白い浜辺とテトラポットは同化する
浜辺から少し離れた所に屋根のあるちょっとした休憩所的なところがある。
そこから見える景色はとても綺麗で、海に向かって伸びるコンクリートでできた灰色道が一本見えて、白いテトラポットが部屋の隅に追いやったみたいに乱雑に堤防を覆っていた。
そんな景色が一望できるこの場所に、キャンパスを目の前にして腕を組みじっと眉間にしわを寄せて唸っている女の人がいた。
その面影と雰囲気から、一瞬でそれが誰なのかわかった。
「あれ、もしかして
寄りに寄った寄り目の妄想さんは声を掛けられると、ハッとして恥ずかしそうに言葉をまくし立ててきた。
「え?
「すみません! 突然話しかけてしまって、少し落ち着いてください」
そう言うと、
落ち着いてもらったところで、なぜワタシがここにいるのかの経緯を聞いてもらった。
「へぇーそんなことが……でも、なんでそんなびしょびしょなる必要があったの?」
「それは……海にいた少年に遊ばないかと誘われたら、そりゃあ本気でやらないと失礼だと思ったので」
そう言うと妄想さんは一瞬目を丸くしたかと思うと、ケタケタ笑った。お腹を押さえてうずくまりその瞳には涙まで蓄えていた。
「そんなに面白いことではないだろうと思うが」
「いや……ヒヒッ、そんなイメージ無かったから、はーふー、面白かったー」
なんだか釈然としない。
そんなところで一つ、気になったことがある。
それは、そこに置いてあるイーゼルと絵を見て思ったことなのだが、今まで一回も妄想さんの描いた絵を見たことがないということである。
美術部にいたことや今目の前にいる妄想さんの様子を見ればわかる通り、絵を嗜んでいることは確かなはずだ。
「そういえば一回も
そう聞くと
その時に起きた風が、絵具の匂いを鼻まで運んでくる。ということは、絶対にさっきまで描いていたということだ。
「嫌! それは絶対に何がなんでも無理!」
恥ずかしがっているのかそれとも、本気で嫌がっているのかわからないが、その絵を背に隠してジッとこっちを睨んでくる。
「どうしてそんなに隠す必要があります? 別に見て減るものじゃあるまいし、下手でも絶対に笑いませんから安心してください」
なぜ彼女はそんなに絵を見せるのを拒むのだろう。これは失礼かもしれないが、これまで接してきた感じプライドの高い性格のようには見えないので、そこまで拒否するのが意外であり不思議だと感じざるをえない。
ゴッ……ゴソゴソ。
――なんだ? 今、彼女の後ろにおいてある絵にかかっている布の中を何かが動いたように見えた気がする。そのことが気になって、ジッとその布がかかった絵を観察する。
「うーん……仕方ないね。
どうして急に見せてくれる気になったんだろうか? という疑問が浮かぶが、見せてくれるというなら見ないという選択肢はない。ついでに、さっき動いていたものの正体も突き止めるチャンスでもある。
「あぁ、感謝する。ではありがたく見せていただくことにするよ」
ワタシはゆっくりと絵にかけてある布に手を伸ばす。
そして、布を掴んで持ち上げた。下半分ぐらいが見えた。
そこには、今目の前に見える白い砂浜と白いテトラポットが見えて、そして……。
その砂浜の真ん中に謎の穴が開いているのに気づいた。
……この穴、いやよく見れば穴じゃない。そこにあったはずの絵具が、何らかの形でこそげ取られている。どういうことだ?
「ねぇ、ど、どうしたの? まだ半分しかめくってないけど……」
「あぁ、ごめん。砂浜が綺麗だったから見惚れてて」
ここで変に勘繰られないように素早くめくって布を取り払う。
すると、そこに現れた絵は目の前の海岸らしき風景が描かれてあった。感想はというと色味が地味という感じだ。しかも砂浜とテトラポットがぐちゃぐちゃに混ざり合って同化してしまっている。
「で、どう?」
彼女は目をキラキラさせて感想を求めてくる。彼女には悪いがこの絵は……。
「えーっと、
そう言うと彼女は顔を腕で隠して、へたりと座り込んでしまった。
「ほらね、そういう反応するの! 分かってたんだ! あぁ、見せなきゃよかった。うぅ、ぐすんぐすん!」
困ったなぁ……こうなった時の対処法をワタシは知らない。学校の先生だって親だって教えてくれなかった。
困り果てて必死に言葉を探していると、遠くの方でワタシを呼ぶ声が聞こえてくる。
「おーい、
細い体躯に低い背丈、そして遠くからでも分かるほどに輝いているエメラルドグリーンの瞳を持つ爽やかな青年がそこに立っていた。
「あれは……
これは数奇な運命がワタシたちを結び付けようとしているに違いない。この状況が起こる確率を考えてそう思わざるを得ない。
全く、神様はワタシ達に何をやらせようってんだか……今すぐ教えてくれよ。
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