飛ぶには膝を曲げなければならない


「能力を使える人間がここに三人いる……」

「すごい偶然ですねぇ」

「びっくりしちゃった」

 こんなことがあっていいのだろうかと運命を疑う。だがそれと同時にワタシは安心していた。

 ここにこうやっているということは二人共、悪の誘いを断り自分に課せられた課題を乗り越えたということだからだ。

 この能力というものは時々語り掛けてくる。

 ワタシ自身、最近その体験をしたという経験からの憶測に過ぎないのだが、自分とは何者かを問うということは人間として生まれたからには避けがたい事実としてあるのもまた本当だ。

「で、今目の前で角砂糖をかじり取っているそれが妄想もうそうさんの能力で間違いないんだよね?」

「そうです……」

「別に怒っているわけじゃない。ただ確認として一応聞いてみただけ」

 申し訳なさそうに視線を下げた妄想もうそうさんを見ていると、まるで本当に悪いことをしたみたいな気持ちになって辛い。

「まぁまぁいいじゃないですか! 偶然にもここに能力者が集まったんだから、もっと別の明るい話をしましょう」

 影山かげやまはそう言って窓に視線を移した。

 窓の外には一体の案山子かかしがポツンと田んぼの真ん中に立って、気持ちよさそうに風に吹かれている。

「明るい話って一体何……」

 ワタシが言い終わるよりも前に影山かげやまは、口元に人差し指を添えるジェスチャーをした。このジェスチャーを見たのは今日で二回目である。その口には薄い微笑みをたたえている。


「それは例えば、ここから出た後安全に帰る方法とか……かな?」


 影山かげやまは小声でそう言った。

 ワタシと妄想もうそうさんは互いに顔を伺い合い、何か知っているかのアイコンタクトを取ったが互いに首を横に振ったことで意味のないものに成り下がってしまった。

「この店から出たら確実に何かが起きます」

 いまだ小声のままそう言う影山かげやま

「なぜそんなことがわかる?」

「それは……僕の能力で分かるんです。僕たち三人の他に少なくとも一人の能力者がこの近くに潜んでいます」

「えぇっと、その人って別に悪い人かどうか分からないんだよね?」

 妄想もうそうさんはそう言った。普段の優しさとは裏腹の冷静さを感じる発言に、ギャップを感じてしまう。

「……そうです。確証はありません」

「じゃあ、無暗むやみに攻撃したりするのはまずいんじゃ――」

「なので、向こうからのアクションがない限りこちらからは一切手を出しません」

 ということは、だ。もしも悪意があってワタシたちを嗅ぎまわっている者が本当にいたとして、確証の無いまま手を打てないこちらとしては必ず先手を打たれる形になるということだ。

「それはあまりにもリスクが高すぎないか? 向こうの人数も分からないし、こっちには絵で描いた動物を出す能力と瞬間的に逃げる能力、そして君の持っている能力、能力しかない。それで未知の相手に立ち向かえるとは到底思えない」

「大丈夫です。安心してください。僕には作戦がありますから!」

 笑顔でそう言った影山かげやまの目には、燃え滾る緑の炎が勢い良くうごめいているような何かが見えた気がした。


 影山かげやま 聡 には考えがある。

 こんなお洒落なカフェでピンチに陥ることはであったが、全世界ぜんせかい君と妄想もうそうさんに出会ったのはだった。

 だからこそ立ち向かえるものだ。

 僕たちは席を立ち、全世界ぜんせかい君、妄想もうそうさん、僕の順番で並んで木製の重いドアを押して出た。

 外はまだ若干、昼間の暑さを残しているが風が吹いているおかげか快適な気温だった。

 警戒しながら僕の能力を使って周りを見ているが、今のところ人影は特に見当たらない。

 確かには見当たらない。しかし生き物ではない、辛うじて人型と言えるか否かの物体はこの目の中に入っている。

 それは、あの田んぼのど真ん中にいたはずの案山子かかしだ。

 カフェの屋根上に置いた視点から、さっき室内で見かけた案山子かかしが立っていた場所を見てみたが、そこには風で絨毯の毛並みみたいにひたすら模様を変え続けているだだっ広い緑が広がっているだけだった。

 そして今その案山子かかしが立っているところは……。

「――不味い! 二人共そこを離れて!」

 そう。入り口付近にお洒落なインテリアとして置いてあったそれは、あの田んぼに立っていた案山子かかしと全く同じ素材、色、大きさであったのだ。

「え?」

「なにっ!? きゃっ……!」

 その案山子かかし妄想もうそうさんの方に倒れ掛かったかと思ったら、突如泥のような粘度のある液体へと変化して、それは妄想さんへとへばりついた。

「きゃー! 助けて!」

 顔の表情を歪ませて必死に助けを求める妄想もうそうさん。

 すぐさまその泥を取ろうと近づいた全世界ぜんせかい君だったが、なんとその泥のようなものは体を細く長く変形したかと思ったら、目にもとまらぬ速さで全世界君の手の甲目がけて振り払ってきた。

「ぐぅあぁぁー!」

 泥は地面に接着したかと思ったら、段々と妄想さんがその泥の中へと沈んでいく。

「た、助けてぇ全世界ぜんせかい君、影山かげやま君!」

 悲痛な妄想もうそうさんの声があたりに響く中、攻撃を受けた手の甲をもう片方の手で押さえた全世界ぜんせかい君は、僕の目をじっと見ている。その目は訴えてくる、「作戦実行だ」と。

 これはもう覚悟を決めるしかない。

 僕は能力をフルパワーで行使して、この店に入った時からこそこそ展開していた十個の視点全てに意識を向ける。そして、妄想もうそうさんさんの周りを取り囲むように設置した視線を一点に込める。

 全ての視点を妄想もうそうさん……ではなく全世界ぜんせかい君の着ている白シャツの胸ポケットに入っている、妄想さんの創り出した謎の生物へと注がせた。

「わうんわぁっ……わうー!」

 胸ポケットに入っているその生物は、犬のような鳴き声で叫びながら段々と大きくなっていく。そして、遂に胸ポケットに入り切らなくなり、外を飛び出した。

 どさりと重みのある大きなものが落ちた音がした。

「ぐるるるぅ……。ぐわぁんわん!」

 そして、その生物は最終的に全世界ぜんせかい君の腰あたりぐらいまで大きくなって、妄想さんを襲っている泥に向かって低く吠えた。

「なんだこれ……このめちゃくちゃムキムキの動物が、さっきまでワタシの胸ポケットに入ってたやつと同じっていうのか……」

「これで僕の作戦は次の段階へ移る……後は頼みましたよ」

 自分でも意識が遠のくのが分かる。しかし、僕に後悔は、ない。そして、僕は後の事を全世界ぜんせかい君に託して気を失うのだった。

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