02話.[なにしてんの?]
あんなことを考えた私だけど多分私には憂が必要だった。
あの学校の中では唯一の友達だし昔からいられているしで、うん、そんな感じで。
だけどその憂は他の女の子とばかりいるのが現実だ。
……そのことが私は嫌だった。
「憂、付き合って」
返事よりも早く手を握って廊下に連れ出した。
憂離れできていないのは彼女に原因があると思うんだ。
それだというのに本人は別の女の子と~なんて許せるわけがない。
「いきなりどうした」
「他の子と仲良くしないでよ」
「そんなの私の自由だろう?」
普通ならそうだ。
だけどことこの件に関してはそうとはならない。
「私に興味がないなら離れてから自由にしてよ」
「いちいち面倒くさい人間だな、じゃあ貴様は他の誰とも話さないのか?」
「係のお仕事とか以外では話してないでしょ」
挨拶だってできるような仲の人はいない。
私にとっては憂が唯一の存在なのだ。
「悪いことをしているつもりはないから私は自由にやらせてもらうぞ」
彼女はひとりで歩いていってしまった。
……こういう気持ちを味わわないためにああしたのになんでこうなるのか。
結局のところ私が甘いから駄目なのか。
無視もし続けることができない。
どうしてこんなに情けない人間になってしまったんだろう。
予鈴が鳴ったから教室へ。
窓際なことを幸せだと考えておこう。
黙って集中しておけば先生に怒られることもない。
授業が終わったら教室からすぐに出れば憂が来ることもない。
いいか、これを繰り返しているだけで時間をつぶすことができる。
留まるとあれだから歩き続けていた。
元々お昼ご飯を食べる人間ではないからこそできることだと思う。
「ふぅ」
……私は自分が嫌いかもしれない。
でも、嫌ったところで付き合っていくしかないというのが現実で。
みんなそれぞれ大変なことと向き合っているときにぼけっとしていたソレがいまになって一気にやってきたのかもしれなかった。
「なにやってんの?」
「えっ?」
び、びっくりしたあ、まさか既に人がいたなんて。
ただ、喜怒哀楽はしっかりしているからちゃんと人間ではいられている気がする。
「あんただよあんた、こんなところでなにしてんの?」
「な、なにしてんのって……」
そんなのちょっと休憩を始めただけだけど。
だって歩いているだけでもなんか疲れるんだ。
これは逃避しているのと同じだからだと思う。
もしかしたら足を止めたら憂が来てしまうからというそんな恐れもあるのかもしれない。
「もしかして死にたいの?」
「へっ!? な、なんで急にそんなことになるの?」
「違うの? って、違うか」
ここはただの渡り廊下だ。
だからこそいきなり声をかけられて驚いた形になる。
確かにいなかったはずなんだ。
なにかがあるわけではないからしっかり見えるわけだしね。
それだというのに彼女は私の目の前にいる。
「いや、だってあんた死にそうな顔をしていたから」
「……現実には満足できないけどそこまで追い込まれてないよ」
「追い込まれていたら死ぬの?」
いや、絶対にそんなことはない。
そんなことは絶対に起きないから意味のない話だ。
例え追い込まれていたのだとしても自分で自分を殺す勇気なんてないからね。
自死を選ぶぐらいなら引きこもることを選ぶつもりでいる。
「嘘だよ、別にあんたが生きようが死のうがどうでもいいからね」
「はあ」
それに私的には彼女のことなんてどうでもよかった。
だって友達と一緒に向こうから憂が歩いてきたからだ。
「珍しいな」
これでは意味がなくなってしまうから歩きだ――そうとしてできなかった。
彼女は友達に挨拶をして別行動を始めてしまったから。
なにかを察してかそれともどうでもよくなったのか先程の子も歩いていった。
「いまのは誰だ?」
「……分からない」
先程のあれで少し怖くなってしまったから鉄柵に身を預けることはできなかった。
「それより友達とはいいの?」
「ああ、別に急ぎというわけではないからな」
彼女は逆に鉄柵に背を預けてこちらを見てくる。
それにしてもどうしてこうも遭遇するのだろうか?
彼女には特殊な力があって私の場所ぐらいは簡単に分かるとか?
それともGPSが――そんなわけがないか。
「死のうとしていたのか?」
「してないよ、そんなことする必要がないし」
そこまで絶望していないし、絶望していても死のうとなんてしない。
まあ自分に甘いからだけどそんなことしても迷惑をかけるだけだ。
だったら静かに謙虚に生きておけばいい。
引きこもっていてもまあ、……どうなるんだろうね。
「葵、少し付き合え」
「うん」
構ってちゃんみたいになってはならない。
……今日の時点でしてしまっているけどこれから気をつければいい。
「ほら」
「え」
「飲め」
「あ、ありがとう」
牛乳か、小中学生のときは毎日飲んでいたな。
白米のときにも出て文句を言っている子も多かった。
私は別に構わなかったから余ったものを貰ったりもしていたっけ。
「私は葵といるのは嫌いじゃないぞ」
「なんで急に?」
こんな変なタイミングで言う必要あるかという話。
あ、だけどそういうつもりでいるわけじゃないと言いたいわけか。
大体のことは分かってしまうのがいいのか悪いのかというところだった。
「だから勘違いしてくれるな、私は別に葵を避けているわけではない」
「私は……他の子と仲良くしているところを見たくなかっただけだよ、別に避けているなんて言うつもりはないよ」
来るならずっと来てほしい、離れるならもう来ないでほしい。
いつだって私を優先してほしいのだ。
そうしたら私だって彼女を一番に優先するから。
ただ、私と違って友達がたくさんいる彼女には無理なのだろう。
「他の子と仲良くしてほしくないってなんでだ?」
「……わ、私を優先してほしいから」
「ほう、優先してほしいなんて言えるのだな、離れればいいとあれだけ言っていた人間が」
極端な思考しかできない自分に嫌気が差す。
でも、結局はこれが自分なんだから上手く付き合っていくしかない。
もちろん、迷惑だということならもう言わないで静かにしているよ。
窓際だし、外に意識を向けていればひとりだけ静かな世界に行けるから。
仮に席替えがあってもそこはそこで上手くやると思う。
これも同じだ、合わせて過ごしやすくしていくしかないんだ。
「私が憂の隣にいたいんだよ」
「そう言ってくれるのはありがたいが葵を完全に優先するなど無理だ、葵だけならそれこそ私が積極的に一緒にいようと行動するだろうがな」
「そっか」
じゃあもう仕方がないな。
話は終わったから戻ることにした。
構ってちゃんにならないように極端な態度は取らないと決めている。
来てくれるのなら相手をする、それでいいだろう。
あとは無駄に期待せずに自分にできること、やらなければならないことをそこそこ真面目にやっておけばいいのだ。
言ってしまえば学校には学びに来ているんだからさ。
「極端な思考になるなよ」
「大丈夫だよ」
一応前に進めているんだよ。
これまでずっと留まっていたけどいまは違うんだ。
よくも悪くもだからいいのかどうかは分からないけど。
「じゃあ」
「は? 私も同じ教室だろう?」
「ほら、席が離れているから」
これが本来の距離だった。
仲いいんじゃない、彼女が優しいからなんとかなっている関係で。
その前提が崩れたら今度こそ本当の意味でひとりぼっちになる。
でも、それならそれでいいだろう。
寧ろこれまでがおかしかったんだから。
「葵、ちょっといいか?」
「うん」
部屋でゆっくりしていたら珍しく父がやって来た。
どうやら外で食べたいみたいで行かないかと誘ってくれた。
ただ、私は帰ったらすぐに作って食べるを徹底してあるから断った。
父は別に文句を言わなかったし、私の分が浮くんだからまあいいだろうと片付けて。
「ふぅ」
たかだか父と話すというだけでも疲れる。
問題は間違いなく自分にあるから責めるつもりはない。
家族だからということで誘いに来てくれたんだろうから感謝こそすれというやつだ。
両親が家から出ていったわけだから暇な私も外に出てみた。
季節的になんとも言えない感じが私を迎える。
「月が綺麗だ」
大きくて丸くて自分の存在を主張している。
足を止めて空を見上げているだけでもいい時間を過ごすことができる気がするぐらい。
「そうね」
「ひゃっ!?」
「こんばんは、また会ったね」
……誰だっていきなり同意されたらこんな反応になる。
「こんな時間に出歩いていたら危ないよ」
「それはあんたも同じでしょ」
「私は別にどうにもならないし……」
こんな人間を襲うような稀有な人がいるわけがない。
あとは治安のよさというのを信じているからびくびくする必要はない。
「それで?」
「私は歩いていただけだよ、暇だからなのと夜が好きだから」
「へえ、私は午前中とかの方が好きだけどね」
「それは自由だから、別に悪いなんて言ってないし」
別にが口癖になっている気がする。
まあ別にいいか、誰かの悪口を言っているわけではないから。
一緒にいるつもりなんてないから挨拶をして歩き出した。
なんかいいな、これからは毎日こうすることにしよう。
部屋に引きこもっているよりも遥かに健全な感じがする。
なんかしんみりとした気持ちにさせてくれるんだ。
珍しくマイナス思考に偏らなくて済んでいるというか。
「なにをやっているのだ」
「憂こそ玄関前でどうしたの?」
「涼みたかったのだ、あまり意味はなかったがな」
彼女は立ち上がるとこっちに手を伸ばしてきた。
なんとなくこちらも伸ばしたら掴まれて困惑。
「丁度いい、上がっていけ」
「歩こうと思ったんだけど」
「馬鹿か、一応女なのだから考えて行動しろ」
時間をつぶせるならそれでいいと片付けて中へ。
リビングにではなく客間で待つことになった。
「ほら」
「ありがとう」
どうやら今日も妹さんに会わせるつもりで誘ったわけではないらしい。
彼女は床に座って飲み物をちびちび飲んでいるだけだった。
「で? いつもこの時間はベランダから外を見ているはずだろう?」
「両親が外食に行っているから私も歩こうかなと思って」
家でじっとしているよりは運動になっていいだろう。
高校生になってから運動をあまりしていないからこういうときに動いておかなければならないんだ。
誰かに指示されたからではなく自分の意思でそうすることが重要ではないだろうか。
「まあ確かにそこまで遅くはないが危ないだろう」
「危なくないよ、だってここら辺りは治安がいいんだし」
ニュースなんかで聞く事件はどれも他県のことばかり。
そうでなくても日本というのは平和な国なんだ。
もちろん事件というのは起こるけど必要以上に構える必要はない。
――って、何度も同じことを考えすぎかな。
「私を襲うような人はいないよ」
「はぁ……」
ため息をつかれても困ってしまう。
そんなこといったら玄関前で過ごすことだって危ないじゃないか。
説得力というのが欠片もない。
あ、絶対に他の人は気をつけた方がいいと思うけどね。
「憂こそベランダでよかったでしょ?」
「そうだな、だが……玄関前の方が座れるからいいだろう?」
「あ、そっか、ベランダだと立っていないと駄目だしね」
空を見たいだけならそれでも問題はないけどどこか遠くを見たいなら駄目だ。
遠くを見ようとしても高いわけじゃないから特に新鮮さも味わえないんだけどね。
「ん? さっきまで誰かといたのか?」
「うん、今日のお昼の子と会ったんだ」
「約束でもしていたのか?」
「ううん、たまたまだよ」
話したいわけじゃなかったからすぐに別れてきた。
憂だけでいいんだ。
他を求めようとすると多分駄目になるから。
彼女ぐらいの寛容さがある人じゃないと離れられてしまうだけだからこれでいい。
「私は憂には迷惑をかけてもいいと思ってるよ」
「はは、最低だな」
「だって憂はずっと一緒にいてくれたから」
「離れる理由がないからな」
憂が離れたがっていても私は絶対に離さない、離れない。
やっぱり駄目なんだ、憂がいない毎日なんて耐えられないんだ。
だから我慢してもらうしかない。
責めるのなら変に優しくした自分を責めてもらうしかない。
「私は憂が好きだから離れたくないんだよ」
「離れてって言っていた人間は貴様ではなかったか?」
「変わったんだよ、後悔してももう遅いからね」
友達と話していようが空気を読まずに突撃――はしないけど空いた時間だけでもいいから必ず来てほしかった。
放課後は友達と遊びに行ってもいいからその後にメッセージだけでも送ってきてほしかった。
一番に優先してほしいけどそんなのは無理だから一応妥協するからさ。
「そろそろ迷惑だろうから帰るよ、両親も帰ってくる頃だろうし」
遭遇したら気まずいからさっさと部屋に引きこもりたい。
ある程度の気分転換にはなったから明日も歩こうと再度決めた。
「葵」
「……これはどういう意味でなの?」
「葵に触れていると落ち着くからな、でも、今日はここで解散ということにしよう」
わざわざ外まで付いてきてくれたからお礼を言ってひとり帰路に就いた。
私は間違いなく彼女に依存してしまっている。
ということはつまり彼女を縛ってしまっているわけだ。
……彼女のことを考えればなにも言わず離れることが一番だけどそんな勇気がない。
間違いなく駄目なことをしているということは分かっているんだけど……。
「ただいま」
幸い、両親はまだ帰宅していなかったから歯を磨いてから部屋に向かった。
なんとなく電気を点ける気にならなくて真っ暗な部屋の中ベッドに寝転んで。
それでもなんとも言えない気持ちに再度なってしまったからベランダに出た。
今日の空はとても綺麗だ。
大きくて丸い月だけじゃない、きらきらと星が輝いている。
学校に行っているときと違ってとにかく静かで落ち着く時間だった。
あんな星のように綺麗であれたなら。
そうしたら他者にとって、憂にとっていい存在であれたかもしれない。
いるだけで力というのを与えられたかもしれないけど……そうじゃない。
私は月や星の周りの黒い部分でしかない。
いるだけで相手を不安にさせるような存在だろう。
ただ、それでも離れようとはできないのが分かりやすく存在している弱さだった。
「お姉ちゃんっ」
「まだ起きていたのか」
やって来た可愛い妹の頭を撫でておく。
これぐらい葵も明るければいいのだが……まあそれは言っても仕方がないことだ。
だって私は葵ではないから変えることすら不可能で。
「ちょっと待ってくれ、電話だ」
相手はその葵だった。
で、その内容というのが問題だった。
終わった後は葵の方が落ち着いていたぐらいだ。
「どうしたの?」
「いや、ただ世間話をしていただけだ、寝よう」
「うんっ」
いやでもまさかこんなことになるとは。
元々家族仲がよくなかったことは知っているが……。
「ほら、きちんとかけておかないと風邪を引くぞ」
「いっしょに寝てくれる?」
「ああ、一緒に寝るから」
それにしても両方が引き取りたくないとはね。
そうなると必然的にどこかへ行くことになる。
施設とか父母どちらかの親のところとか。
この土地に居続けられるようなことにはならないだろう。
「……お姉ちゃん?」
「いるぞ、安心して寝てくれ」
「うん……おやすみなさい」
「おやすみ」
……ショックだったのは驚いても悲しくはなかったことだ。
結局は葵の言うようになにもなかったのかもしれない。
優先順位が違かったのかもしれない。
切ると自分が悪いことをしたみたいだからしていなかっただけなのかもしれない。
私達の間にはなにがあったのだろうか。
まあでもこれが現実で子どもはどうすることもできないと分かった。
葵には悪いが諦めてもらうしかない。
それに本人だって一時期は私に離れてもらうことを希望していたわけだからな。
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