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Rinora

01話.[すぐに分かるぞ]

 至って普通の人生だった。

 別にそれが嫌だというわけじゃない。

 苦労せずにご飯を食べられたりできるのは幸せだろう。

 だけどもう少しなにか、そう、なにかがあってほしいのだ。


「まだ残っていたのか」


 声が聞こえてきてそちらを向いてみたら友達の東憂あずまゆうが立っていた。

 特に用もないけど残っていたことを説明したら「帰ればいいだろう?」とまっとうなことを言われてしまい黙ることしかできず。


「憂、なにかもっと面白いことってないのかな?」

「ないな、少なくともそうしてぼけっとしているだけじゃ無理だ」

「そうだよね」


 だけど行動する気にもなれないんだ。

 どうせ動いたところでと諦めてしまっている自分がいる。

 何故かではなく私自身が成長していないから駄目なままだった。


「帰ろう、家で悩めばいいだろう?」

「そうだね、帰ろっか」


 外に出たらなんとも言えない空気が私達を迎えた。

 いやでも分かってる、このなにもない時間が幸せなんだって。

 なにかが起こってからじゃないと気づけないのが人間の――いや、私の悪いところだとも。


「うぅ……」

「情緒不安定なやつだな」

「……そう言わないでよ」


 彼女は優しくて、そして少し意地悪な子だった。

 長く一緒にいるからといって味方をしてくれることは少ない。

 まあ所詮は友達だ。

 面倒くさいことには巻き込まれたくないのが普通だ。

 だからこれでいいんだと思う。

 ただ、ちくりと言葉で刺されると凄く痛いからそれなら離れてほしいぐらいだった。


「前を見て帰れ、それではな」


 実は家族と仲良くできていないというのはあった。

 それでもご飯を作ってくれるし、お風呂とかトイレを利用させてくれるしで不安はない。


「ただいま」


 そもそも共働きだから会うことも少ない。

 私がそうしているというのはあるし、両親の方が衝突しないために避けてくれていることだってあるのかもしれない。

 違かったか、ご飯とかは帰ってすぐに作って食べるからほとんど問題もなくいられている――というのが現実だった。

 早めに済ませてしまえば引き込もれるから、というのもある。


「はぁ」


 最近は憂とも仲がいいのかどうか分からなくなっていた。

 というのも、彼女は他の女の子といつも一緒にいるからだ。

 男の子とは全く一緒にいないのが不思議なところかな。

 だって私と違ってよく告白されるから。

 もしかしたらそれを避けるために、勘違いさせないために行動しているのかもしれない。

 もしそうならとやかく言うべきじゃないよね。

 ……なにかを思っていても偉そうに◯◯した方がいいなんて他人に言うべきではないか。


「ふぅ」


 最近は二十一時頃になったらベランダから外を見るようにしていた。

 綺麗な景色というわけではないものの、なんか見ていると落ち着くのだ。

 交換しているのに誰からも連絡がこない携帯を無駄に持ちつつ前を見つめる。

 やっとのことで高校生になった結果がこれだ。

 多分、この先もいいことというのはあまりないと思う。

 それどころか悪いことばかりなのではないだろうか?


「あ、憂からだ」


 送られてきた内容は『いまなにをしている?』というもの。

 いつものあれだよと送ったら電話がかかってきて応答ボタンを押した。


「お、お姉ちゃん……」

「あっちで寝ていろ、後で行くから」

「……いますぐがいい」


 彼女には小学生の妹さんがいる。

 彼女のご両親も共働きだから姉であり母であるようなものだった。

 だからいつもはすぐに学校から去る。

 今日のあれは委員会のお仕事があったから仕方がなくでしかない。


「すまない、今日は嫌なことがあったみたいでな」

「ううん、それなら相手をしてあげてよ」

「いい、こっちはまだ寝られるような時間ではないからな」


 私と妹さんだったら間違いなくそちらを優先するべきだ。

 彼女にとっていい時間には絶対にならないから。

 分かっているんだ、なにもかも自分に原因があるということは。


「可愛いのは可愛いのだが相手をするのは大変だ」

「両親もそのように感じていたということだよね」

「そうだな、面倒くさい人間だったのかもしれないな」


 私は口数が少ない子だったと言われた。

 読書をするわけでもなく、誰かと楽しそうにいるわけでもなく、ただただぼけっとしていることが多かったそうだ。

 両親的にはもっと友達と楽しそうに過ごしてもらいたかったみたいだけどね。


「それで今回はどうしたの?」

「いや、ただ話したくなっただけだ」

「他の友達にすればよかったのに、私と話すよりも楽しく過ごせるよ」


 面白く感じないのは私自身が面白くないからだ。

 そりゃいくら頑張ろうとしても変わらないよねという話。

 まあ、頑張ろうとすらしていないから意味のない話なんだけど。


「貴様はそういうところがあるな」

「そうだよ、憂のためを考えて発言しているんだよ」


 寧ろよく友達でいてくれているものだ。

 こんなつまらない人間相手にちくりと刺すことはあっても致命傷となるようなことはしない。

 私を追い詰めるとやばいことをすると考えているからなのかな?

 もしそうだとしたら安心してほしい。

 私にそんなことをする勇気がないから。


「妹が呼んでいるからもう切る」

「うん、じゃあね」


 夜ふかししても自分が苦しいことになるだけだからすぐに寝ることにした。

 早く寝て早く起きた方が気持ちがいいからこれでよかった。




 窓際なのをいいことに窓の向こうを見ていた。

 教室内の賑やかさとは裏腹に向こうは静かだった。


あおい


 呼ばれても今日は向かなかった。

 この時間が私は好きなんだ。

 授業中ではその価値が変わってしまう。

 あとは単純に他の人を優先させるためにでもあった。


「内藤葵、まさかこの距離で聞こえないというわけでもないだろう?」


 仕方がなく憂の方を向いたらむぎゅっと両頬を掴まれた。

 それから「無視をするな」ともっともなことをぶつけてくる。


「貴様は昨日からおかしいな」

「所詮これが私だよ、嫌ならどこかに行けばいい」


 別に動きたくないというわけではないから教室を抜け出た。


「待て、どうして昨日からそんなにマイナス思考なのだ」

「自分がつまらない人間だからつまらない毎日だって分かっているからだよ」


 廊下の壁に背を預けて憂を見る。

 私と違ってなにもかもを上手くやってしまう彼女には決して分からないことだ。

 それでもいい、別に理解してもらおうとなんてしない。


「葵、中学のときはもう少し明るかったはずだろう?」

「ごめん、巻き込みたくないから離れて」


 なにを言われても変わらない。

 理解できないというのなら離れればいい。

 そうすれば私としても彼女としてもいいことしかないだろう。


「葵」

「私のことなんて放っておけばいいよ」


 予鈴が鳴ったから教室に戻る。

 ある程度の意識を前に、それ以外の意識を外に向けていた。

 別に席の場所が変わったって気にならない。

 自分中心で世界が回っているわけではないから不都合なことも多いだろうけどどうでもいい。

 寧ろいいことの方が少ないんだからそれでいちいち引っかかっている場合ではないから。


「ここかな」


 お昼休みになったら適当な場所まで移動して腰を下ろした。

 廊下に直接でも構わない。

 これぐらいの汚れでぴーぴー文句を言う人間ではないのだ。

 ちなみに朝もお昼も食べない人間だから時間だけはいっぱいある。

 自由に行動できるんだから文句を言っちゃいけないよねと自分に注意をした。


「葵、どこに逃げても私にはすぐに分かるぞ」

「そもそもどうして憂は来てくれるの?」

「別にそんなのどうでもいいだろう?」


 理由なんかいらない、そう言いたいのだろうか?

 だけどなんらかの目的でもなければ人は人に近づいたりはしない。

 そりゃ少しぐらいは近づくことはあっても真実を知って離れていくのが普通だ。

 じゃあ彼女がおかしいということなのかな。


「それなら逆に聞くが、葵はどうして私のところに来るのだ?」

「私からは近づいていないと思うけど」

「ふっ、よく言う」


 彼女は横に座って「葵には私がいてやらないと駄目なのだ」と言ってきた。

 確かに少し前までの私ならそうかもしれない。

 それでももう前までの自分じゃないんだ。

 なんにもなくても一日ずつ経過する度になにかが変わっているんだ。


「私には必要ないよ、憂にとっても私なんか必要ない」

「離れると言ったらどうする?」

「そうしたらこれまでありがとうと言って見送るよ、時間を無駄にしてほしくないし」


 誰も来ないのをいいことに寝転んだ。

 季節的にも辛いことなんてなにもない。

 それどころかひんやりとしていて気持ちがいいぐらいだった。

 彼女はそれからすぐになにも言わずに歩いていって。


「これでいいんだ」


 つまらない人間といたら憂まで悪影響を受けてしまう。

 これまで散々お世話になってきたわけだからそんな目にあってほしくない。

 あとは女の子が相手でもいいからさっさと付き合って楽しくやってほしかった。

 教室に戻って席に着いたらそのタイミングで先生が入ってきた。

 うん、この繰り返しでいい。

 なにかがないことが幸せなんだといまなら分かる。

 家でも同じだ、なにもない方が問題も起きづらい。

 なんでこんなことも分からずに面白いことというやつを探していたのか。

 やはり中身が成長していないというのは確かなようだった。


「今度はここ」


 憂が来ることはもうないけど場所を変えておいた。

 もしこれでも来るようならMとしか言いようがない。


「葵」

「……Mなの?」

「Mではない」


 彼女は横に座って上を見ていた。

 同じように目で追ってみてもただ白い天井があるだけだ。


「今度家に来てくれ」

「どうして?」

「妹が会いたがっているからな、気に入ってしまっているのだ」


 彼女の妹さんか。

 私としては歳が離れすぎているから合わせるのに精一杯でできれば遠慮したいところだった。

 だって笑みを浮かべていないと怖がらせてしまうし、私には向かないことだから。


「寂しい場所だな」

「そう? 普通だよ」


 それどころか賑やかな場所よりも落ち着ける場所だ。

 この時点で彼女との違いは明白ということになる。

 私は日陰者というか……とにかく明るい場所が似合わないんだ。


「葵」

「うん?」

「私は葵という名前が好きだぞ」

「私も好きだよ、可愛すぎてときどきうわあ……ってなるけど」


 こんな王道な感じはちょっとね。

 私には地味な感じの方が似合う。

 というより、その方が落ち着いていられるという感じだろうか。


「ただ、その中身は微妙だけどな」

「うん、知ってる」


 なんでこんな面倒くさい感じに育ってしまったのかという話だろう。

 別に人間関係でトラブルがあったとかそういうのではないというのに。

 なにもなさすぎたからこそのそれかもしれないけど……さすがにちょっとね。


「だが私は優しいからな、そんな人間ともいてあげるぞ」

「ありがとう」


 私にはないものを彼女は持っている。

 綺麗な容姿とか、他をあまり寄せ付けない勉強能力とか、なんでもこなせてしまう運動能力とか、そういうの。

 羨ましいと思ったことは何度もある。

 真似しようと無謀にも考えたことも何度もある。

 それでもその度に違いを見せつけられ、教えられて駄目になったことがたくさんある。

 みんなそれぞれ違うからこそ面白いなどということを聞いたことはあるけど私としては能力ぐらいはみんな同じでいいと思った。

 だって不公平すぎるだろう。

 文句を言ったところでどうにもならないし、なにもいい方には変わってくれないし。


「ほら」

「え?」

「昔みたいに抱きしめてやるからこい」


 固まっている内にむぎゅっと抱きしめられた。


「不安にならなくて大丈夫だ」

「……でも、つまらない人間だよ?」

「いつだって面白い人間などいない、私だって別に面白くはない人間だろう?」


 それとこれとは違う気がする。

 だけど言っても届かないから言うのはやめた。

 そもそもいまでもスタンスは変わらないんだから。


「葵は人間らしい脆さがあるな」

「弱いんだよ、だから巻き込まないようにって行動しているんだ」

「違うな、葵のそれは自分が面倒くさいことに巻き込まれないようにしているだけだ」


 そうとも言えるから違うとは言わなかった。

 誰だってそうだ、面倒くさいことには巻き込まれたくはない。

 だから他の人がそうやって行動していても文句を言うつもりはない。

 まあ、誰かに文句を言えるような偉い人間ではないから意味がない話なんだけど。


「私のことが嫌いというわけではないのだろう?」

「うん、だけど言葉で刺してくるから嫌なときもあるよ」

「それは仕方がない、それにもっともな指摘だと思うが?」

「だからこそだよ、正論だからこそ痛いんだよ」


 弱いからどうしようもなくなるんだ。

 叫ぼうものなら逆ギレしているだけでしかない。

 なにをどうしても負けるから避けたいというのもあった。


「戻ろう」

「まだ残るよ、時間はあるんだし」


 ちょうど全く使われていない空き教室の時計が見えるわけだし。

 戻りたいということならひとりで戻ればいい。


「貴様は……」

「別に嫌だから別行動をしているわけじゃないよ」

「ふん、可愛げがないやつだ」


 だからそう言っているのに。

 それに不満があるのなら離れればいいとも言っている。

 それでも来ているのは彼女だ、そこに私の意思は関与していない。


「いいから行くぞ」

「あー」

「面倒くさいやつだ」


 彼女は私のなんなのだろうか。

 お世話係? まあそれなら厳しい意見もぶつけるものだよね。

 だけどさ、別にこちらを優先してくれるわけでもないから微妙なんだ。

 私がこうして逃げると来る、近づくと離れるというものだから嫌だった。


「葵、今日は家に行くからな」

「え……」

「露骨に嫌そうな顔をするな、もう決まったことだから守ってくれ」


 いや憂と過ごすことはまあ……いいとしても自宅は……。

 それならまだ憂の家に行くことになった方がマシだ。

 だからそれを説明したら「別に葵がいるならそれでも構わないぞ」と言ってくれた。

 嫌いなのか好きなのかそれがよく分からない。


「なんだ? 早くしないと学校にいるのに遅刻することになるぞ」

「……憂、私は本当につまらない人間――」

「どうでもいい、もしそれで切り捨てるような人間ならとっくの昔に離れているだろう?」


 彼女はこっち手を少しだけ強く握って「それをしていないのだから察しろ」と。

 教室に着いたら席は離れているからそれぞれ別れた。

 今日も窓の外に意識を向けていたら雨が降ってきてえ……っとなった。

 傘なんて持ってきていないよ……。

 とにかく、約束をしていたのもあって放課後は憂と一緒にいたんだけど。


「やまないな」

「うん」


 彼女も私も傘を持ってきていないから教室に居残ることになった。

 濡れちゃうよりはいい気がするような、濡れるのだとしても早く帰った方がいいような。


「もう仕方がないから帰るか」

「今日はなしでもいい?」

「は? 駄目だ」

「あー」


 掴まれてしまうとどうしようもなくなる。

 彼女に比べれば非力だから抵抗しようとしても話にならないし。

 ……構ってほしくてこういうことを言っているわけではないんだけどね。

 だって濡れるということはお風呂に入らなければならないわけなんだから……。


「大人しく言うことを聞いたらショートケーキを食べさせてやる」

「……別に食べ物には釣られないよ」

「よく言う、寧ろ貴様の方が前を歩いているではないか」


 ケーキか、そんなのめったに食べられないから食べなきゃ損だ。

 こんなのでも食べるのは好きだから、それが生き甲斐だから。

 いま私が生きている理由は美味しい食べ物を食べたいからだ。


「食べたい」

「それなら言うことを聞け、ちなみに今日は妹と会わなくていいからな」

「なんで?」

「そんな細かいことはどうでもいい、行くぞ」


 ……彼女に手を引かれながら恥ずかしいことをしてしまったと反省していた。

 ああいう構ってちゃんみたいなことが一番駄目だったのに。

 分かっていたはずなのに、そして極端な態度でしかいられなくて苦笑しかできなかった。

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