05話.[素直になりなよ]
「あれ、あんたまたひとりなの?」
「うん……」
あれからというもの、憂が来てくれなくなってしまった。
私にだって寂しいときはあるんだから許してほしいんだけどな。
だって憂は他の子と何時間も楽しそうにしているんだからさ。
「まあいいや、それなら私が相手をしてあげる」
「ありがとう、実際、空がいてくれて助かっているから」
「あいつといられないからだってことは分かってるけどね」
うっ、確かにそうだからなにも言えない。
私は彼女を利用してしまっているのだ。
もちろん憂が来てくれるときは憂を利用しているから悪い人間で。
だから母が愛想を尽かしてしまったのも無理はない気がする。
「あんたさ、あいつのことそういう意味で好きなの?」
「そういう意味って?」
「だから恋人にしたいとかそういう風に思ってんの?」
こ、恋人にしたいとかそういう風に考えたことはない……よね?
うん、ないな、あくまで友達として好きなだけで。
それに願ったところで憂が受け入れてくれるわけがない。
傷つくことになるだけだから気をつけようと決めた。
「そ、空こそ誰か好きな人とかいないの?」
「あんた」
「ええ!?」
「ふっ、冗談に決まってんでしょ」
……やっぱり色々感じる心があるから間違いなく普通の人間だ。
気に入らないところがあったとすればやはり避けていたところだろうか。
いい気はしないよね、私がされたら別になにもしていないのにって思うだろうし。
「ほんとは喧嘩でもしたんでしょ」
「……空に友達になってほしいって言ったのが駄目だったみたいでね」
「はは、なるほどね」
ひとりで納得しないでほしい。
あれはどう見ても嫉妬したようにしか見えないけどさ。
憂って本当によく分からないんだ。
離れると近づいて来る子だから本当のところがね。
ただ、あれだけ面倒くさいところを見せても結局来てくれているから優しいとか面倒見がいいというのは分かることだ。
「じゃあちょっと行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
「期待しないで待ってて」
さて、こちらはここでゆっくりしていよう。
お昼休みだから幸い時間だけはあるわけだし。
お弁当も作ったりはしていないからいつも通りだった。
いやでもこの高校に通えているということが幸せだ。
両親は離婚してしまったけど夏休みまでちゃんと待ってくれたし感謝しかない。
母もよく我慢してくれたと思う。
私がなおさら顔を見せないようにしていたからというのもあるんだろうけど。
「連れてきたよ」
「行く気はなかったがな」
腕を組んで話し合うつもりはないとでも言いたげな態度だった。
ここは空に任せるしかないからこちらは黙っておくことに。
「拗ねてないで素直になりなよ」
「拗ねてなどない、こいつには私は必要ないと分かったのだ」
「拗ねてんじゃん、しかもあんたはわがままでしょ」
「だから拗ねてなどない」
「しかも葵には自由にさせないで自分は自由にするっておかしいでしょ」
そこまでは言うつもりはないけど確かに、うん、という感じで。
もう誰かといられないと嫌なんだ。
昔ならほへーっとしておけばなんとかなったんだろうけどね。
「……葵には必要ないのだ」
「そんなことないでしょ、あんたのおかげで生きられてるとまで言う子なんだよ?」
「どうせその場の勢いとかでしかない」
「私が相手でも嬉しそうにそう言うんだよ? 勢いだけなわけないでしょ」
本当に助かる。
ここで変に口を挟むと余計に拗れる可能性があるから。
だけど空は私達のことをあんまり知らないはずなんだけどな。
ひとりでいることが多いみたいだから色々見えているということなのかな?
「ほら、ふたりでちゃんと話しな」
「格好いいと思っているのか?」
「いいから、素直になれないと損するだけだから」
空は「仲直りしたらまた会おう」と言って歩いていってしまった。
「憂、勘違いしないで」
「なにが勘違いだと言うのだ」
「一番大切なのは憂だよ、だけどその大切な人の邪魔をしたくないと考えることはなにもおかしなことではないでしょ?」
友達といて楽しそうであれば行ったり誘ったりはしないよ。
そこまで自分勝手ではないし、そこまで弱いつもりもない。
同じ高校でまだまだ憂と一緒にいられるというだけで十分だから。
でも、こうやって両者の間に微妙な壁ができてしまうと困るんだ。
前提条件が崩れてしまったらいまの私には耐えられない。
「……貴様の言葉は軽いのだ、適当に言っているようにしか聞こえない」
「そんなことないよっ、大体、こんなこと言えるのは憂だけだし」
「あいつと居始めたら変わるかもしれないだろう? 所詮、その程度なのだ」
「信じてよっ」
「無理だ」
それ以上こちらになにかを言うこともなく歩いていってしまった。
一難去ったと思ったらすぐにこれだ。
人生は大変なことが多すぎる。
まあ、私のこれなんてまだまだ可愛いレベルなのかもしれないけどと呟いたのだった。
「空ー」
「来るな来るな、面倒くさいことに巻き込まれたくないから」
すっかり渡り廊下のところで一緒に過ごすようになってしまっていた。
憂と過ごせないのだから仕方がないと片付ける自分と、憂の言いたいことはこういうことだったのか、じゃあ私が悪いと考える自分と。
様々な自分がいるから一概に憂が悪いとは言えないから難しい問題だった。
「今日、ファミレスに行こうよ」
「嫌」
「お願いだから」
そこをなんとかと頼み込んだらドリンクバーを奢ってくれるならということで行ってくれることになった。
大丈夫、それぐらいだったら私にもできる。
お小遣いだってちゃんと貯めてあったからこういうことに使用するのはいいだろう。
「一緒に行ってくれてありがとう」
「だけどあんた、こういうことを繰り返しているとあの頑固者が余計に頑固になるよ?」
「……言ったけど駄目だったから」
空と行けるのも嬉しいからいまはこれでいい。
とりあえずは時間が経過してくれないとこの問題はどうにもならないから。
「それに空と行けるのも楽しいからいいよ」
「ふーん」
何組なのかは分からないけど最近はよく一緒にいるわけだし仲良くしたい。
利用する形になってしまうのが少し申し訳ないところではあるけども。
「ま、私もあんたのことは嫌いじゃないから別にいいけど」
「ありがとう」
どうせ頼んだのならといっぱい飲んでおくことにした。
憂とだってこういうところにはめったに来ないから新鮮なんだ。
単純だと言われてもいいから精一杯楽しみたい。
「うわ……」
「え?」
外を指差したから見てみたら腕を組んだ憂が立っていた。
それなのに入ってくるわけでもなく見下ろしてくるだけ、……飲みづらい。
「私はここにいるから行ってきなよ」
「い、いいよ、どうせ聞いてくれないもん」
「巻き込まれたくないんだよ私が」
「だけどこの時点でもう意味のないことだから諦めて」
巻き込まれると分かっているのに付き合ってくれる彼女も優しいなあ。
大丈夫、入ってくるつもりはないみたいだからゆっくりすればいい。
ジュースなんてめったに飲めないから味わっておかないと損なんだ。
それで結局憂は店内に入ってきたうえに横に座ってきた。
スムーズにドリンクバーを注文して、だけど意外にも文句を言ってきては――ああ!?
「い、痛いよっ」
「ここは店内だぞ、他のお客に迷惑がかかるから静かにしろ」
あくまでも空の方を見ながら腕をつねりつねり。
普通に痛い、でも、確かに大きな声を出したら迷惑をかけることになってしまう。
憂や空にかけるのとは全く違うから我慢するしかなかった。
「そうやって妬むぐらいなら距離置くのやめたら?」
「ああ、きちんと管理しておかないと自由に、好き勝手にするからな」
「ふっ、あんたは葵が本当に好きね」
「好きだぞ、ただこういうところは本当によくないがな」
はぁ、やっと解放された。
解放されたのをいいことにジュースを飲む作業を再開した。
憂が来ようと関係ない、注いで注いで注いで飲んでいくだけだ。
結果、八杯も飲むことができた。
もう少しいけた気がするけど家事もしなければならないからこれぐらいでいい。
「じゃ、もう二度と喧嘩すんじゃないよ?」
「それは分からないな、葵が変なことをしたらまたこうなるかもしれない」
「次は知らないからね、じゃ」
「あっ、ありがとね!」
「んー、じゃ」
えっとこれで解決……したのかな?
憂は拗ねて離れることもなくこちらの手を握っているわけだけど……。
「葵の家に行く」
「うん、家事をするから待たせることになっちゃうけど」
「構わない、ただ、葵が作ったご飯を食べさせてくれ」
「わ、分かった」
父もどんどん誘えばいいと言ってくれているから少し食材を多く使用しても怒られたりはしないだろう……と思いたい。
それに来てくれるということなら普通に嬉しいし。
「はい」
「ありがとう」
掃除は朝にしてあるから調理だけに専念することができる。
父はお仕事の時間を増やしたから帰宅時間が遅いのが気になるところかな。
これまでであれば自分のことを済ませばそれでよかったけどいまは駄目だから。
「できた」
「お疲れ」
「ありがとう」
机に運んだり父の分はラップをかけたり。
どうせなら温かい状態で食べてほしいからそれからすぐに食べた。
「美味しいな」
「そう? それならよかった」
一応自分にだけではあっても作っておいてよかったとしか言いようがない。
「だが、その量は少なすぎるだろう」
「さっきいっぱいジュースを飲んだから」
「ジュースなどは減らしてそういうのをしっかり食べろ」
「もっともだよ……」
こびりついたら面倒くさいからささっと洗い物も済ませてしまう。
でも、ここからが問題だった。
「あれ? なんで私は両腕を掴まれてるの?」
「こうでもしていないと勝手にどこかに行くからな」
「行かないよ、ここは私の家なんだから」
できることと言えば食事と入浴と睡眠だけ。
そこに憂や父がいれば少しだけ変わってくるけど根本的なところは変わらない。
「いいだろう? このままで」
「お風呂とかは?」
「私が洗ってやる」
えっと困惑している内に洗面所に連れて行かれて生まれたときの姿にされて。
彼女も一切気にせずに脱ぎ捨てて再度こちらの手を掴んで浴室に突撃した。
「いまさら恥ずかしいことはないだろう?」
「……恥ずかしいよ」
「構わないだろう、私のことが好きなのなら」
だけどこれは健全ではないっ。
そういうことを望んでいるわけではないからなるべくこういうことは……。
「ひゃっ、く、くすぐったいよっ」
「黙ってされていろ、まだまだ暑いからきちんとしておかないと臭ってくるからな」
よかった点はそれもすぐに終わったことだろうか。
ふたりでゆっくり湯船につかってお喋りしていた。
「涼しいね」
「この時間はな」
お風呂から出たら玄関前でゆっくりとする。
そういえば結局あの歩く行為をあれからしていなかったからまた今度歩いてみようとなんとなく決めた。
「……すまなかったな」
「いいよ、こうして一緒にいられているわけなんだし」
「だが嫌だったのだ、これまでで一番な」
それでも私はこれまでも誰かと話すということはあった。
完全に彼女とだけいたというわけではないのにどうしてだろうか。
「さて、それでも今日はこれぐらいだな」
「送るよ」
「馬鹿、家でじっとしていろ」
彼女は最後にこちらの頭を撫でてから「それではな」と言って歩いていった。
このまま外にいても仕方がないから背が見えなくなってから家に中に戻って。
たまにはなにかしたかったんだけどなと玄関で口に出して呟いたのだった。
「葵ー」
「あれ、今日はどうしたの?」
珍しく空が甘えてきていた。
甘えられることなんてめったにないから心が喜んでしまっている。
「私はあんたのために動いてあげたよね?」
「うん」
「じゃああんたも私のために動いて」
え、それだけ言われてもどうしようもないんだけど……。
あ、試されているということなのかな?
「肩、肩を揉むよ」
「うん、お願い」
んー……あんまり硬くないな。
失礼な想像だけどいつも休んでいる感じがするからあんまり疲れな――いやこれは本当に失礼な想像だった……。
「あいつとは仲良くできてんの?」
「うん、空のおかげで」
「そ、じゃあもう二度とあんな感じにしないように」
「うん、気をつけるよ」
少し経過したところで「もういいよ」と言われて任務が終わってしまった。
そこからはいつものように鉄柵に身を任せて空を見上げているだけで。
「私、好きな人がいるんだよ」
「そうなんだ?」
「うん、まあ、行く勇気なんかなくていつもここにいるんだけど」
好きな人がいる――って、それじゃあ時間を無駄に使わせちゃ駄目だ。
そうなってくるとこうして過ごしているのも問題となってしまう。
「あっ、じゃあ手伝おう――痛いっ」
「仲直りすら自分ひとりでできないのにそんなの無理でしょ」
「少しぐらいは役に立てるよっ」
「いーから、別に手伝ってほしくて言ったわけじゃない」
行く勇気が出なくてもどかしい時間を過ごしているということだ。
そうなら友達としてなにかをしてあげたいと考えるのは普通だと思うけど。
確かになにかができるというわけじゃないけどさあ……。
「で? あんたはどうなの?」
「好きだよ」
「ふっ、友達としては~とか言わないんだ」
「うん、やっぱりね」
色々なところを見られてもいいと思うのは憂にだけだ。
父にだって見せられないようなところも憂になら構わない。
情けないところも多いからできる限りそういうところは見せたくないけどね。
どうせなら頼りがいのあるような人間になりたい。
頼ってもらえるようにするにはどうすればいいんだろうか?
「私の好きな相手も女子なんだよ」
「頑張らないといけないね」
「そだね」
実は憂でした~なんてこともありそうだ。
もしそうでも諦められたりはしないけど。
もう嫌なんだ、あのときの気持ちをまた味わうのは。
「またそいつといたのか」
「無駄に敵対視するのはやめてよ、葵のことはそういうつもりで見ていないから」
「それなら誰が好きなのだ?」
「盗み聞きなんてよくないよ? まあ、好きな相手は同じクラスの女子かな」
「そうなのか、貴様は誰にも興味を抱かないと思ったがな」
あんまり知らないけど私も同意見だ。
同性にも異性にも物事にも興味を抱けずにずっとぼうっとしていそう。
「葵、こいつが好きというわけじゃないから安心してよ」
「う、うん」
「じゃ、また明日とかに」
「うん、また会おうね」
よかった、友達と争うようなことにならなくて。
憂はいちいち可愛げがなく「あいつの相手なんて嫌だからな」と。
「それより葵、やはり貴様は空といる方が好きみたいだな」
「違うよ、憂が突っ伏していたから出てきたんだよ」
「実は暑くて寝られなくてな」
「そうなのっ? じゃあいまも寝ようよ」
「葵の足を借りたら寝られるかもな」
それでもいいからと空き教室に移動して彼女に寝てもらうことにした。
授業中に寝てしまったら来ている意味がなくなってしまう。
「あっという間に寝ちゃった」
起きている間は絶対にできないから頬をつんつんと突いてみた。
……柔らかくて何度もしたくなったけど我慢。
寝てもらうためにしているんだから起こすようなことをしたら駄目だ。
「好きだよ」
綺麗な髪とか、意外と柔らかい表情を浮かべることができるところとか、面倒くさいところを見せても愛想を尽かさずにいてくれているところとか、結構スキンシップをしてくれるところとか、あまり身長が高くないところとか、細いのに出ているところは出ているしヘコむべきところはヘコんでいるところとか。
もちろん人だから悪い点もあるけどいいところばかりが目立つんだ。
……いまならということで言わせてもらったうえにキスもさせてもらった。
あ、もちろんおでこにだから私も乙女みたいなところを見せたことになるけどね。
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