遭遇 ~カフェにて~

 ワタシ達は今、最近できたばかりだというお洒落なカフェに来ている。

 どうやら、ここは昔工場として使われていた建物をリフォームして作り替えたらしい。さっきそう影山かげやまから聞いた。

 天井から吊るされたアンティークなライトが店内をぼんやりと照らし、片面の壁はガラス窓になっていてそこからまだ明るい太陽光が入って来る。

 なぜ影山かげやまがこんな場所を知っているのかと尋ねたら、「インターネットの情報を聞きかじっただけだよ」と言っていた。

 時計の針は四時ちょうどを指している。

 蝉の声はようやく落ち着いてきて、代わりに鈴虫なのかコオロギなのかの鳴き声へとバトンタッチしていた。

 窓から入ってくる風と店内の雰囲気も相まって、かなり落ち着いてだらっとした時間が流れるこの感じがたまらなく好きだ。

「ところで……妄想もうそうさん、どこに行ったのか知ってる?」

「たしかさっき『お花摘んできますね』って言ってたよ」

 ぼんやりしすぎて気付かなかったらしい。

 影山かげやまはきょろきょろと首を振って周りを確認したかと思ったら、手で口を隠すようにして小さな声で話しかけてきた。

全世界ぜんせかい君、妄想もうそうさんがいないうちに話しておきたいんですけど……」

 一体何を話すんだろう。まさか、「妄想もうそうさんが好きかも」とか「彼氏いるんですか」とか言い出すんだろうかなんて思っていると、影山かげやまは神妙な面持ちで再び口を開いた。

「最近、近所で不審者の目撃情報が出始めているんだけど、学校で何か聞いたりしたかな~って思って……」

 その話どこかで聞いたような気がする。

 そう思って、ここ最近あった出来事を振り返ってみると一つ思い当たる出来事があることに気が付いた。

「そう言えば佐藤のやつがそれっぽいこと言ってたような――」

「本当ですか!? 詳しく教えてください!」

 意気揚々とした様子でそう言ってきた影山かげやまに、ワタシは少しの不安を感じていた。

「別にいいのだけれど……影山かげやまもしかして変なこと考えてたりする?」

「え? 変なことって?」

「例えば、その不審者を捕まえようとしてる……とか?」

 影山かげやまは動きを止めた。そして、段々と意味深な表情へと変わっていき、口を開いた。

「お待たせしました! 二人で何話してたっ……どわぁー!」

 影山かげやまが何を口にしたのかは分からなかった。

 そして、お手洗いから戻って来た妄想かげやまさんが盛大にすっ転んだのも何故か分からなかった。

「大丈夫!?」

「大丈夫ですか?」

 心配になって声を掛けると、妄想もうそうさんは何もなかったかのようにスッと起き上がってぺかっと明るく笑った。

「いやいや、ごめんごめん! 足が絡まっちゃって……」

 良かった……あんなに派手に転んだのでどこか怪我をしていたらと心配になったが、この様子を見る限り大丈夫そうだ。

 そんな中影山は、一人別の方向を見ているということに気が付いた。最初は私と同じように妄想もうそうさんの方を見ていたのは間違いないだろう。

 しかし影山かげやまは、そのあとすぐに少し手前辺りの床をジッと見つめていたのだ。その表情は何か興味深い物を見つけた子供のようでありながら、若干の恐怖心のようなものが混じっているように見える。

 ワタシもその方向を見てみると、そこには何か紙切れのようなものがくしゃくしゃになって落ちていた。

 そこから数センチの所にカバンが倒れていることから推測するに、それは妄想もうそうさんが転んだ際に飛び出たゴミか何かだろう。

 私はそう思った。多分、影山かげやまもそう思ったはずだ。誰が見てもそう思うに違いない。

 だけど、影山かげやまのその視線は一ミリも動くことなくその紙切れへとくぎ付けになっている。その視線にはきっとそこには何かあるんだという意思を感じざるをえないのだ。

影山かげやま? 何を見て……」

 そう言いかけたら影山かげやまは、「しー……」と口元に人差し指を添えて静かにして欲しいというジェスチャーをした。

 それがどういう意味なのかを測りかねていると、影山かげやまは急に右足を引いて顔をその紙切れに近づけた。

 突然何が起こったのかと思って、ワタシもその紙切れに視線を戻すとそこにはもう何もなく、ただきれいな木目調の床が目に入っただけだった。


「ワンワン、ワンワン!」


 わんわん……?

 この店はペット同伴禁止である。それに、店の前で犬が待っていたりもしていなかったことはしっかり覚えている。

 ではその声の出処でどころは?

全世界ぜんせかい君! 妄想もうそうさんの足元を見て下さい!」

 その声に従って視線を妄想さんへと向ける。

 するとそこには、手のひらサイズの小さな毛の塊みたいな動物が妄想さんに向かってすり寄っていた。

 ハムスターサイズでワンと鳴く動物などいただろうか。記憶の引き出しを探索してみるが、その検索結果はどこにもなかった。

「えへへ……」

 笑ってごまかそうとしているが、これは説明してもらわなければならない。

妄想もうそうさん、これは説明してもらっていいですか?」

「……はい」

 彼女は申し訳なさそうにそう言った。

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