうも腹が立つのだろうか?
「えぇ、なんで私も誘うの……」
「一緒に行こうよ、私達は友達なんだから」
「はいはい、利用したいからですよね」
「違うよー」
とにかく平常心だ。
細かいことでイライラしていたら駄目だ。
だが、こういうことがあるから避けたかったのだが……。
ただ、自分は他の人間といるのに葵にだけ制限をかける権利なんてないからな。
……とにかくもっと葵を優先しようと決めた。
「葵はそこの面倒くさい人間の相手をしてあげてよ、私は戻るから」
「うん、また会おうね」
「んー」
空が戻っていって静かになった。
あいつは意外と喋りたがりだから困る。
「空って優しいよね、なんだかんだで付き合ってくれるんだもん」
「そうだな」
まあ、あいつのおかげでまたこうして葵と一緒にいられていると言っても過言ではないから可愛げのないことを言ったりはしなかった。
本人がここにいるわけでもないから気恥ずかしいということもない。
「でも、一番落ち着くのはやっぱり憂といるときだな」
「それは当たり前だろう、関わっている時間の長さが違うのだから」
「うん、だからありがたいよ本当に、憂がいてくれるだけで全然違うもん」
……どうしても軽く聞こえてしまうのは何故だろうか?
ただ、葵的には心から言っているとは思う。
普通ならそんなことを言ってもらえて嬉しいはずなのだがな……。
「証拠」
「え?」
「証拠を見せてくれ」
なにを馬鹿なことをと自分が一番そう思った。
だが、何度言われても信じられないから困るのだ。
空がああ言いたくなる気持ちも分かる。
結局のところは便利屋程度にしか見られていないのではないかと考えてしまうのだ。
「そう言われてもどうすればいいのか……」
「……すまない、忘れてくれ」
「う、うん」
うざ絡みをしている場合じゃないというのになにをしているのか。
自分が聞かれてもそんなことをできるわけがないのにいかれてる。
「海、いまから行くか」
「え、まだ休み時間だよ?」
「たまにはいいだろう? さぼりたいときぐらい誰にでもある」
「せっかく学校に来ているのにそれはね……」
その後も何度か誘ってみたものの一応真面目な葵には届かず。
無情にもそこに予鈴が鳴るという嫌なコンボで戻るしかできなかった。
席に着いて別に眠くもないのに突っ伏して。
駄目だ、恥ずかしすぎる。
あのとき顔を真っ赤にしていた葵の気持ちがよく分かる。
……私に足りないのは素直に受け取る心だ。
いまだけでもいい。
葵がああ言ってくれているのならと信じて行動するだけ。
そもそもの話として、そういう風に思っていなかったらあんなことはしない。
いつの間にか葵の方がしっかりしているというか、元々、葵の方がしっかりしていたのかもしれないといまさら気づいた。
「海だー」
これまでも全く行っていなかったから新鮮さしかなかった。
ただ、
「あっつ……」
「もう帰ってもいいか?」
暑さに弱いふたりのせいでいまいち盛り上がれず、というところで。
ふたりはあっという間に日陰のところを探して座っていた。
「九月なのに暑すぎ」
「分かる、やる気を出し過ぎだな」
確かに暑いけどふたりと来られたことが普通に嬉しいのに。
そう言ってみても「言葉が軽い」とか「暑いから嬉しくない」とか言われてしまって駄目になったので、
「はは、ひとりでも楽しいんだから」
さらさらの土をいじってひとりで遊んでいた。
意外と耐性があるのかこの暑さでも気になったりはしない。
だけど段々と虚しい気持ちが出てき始めてふたりのところに戻ることにした。
「憂、大丈夫?」
「ああ、体調は別に悪いわけではないからな」
「空は?」
「私も同じ」
それならまだいても大丈夫と片付けて地面に座った。
日陰にいるというだけなのにあちらとは全く違かった。
普通に涼しいし、なによりふたりと話ができるだけで満足できる。
「あんたは調理とかできんの?」
「ある程度はできるぞ、妹のために作ったりもするからな」
「妹って小学生?」
「ああ」
「え、じゃあ酷い人間じゃん、放置してこっちに来ているなんて」
そういえばそうだった。
私が誘うとほとんど来てくれるけど妹さんからすれば不満かもしれない。
なにより家にひとりだということが気になるだろう。
私みたいな人ばかりではないのだ。
「ふっ、そんな弱い人間などではない、ゲームばかりしているぐらいだからな」
「ゲームねえ、あんた興味あんの?」
「両親が甘くてな、妹が欲しがると必ず買い与えるのだ」
それはまたすごい話だ。
って、私も別にお金のことで苦労したことがないから父はすごいな。
「空はひとりなのか?」
「そだね、ひとりの方が気楽でいいよ、まあ面倒くさいときもあるけど」
私的にはもうひとりいてくれた方がよかった。
優秀な妹か弟がいてくれれば離婚にはならなかったんじゃないかな。
益々私には期待しなくなるだろうけど優れているわけじゃないからそれでよかった。
でも、もう言っても仕方がないことだから片付けておこう。
「例えば?」
「しっかりしろって言われることかな。兄、姉、弟、妹、そのどれかがいてくれればそっちに意識を向けてくれるんじゃないかって考えるときはあるけどね」
「なるほどな、親的にはしっかりしていてもらいたいものだからな」
「まあね、だからうざいとは思わないけどさ」
私は特に言われたことがなかった。
そう思っているだけでこの耳に、頭に全然届いていなかっただけかもだけど。
外で悪さをするような人間ではなかったからあんまり苦労させていたわけではなかったんだけどな。
お母さんはどういうところが不安だったんだろう?
「あんたは言われてなさそうでいいね」
「姉だからという理由で我慢しなければならないこともあるぞ」
「あー……じゃあ全てそうだとは言えないか」
「だが、事実あまり言われないからな」
「ま、他人のそういうところだけ見るとよく見えるもんだよね」
いいところもあれば不満を抱くところもある。
基本的にはそういうものだ。
羨ましいのに悪く言ったところでいいことなんてなにもない。
「つか、なにさっきから黙り決め込んでんの?」
「意識してそうしているわけじゃないよ、どちらかと言えば聞いている方が気が楽しいというだけで」
話しかけられて受け答えをするという方が楽なんだ。
自分から振り出すと最悪の場合は滑って空気が死ぬ場合もあるし。
それにいま言ったように聞いている方が好きだというのが大きかった。
これはひとりでいることが多かったからなのかもしれない。
「十月になったらすぐに寒くなるだろうね」
「って、別に話すんだ」
「それはこれまで一緒にいたから分かっているでしょ?」
毎回そうというわけではない。
気分というのも関係してくるから今日みたいな日は特にね。
「そろそろ帰ろ、これ以上外にいたら死ぬから」
「憂は?」
「葵には悪いが話すのなら家でしたいな」
「分かった、じゃあ帰ろっか」
ちなみに荷物は彼女の家に置いてあるから楽だった。
彼女との時間を少しでも増やしたいから自然と行けるのもいい。
「な、なんだ?」
「いや、あんた達はこうしてそうだなって」
「手を繋ぐことぐらいはあるが……」
たまに憂から抱きしめてくれるときもある。
でも、大体はこっちがくっつきたくてしている、だけでしかないから欲を言わせてもらえばもう少しぐらい甘えてほしかった。
「こうやって好きな相手にできればいいんだけどね」
「なら勇気を出して誘ってみたらいいだろう?」
「簡単に言ってくれるね、あんた達と違って両想いというわけじゃないんだからさ」
「りょ、両想いではないっ、私は仕方がなく葵といてあげているだけだっ」
そう、彼女の優しさだけでなんとかなっている状態だ。
だからその先を望んでしまうのは駄目かもしれない。
そもそも、同性と付き合おうとしてしまっている時点で問題……かな?
昨今はそういう話もよく聞くけど……。
とにかく、傷つくことにならないように気をつけようと決めた。
「どういうことだっ」
「え」
十八時頃、空が家から帰ったタイミングでいきなりだった。
どういうことだとはどういうことだろう?
「あ、いや、葵が悪いわけではないのだ」
「そ、そう? あ、そろそろ家事をするために帰らなくちゃ」
「私も行く、母がもういるから妹も問題ないしな」
「分かった」
父の帰宅時間は相変わらず遅い。
だから彼女が来てくれるというのなら助かるというものだ。
そうでなくても私は彼女のことが好きなんだから……さ。
「葵、私も手伝う」
「ありがとう、じゃあ……」
「味噌汁は私が作ろう」
「あ、それならお願いね」
暑いのと余ると大変なことになるから少なめにと頼んでおいた。
こちらはその間にメインとなるものを焼いたりして。
「どうするのだ? 食べないで待つのか?」
「ううん、さすがに先に食べさせてもらうかな」
「そうか、なら食べればいい」
「手伝ってくれてありがとね」
今日はいらないということでひとり食べさせてもらうことにした。
ただ、その間はずっと見られていて気まずいどころの話じゃなかったけど。
「……さ、さっきさ、どうしてあんな大きな声を出してきたの?」
「ん? ……ああ、それは葵が空とばかり盛り上がっていたからだ。聞く方が好きだから、そうやって言っていた人間が全く違ったわけなのだから納得ができなくてな」
いつだってそうであれるわけではないということだ。
別に彼女に構ってほしくてわざとそうしているわけではない。
「憂だって空と楽しそうに話してたよ?」
「……まあいい、早く食べろ」
それならと早く食べて、食器も洗って、今日こそ彼女を送るべく外に出た。
「はぁ、何故私が送られなければならないのだ」
「いいでしょ、たまには憂のためになにかをしたいんだよ」
「貴様と一緒にいるといいこともあるが悪いこともあるな」
えぇ、悪いこと認定はやめていただきたい。
「……それに私が憂と少しでも多く過ごせるように行動しているんだけど」
「へえ」
「信じてよっ、この前も言葉が軽いとか言ってきてさっ」
「事実だからな、優しくしてくれる人間全員に言っているに違いない」
彼女は「だから信じないようにしているのだ」と口にして歩いていってしまった。
慌てて追ったものの顔すら合わせてくれず。
「それではな」
家に着いてからもそれは一緒。
ぴしゃりと閉じて壁を作られてしまった。
……このまま他人の家の前でいると怪しすぎるからとぼとぼ帰ることに。
「冗談だ、本気にするな」
「ばか」
「そう言ってくれるな」
付いてきていたのは分かっていたけど振り向いたら結構近くに彼女はいた。
彼女の方に近づくとこっちの腕を掴んで「そのまま受け入れるのは気恥ずかしくなるから駄目なのだ」と。
「私はもっと葵と一緒にいたい」
「でも、憂は他の子と一緒にいるから……」
「ああ、だからこれからはなるべく優先する」
「べ、別に他を我慢してまで私のところに来なくてもいいよ」
「はぁ、優先しろと言ったりするなと言ったり忙しい人間だな」
我慢させるのは違うからだ。
自分の意思で行きたいと心の底から思ってくれているのならともかくとして、そうでもないのなら来てもらう側としてはそうとしか言えない。
相手のことを考えなければならない以上、これは仕方がないことなのだ。
「私のことが好きなのだろう? 葵こそ素直に受け入れておけばいいのだ」
「だけど私ばかりを優先したら嫌われてしまうかもしれないよ?」
「もしそうならそれぐらいの仲だったということで片付けられるだろう?」
「……私は相手が憂の場合はそうやって片付けたくないけどね」
「意味のない話だろう、何故なら相手は私ではないのだからな」
……憂は頑固だから困ってしまう。
というか、そうやって頼んだら断ったのは彼女だ。
だから余計なことを言うのはやめようとそう決めて動いていたはずなのに結局できていないのが現実で。
「こうして抱きしめてやれば納得できるのか?」
「……憂は体温が高いね」
「そうか? ま、いま触れている葵が言うのだからそうなのだろうな」
これもどういうつもりでしてくれているんだろう?
私のことが好き……友達としては好きでいてくれているだろうけど……。
「……どういうつもりで抱きしめてくれているの?」
「葵はこれを求めてきていただろう?」
「うん、昔は確かにね」
ぼうっとしていてあまり興味を抱かなかった私が彼女に対してはそうではなかったということになる。
なんだろうね? 包容力があったのかな?
母性……を感じていたわけでは――あ。
「もしかしたら両親と上手くいっていなかったからかもしれない」
「なるほどな、ぼうっとしている人間でも甘えたいときがあったということか」
「うん、あとは憂の雰囲気かな?」
「私の雰囲気と言われてもいまいち分からないが」
「意外と柔らかいんだよね、普段はぶすっとしているくせに」
そうでもなければただただぼうっとして過ごしていたことだろう。
両親が離婚することになってもなにも感じなかったと思う。
そういうもの、終わったことだって簡単に片付けて生きていたはずだ。
あとはあれだ、どこの土地に住むことになろうと普通だった……かな?
「そういう顔なだけだ」
「もっとにこーっとしようよ、そうしたら人がどんどん近づいて来てくれるよ?」
「これ以上はいらない、中途半端な関係など邪魔になるだけだからな」
中途半端か、それを言ったら私達のこれもそうだと思うけど。
だけど言葉にしたりはしなかった。
手を握ってくれることや抱きしめてくれることを喜んでおこう。
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