飛んで火にいる夏の日のこと
辺りが暗くなり始めて、道の端に立っている街灯がぽつぽつ点きだした。まだ明るかった時と比べると、だいぶ雰囲気が違うというか風情を感じられて、少しテンションが上がる。
目の前の茶色い一軒家の角を曲がると、そこには見覚えのある公園が街灯で照らされて、明るかった時とは少し違う静穏な雰囲気を醸し出していた。
まだ明るい時には、近くにある森から聞こえていた蝉の声は無くなっていて、代わりに鈴虫の鳴き声やカエルの合唱に交代していた。この田舎特有の昼夜問わず、ずっと音を絶やさない感じは何なのだろう、シフトでも組んでいるのかと思うぐらいである。
そんな中、目の前を見ればそんなことどうでもいいとばかりに、歩く人影が一つ。
もしもワタシが能力を使えなければ、見知らぬ人についていくなどといったリスクを冒したりしない。だからこそ、一つ確かめたいことがあったのだ。
そして、その人についていった末に着いたのは、あまりにも見覚えがありすぎる公園であった。
その見覚えのある公園にずんずん入っていくその人は、ジャングルジムの天辺に座って足をぶらぶらさせて言う。
「君もこっちに来て観るかい? とても綺麗だよ」
優しく涼しい風のような声でそう言った。
少し判断しかねるが、性別は男だろう。
その人の目は綺麗なエメラルドグリーンで、すらっとした鼻筋にキュッとした口が特徴の綺麗な顔であった。髪の毛はマッシュというよりもボブカットに近い感じ、可愛らしい見た目だ。
ただ、その美しすぎる顔に街灯の光のせいでできた陰影が、ミステリアスな雰囲気を漂わせていた。
その整った容姿に思わず見とれていると、その美少年は体を一つ奥にずらして、さっき座っていた隣のあたりをポンポン叩いて、こっちに手招きしてきた。
恐怖心が少し湧いては、それは多量の好奇心によってもみ消されていくのを繰り返してここに立っている。
ワタシは一歩づつ地面を踏みしめながら進んでゆき、その人物がいるジャングルジムへと近づいて行ってこう言った。
「あんたはいったい、誰なんだ?」
それを聞いて、その人はこちらを見向きもせずにこう言った。
「自由を愛する旅人さ」
ワタシは体が自然と引き寄せられるように、ジャングルジムを上り始める。
そこには何の恐怖心や警戒心も無く、まるで飛んで火にいる夏の虫になったかのようだった。
頂上まで登り、足をぶらぶらしている美少年の隣へと座る。さわやかなミントの香りが鼻先をくすぐってくる。
そして、美少年と同じ方向をまっすぐ向くそこには、地平線に横一線のオレンジが伸びていて、その前、青い海を漂う白い波がアクセントになっていて、それは自然が生み出した、今だけの名画だと思った。
「ほらね、綺麗でしょ?」
隣を観ると、綺麗な顔に二つ付いているエメラルドグリーンの瞳に、この目の前に広がっている風景が反射して映っていて、まるで宝石のようであった。
しばらく二人で一言もしゃべらずに、その風景をただ見ていた。
オレンジが海に溶けてゆき、夜のとばりが降りてきて、さっきまで美しかった海は、完全に黒くなり、見る者全てを飲み込まんとする闇へと姿を変えてしまった。
「あれ? 君、頭の後ろ側に寝ぐせついてない?」
そう言われてサッと後頭部に手をやると、結構派手目に跳ねているのが分かった。なぜ、学校にいる時に誰も言ってこなかったんだろうという、どうにもやるせない気持ちになった。
「ありがっ……」
お礼を言おうと隣を振り返ったその時、そこにある大きな違和感を視界にねじ込まれることになった。
それはというと、それを言った美少年が一ミリもこっちに顔を傾けることもなく、それを言っていたからである。
そもそもだ。さっき会ってから、こちらを一度も見ていない。それを不審に思っていることに気づいたのか、美少年はこちらに振り向くと、ゆっくり口を開いてこう言った。
「今、気持ち悪いって思った?」
目の前にいる美少年は、少し微笑みながらそう言った。
そして、そう思われるのが当たり前であるかのように、そう言われることが何でもないことかのように美少年はそう言い放った。
そのことに面食らって、何を言い返そうか悩んでいると、美少年は矢継ぎ早にこちらを心配するような口調でこう言った。
「別にそう思っていても、怒らないから安心して!」
気を遣うのが下手な美少年は、不器用に笑う。
「そんなこと思っていないし、どうでもいい。それよりもあんた、目が見えてないのか」
「……そうだよ」
美少年は、こっちに顔を向けた。突然のことに、気恥ずかしさを感じて思わず目をそらしてしまった。美少年は続けて口を開く。
「君は、この景色を見るために
ここでワタシはやっと確信が持てた。
「いや、違う」
「じゃあなんでここにいるの?」
さっき付いていること知った、寝ぐせを直しながら考える。
ここで本当のことを言うのか、たまたま見かけたからとごまかすのか。……この目の前の美少年に敵意は感じられない。ここは本当のことを言った方がいいと判断することにした。
「あんたも特殊な能力を使える人間だろう?」
どうやら図星だったらしい。
それを聞いた美少年の顔は、豆鉄砲を食らった鳩のような表情をしている。
「なんでそれを知って――」
「それはだな……ワタシも、同じだからだ」
この事を言ったのは家族以外に初めてだった。今、ワタシはどんな顔をしているのだろう。
そんな事を考えている間に、美少年の鮮やかな瞳は輝きを増していき、やがて溶けだした液体は透明な涙として頬を伝って落ちていく。
「大丈夫か! どこか痛いところでもあるのか――」
「違う……と思う。あれ僕、なんで泣いてるんだろう」
美少年はその綺麗な顔を腕で覆って、涙を拭っている。その姿を見ていると、なぜだか、もらい泣きしそうになってくる。この感情に名前はまだ無いのだろうか。
とりあえず、ここだと危ないので降りてもらって、公園内にあるベンチに腰掛けてもらった。その間にワタシは自販機で飲み物を買ってあげることにした。
「落ち着いたか?」
「うん、もう大丈夫」
買ってきた飲み物を手渡した。美少年は一口だけ飲んで、ベンチの上に置いた。
「それでよかったか?」
「うん、ありがと」
「そういえば名前を聞いていなかったのだが、聞いてもいいかい?」
「
「
やはり、そうであった。この目の前にいる美少年はワタシの目的としていた人物その人だった。
「そして……あんたは特殊な能力を持っているってことで、間違いないな?」
「うん、そうだよ」
手を握りこんで、口元に持ってくる。少し間が空いた。
「ワタシに、そのことについて詳しく教えてくれないか?」
それを聞くと
「ごめん、それはまだ言う気になれないや」
勢いのある風が二人の間を通り抜け行く。
大きな蛾が街灯の光に誘われているのが、視界の端に見える。あの大きな蛾がワタシと重なって見えるのは果たして気のせいなのだろうか。
「そうか……もう辺りは暗くなっているから、解散したほうがいい」
そう提案すると、
「心配してくれてありがとう。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
ワタシも親を心配させるわけにはいかない。互いに別れを告げて、ワタシは影山の姿が見えなくなるまで、その背中を目で追った。
その後、ワタシも能力を使って帰宅した。
今日の夜は熱帯夜であった。
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