03話.[離れないからね]
終業式。
今日が周りの子と違って最後になる日だ。
まだ一年生だから大した思い入れというやつもないけど仕方がない。
寧ろ夏休みまで待ってくれてよかったぐらいだろうか。
とりあえずこちらは問題なく解散となった。
大してクラスの子と一緒にいない私はあっという間にひとりになる。
「葵」
「今日までありがとう」
所詮はこんなものだということだろう。
こういう形で離れることになっていなくてもいずれは終わっていた。
だったらまだこれでよかったんじゃないだろうか。
「自分で金を稼ぐことができない以上これは仕方がないことだからな」
「うん、分かってるよ」
両親はどちらも無理だから父の両親の家に住むことになった。
もちろんここからはかなり離れているからもう憂と会うことはないだろう。
「まあ、楽しかったぞ」
「うん、それじゃあお父さんが待っているから」
浮気をしていたとかそういうことではないらしい。
私が全く仲良くしようとしないのと、単純に両親の仲がよくなかったからだそうだ。
施設じゃないだけマシなのかな?
一応、父の両親の家には何度も行ったことがあるから。
まあ、それはたまに来るからまだ許せるのであって住むとなったら違うのかもしれないけど。
そうなったらなるべく遅くまで外で時間をつぶせばいいだろう。
「おかえり」
「ただいま」
父にこれを言うのも最後だということか。
別に一緒に住むわけじゃないからね、お金は払うみたいだけど。
こうなってくると私の存在が迷惑だったんだなってよく分かる。
でも、許してほしい、好き好んで死にたい人間なんていない。
甘えることしかできないのもそれは仕方がないことだ。
ちなみに父はこの家に引き続き住んで、母は実家に戻るらしい。
私と違って上手くやるだろうから不安もないよね。
「悪いな」
複雑な気持ちだろうな。
引き取らないのに送らなきゃいけないなんて。
しかも長時間一緒にいなければならないんだから。
救いなのは荷物が全くないことだ。
趣味とかがなかったから片付けはすぐに済んだし、運ぶのも楽だ。
持つかと言ってくれたけど断った。
「ここまででいいよ、行き方は分かるから」
「そういうわけにもいかないんだよ、色々と話さなければならないこともあるから」
「でも、いたくないでしょ? 離婚理由は私でもあるんだから」
久しぶりに長く会話をしている気がする。
この時点でおかしいよね、血の繋がっていない子だってもっと上手くやるよ。
だけど私は血が繋がった仲なのにそうしてこなかった。
両親から避けるように部屋に引きこもって毎日を過ごしていた。
理由は全て私にある。
「母さん達には迷惑をかけるからな」
そう、つまりそれは私が迷惑な存在だということだ。
じゃあその迷惑な存在は少しでもって考えて行動するべきだろう。
「今日までお世話になりました、ありがとうございました」
って、父の両親の家に行くって時点で切れているようで切れないけど。
それでも私的にも息苦しかったからひとりで新幹線に乗った。
このお金だって貰っているわけだからいまいち格好がつかないけど。
「ふぅ」
少量の荷物を詰め込んだバッグを置いたら楽になった。
隣は幸いいなかったから気を使わずに済んだ。
腫れ物に触るような感じで接してくるのか、全く気にせずに厳しくくるのか。
厳しい方がまだいいか、気を使われたら嫌だから。
そして勘違いだったのは新幹線だとあっという間に着いてしまって長時間ではなかったこと。
「葵ちゃん」
「あ、こんにちは」
父――元父から連絡がきていたんだろう、父のお母さんが駅のところにいた。
そこからは車で移動となり、車内の中で色々な会話をした。
私に言えることは迷惑をかけることになってすみませんということだけだ。
また捨てられてもいいようにある程度の距離感でいなければならない。
「部屋か」
なんか物を置いていた部屋を離婚が決まってから綺麗にしてくれていたみたいだ。
父の両親の家だから子どもとかがいるわけではなくてまだいい。
色々と知りたいから早速外に出た。
適当に歩いて、向こうより暑さが酷い感じがする中道を歩いて。
田舎だ、今度こそ人間関係で悩むことになるかもしれない。
田舎=排他的って偏見があるのが悪いんだけど。
救いなのはその県特有の話し方が分かりづらいというわけではないこと。
電波も怪しいから携帯を持っていく行く必要もないのかもしれないと分かった。
「暑いな」
怖い話だ。
確かに好きな者同士で結婚して性行為だってしたというのに終わりは一瞬なんて。
寧ろこれまでよく文句を言わずにいてくれたと思う。
こちらが逃げている間にも向こうも色々なことに耐えていたんだろう。
それは憂も同じこと。
じゃあ父の両親には悪いけどこれでよかったんじゃないだろうか。
暑さからなのか馬鹿だからなのか同じような問答ばかり繰り返している。
謙虚に生きろって神様が言ってきていんだ。
ここで捨てられたらもう居場所がなくなるから気をつけようと決めた。
八月。
やることがなさすぎて散歩ばかりしている。
あまり汗をかかない人間だからその点はいい、いいけどなんとも言えない気持ちになる。
これまでであれば憂と何度も会って
仮にそれがなくても近くにコンビニとかがあってなにかを選ぶなどして楽しめていた。
だけどここはコンビニが結構遠いし、他者の家も遠いし、仮に家があったところで誰も知らないからどうしようもないしで早くもどうすればいいのかが分からなかった。
そもそも学校のことはどうなっているのかという不安。
どこで、どんな人達がいるのか分からないという恐怖。
これまで通りぼうっとしているだけでなにかを言われるかもしれない。
……だけど施設よりよかった。
知らない違う人達と過ごすことになるよりはよっぽどいい。
施設事情なんてテレビで見たぐらいでしかないからいまはどうかは分からないけど。
捻くれてしまっていることは別に認める。
自分のことは自分が一番分かっているから他者からの言葉なんてどうでもいい。
……と決めていても結局は負けてしまうんだろうな。
だってあれだけ憂に依存していた人間がいきなりひとりになってやっていけるわけがない。
そうでなくても慣れない土地でまだまだ学生を続けていかなければならないのだから。
私は引き続きある程度のところまで歩いて家に戻った。
「葵ちゃん、ちゃんと水分を摂らないと」
「はい、すみません」
飲み物を貰って飲み干して。
再度謝罪と感謝の言葉を口にしてから部屋にこもった。
フローリングじゃなくて畳なところが新鮮でいい。
ベッドにではなく床に直接寝転んで天井を見ていた。
携帯を確認するという無意味な行為をして、なにもなくてベッドの上に置いた。
抜けたのは私だ。
だってもう二度と会わないから無駄だと思ったんだ。
だけど……こちらに来てから一度も送られてきていないって悲しいよね。
「駄目だ……」
上手くいくイメージが湧かない。
こっちでは上手くやれずに不登校になるかもしれない。
転校及び引っ越し、いきなりこれで上手くやれるわけがない。
「葵ちゃん、ちょっといい?」
「すみません、いまは眠たいので」
こういう始まりはもう嫌な予感しかしなかった。
父から色々と聞いていただろうけどいざ実際に一緒に暮らしてみなければ分からないことで。
そして早くも一週間が経過したいま、文句も言いたくなったということだろうか。
「実は私の息子、あなたのお父さんが来たの」
もう私の父なんかじゃない。
だって地元に残るのに私には自分の母のところで過ごせって話にしたんだから。
いまさら話すことなんてない、仲良くもなかったから寂しくもない。
だからいらないと正直に言っておいた。
「葵」
いらないって言っても聞いてくれるわけがないか。
これが親というものなんだ。
そりゃもちろん考えて行動してくれるときもあるけどそれ以外は違う。
あくまで自分の意見をぶつけるために話しかけてきているだけだ。
「葵、あっちに戻りたいか?」
「戻れなくていいよ」
どちらにいても結局は変わらないんだ。
というか戻ったところであの高校にはもう居場所がないんだし意味がない。
憂以外では特に思い入れのない土地だ。
「やっと邪魔な人間から離れることができたんだから自由にしてよ」
なんて、一応考えてくれたおかげでなんとかなっている人間が偉そうに言っていた。
いやでもこれは捨てられたのと同じだ。
それなのにこれまで通り接する、そんなことができるわけがない。
そりゃあっちで暮らしていいんだったらこんな惨めな気持ちも味わわなくて済んだんだ。
「実はまだ転校手続きをしていないんだ」
え? あ、だから別に先生達もなにも言ってこなかったのかと納得できた。
憂には七月二十四日を最後に向こう、つまりここに行くって言ってあったからあんな感じだったけど……。
……いやいや、もし戻るようなことになったら顔を合わせられないよ。
「あまりにも唐突すぎたからな、一ヶ月ぐらいゆっくり違うところで休んでほしかったんだ」
なんか段々とむかついてきて意地でも顔を見せないぞと決めて部屋にこもっていた。
残念ながら鍵なんてかけられないから入ろうと思えば入れてしまうそんな場所だけど。
「それに俺が引き取ったからな」
「……お母さんに無理やり押し付けてるじゃん」
「違うよ、いまも言ったようにちょっと休んでほしかったんだ。それに葵は憂ちゃんといるのが好きだろ? だから悩んで悩んで地元に残る方がいいと思ったんだ」
「憂なんてどうでもいいよ、もう会うこともないんだから」
「残念ながらそれはないぞ、だってあの高校に在籍中なんだから」
あの話を聞かされてから私はとことん両親を避けてきた。
なにかを言ってこようとしたらすぐに部屋に、外に逃げていたから無理もないのかも。
その中で「母さんの家に行ってほしい」とだけは言われていたから早とちりしてしまったのかとなんか恥ずかしくなってきてしまった。
まったくもう、もっと分かりやすくしてもらいたいものだっ。
「葵、入ってもいいか?」
「……私の家じゃないんだから勝手にすればいいよ」
部屋には入れても顔は見ないって決めていた私だったんだけど、
「拗ねているようだな」
「えっ!?」
父でも父の母でもない若い女の子の声が聞こえてきて見てしまった。
……聞き間違えるはずもない、それは紛れもなく東憂のものだった。
「家でゆっくりしていたらいきなり誘われて驚いたぞ」
「え、あ、え?」
「おかしいと思っていたのだ、転校する、学校を離れるということなら教師がなにかしらのことを言うだろうからな。だが、それがなかったわけだからな」
彼女は横に座って「この部屋は涼しいな」なんて呑気に言っている。
父に至っては笑いをこらえているようにも見えるぐらいだった。
「残念ながら貴様と離れることはできないそうだ」
「え……」
「なんだ? 『え』しか言えない生き物になってしまったのか?」
いやだからって普通行かないだろう。
交流がなかったわけではないけど別に仲良くはないんだしさと困惑。
「……私が悪いんじゃなくてお父さん達が悪いんだよ」
「まあ今回の件に関してはそうだな」
「うっ、そう言われると耳が痛いな、事実俺達のせいで振り回してしまったわけだからな。憂ちゃんが好きなのにどうでもいいなんて言わせることになってしまったことは反省している」
「憂なんか好きじゃないよっ、どうでもいいよこんな子っ」
連絡すらしてくれない子なんだから。
寧ろ私と離れられてやったーとすら思っていたはずなんだ。
「だから消したのか?」
「……それはもう二度と会えないと思ったからだよ」
「嫌いだからじゃないのか」
「あ、当たり前でしょっ」
あ……やっぱり駄目だ。
なんだよ、それじゃあ勝手に悲観して避けていたのがアホらしいじゃん。
終業式の日に言ってくれればよかったのに、遠ざけたのも私だけどさ。
「憂、ちょっと歩こ」
「構わないぞ」
それで外を歩いていたんだけど段々と恥ずかしくなってきてすぐに足が止まってしまった。
「顔が凄く赤いぞ、大丈夫なのか?」
「……だって恥ずかしいから」
「そこに座ろう、私とだけなら大丈夫だろう?」
日陰で落ち着く。
冷静になると憂とここにいることが不思議に思えた。
「そういえばお金って……」
「出してくれた、出すと言ったが聞いてくれなかったのでな」
「出す必要ないでしょ、憂は無理やり誘われたんだから」
「いや、私も気になっていたから――」
「嘘つき、それだけは絶対にないよ」
もしそうなら仮に私が消していたとしても送ったはずだ。
だけど電話すらなかった、それなのにそんなことを言われても信じられはしない。
「……やっと憂から離れられて自由にしてあげられたと思ったのに」
「余計なお世話だ」
「憂のためを思って言っているんだよっ!?」
「だからそれは余計なお世話だと言っている、もし貴様といるのが嫌なら私はとっくの昔に離れているぞ」
私の言葉には価値がないから届かないのだろうか。
言い合いをするのが馬鹿らしいからどうせならここのゆったりとした感じを憂にも知ってもらうことにした。
一年に一度遊びに来るぐらいなら本当にいい場所だから。
「坂が多いな」
「うん」
「でも、落ち着く場所だ、老後はこういう場所で住むのも悪くはないかもしれないな」
少しだけ高い場所になっているから意外と見ているのも楽しい。
まあ田んぼとかそういうのがあるだけなんだけど。
「葵、心配だから手を握っておくぞ」
「もう大丈夫だよ?」
「それなら私が握りたかったということで片付けてくれ」
そうか、そういうことならそういう風に片付けておこう。
彼女は少しだけいつもより楽しそうだった。
やっぱり見知らぬ土地だからだろうか?
私だって父の両親の家がここになければ来ていないわけだから多分そうだ。
というか、そうでもなければ握りたいなんて言うわけがないから。
「渡り廊下ですれ違った女と話したんだ」
「そうなの?」
「ああ、そうしたら葵のことを教えてくれたよ」
って、その後に彼女といたんだから分かっていると思うけど。
その際だって隠したりはしなかった。
そもそも隠したところで仕方がないから。
「葵、十日頃までは私もここにいさせてもらうから安心してくれ」
「えっ、そんなにいてくれるのっ?」
「ああ、葵の父もそれぐらいまでいるみたいだからな」
なんか一気に自分の中の気持ちが変わってしまった。
嬉しすぎて歩いている状態の彼女をそのまま抱きしめたら怒られてしまったけど。
「……危ないだろう」
「だって嬉しいから」
「忙しい人間だな、暗くなったり明るくなったり」
強くないからそれは仕方がないと片付けてもらうしかない。
でも、一喜一憂するあたりが人間らしくていいのではないだろうか。
ぼうっとしているだけ、なにかが起きてもなんにも変わらない人間よりもいい。
「憂が好きっ」
「まあ待て、暑いのに熱烈な告白をされても困るぞ」
「いいよ、言いたかっただけだから」
だけどある程度のところで折り返して家に戻った。
まだいてくれるんだから焦る必要はない。
あと、大体一日で終わってしまうから細かく案内するぐらいでいいと思う。
いい点は夜でも彼女といられることだ。
夜に少し歩けば向こうより静かな場所で一緒にいられる。
「はぁ、家だとなんか涼しいな」
「確かにそうだな」
ここだけは不思議だった。
外は本当に暑いのに家の中は何故か涼しい。
「憂、私はもう二度と憂から離れないからね」
「嫌だ嫌だ、依存されることは決まってしまっているみたいだな」
「そうだよ、だから後悔してももう遅いからね」
何度もチャンスがあったのにそれを無駄にしてきたのは彼女だ。
今回も自分を責めてもらうしかなかった。
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