公園から目標地点へ
住所は予め先生から聞いておいたので、そこに向かう。
線路が海沿いに引かれていて、電車から見える景色はさぞいいものなんだろうと思う。なので、今度の休みに、電車で再びここまで遊びに行く予定を入れておくとする。
そんな浮足立つ心に高揚しながら歩いていると、突然大きな影が全身を覆うような不安感に襲われる。
何の前触れもなく訪れた
――その瞬間、頭で考えるよりも早く能力が発動した。
こうなったのは、生まれて初めての出来事だった。
……あれからどれくらい経ったのだろうか。
空模様が少し色褪せたのを見るに、少しだけ時間が流れたようだった。
一応今の状況を言っておくと、見知らぬ公園のジャングルジムに絡まっている。
たまたま周りに誰もいなかったからいいものの、この光景を小さい子達に見られていたら、まったくもって格好がつかない。よもや、その光景を保護者に通報されかねないだろう。
大惨事にならなくてほっとしたのはいいが、今はそれどころではない。まさかこんなことがあるなんて思いもしなかった。
能力の緊急発動……。
その反動なのか、少しの間気を失っていた。
今もまだ心臓が激しく鳴っているのを感じる。
まさか、自分が意識をする前に能力が発動するとは思わなかった。
とりあえず周りを見て、今すぐ危険が迫っているかどうかを判断する。
……ひとまず、安心が保たれていることを確認して少し落ち着く。
これは目が覚めてからずっと思っていることなのだが、体のどこかに違和感を感じている。これはどこかが痛いとか心が苦しいとかそういうものではない。
あるはずのもの、ワタシを構成していた一部が空虚に透けていて、丸裸でここに立っているようなそんな感覚だ。
……実はその違和感に一つ心当たりがあると言えばあるのだが、それはあまり想像したくないものである。
ワタシはその予想が外れることを祈りながら強く念じる。
この見知らぬ環境から逃がしてください。
……何も起こらなかった。途端に不安が襲う。
そして、そんな自分に情けなくなる。
だって、それはつまり能力が使えるという自分が当たり前だと思っていた、ということと同義であって……。
『君は逃げることから逃げたいと思ったことはあるかい?』
どこかからそんな声が聞こえた。
これはもしかしたら幻聴なのかもしれない。
だけど、こんな心に突き刺さるのは何故だろう。
幻聴に背中を押されたなんて変な話だが、そんなこと今となってはどうでもいい。
今は目の前のことだけに集中する。今は逃げずにその言葉を念じて手を握り込む。
……よし、やろう。
ジャングルジムから抜け出して、くるりと頭を働かせる。
まずは、現状のさらなる調査だ。
ということで、能力が使えないということを手がかりにどこまでその範囲が広がっているのかを調べることにした。
まずは、公園のど真ん中にあるジャングルジム周辺で能力を使ってみる。
先程と同じように、やはり使えない。
次に、ブランコ、シーソーと順々に試していったがどこも使えなかった。一応、木陰に置いてあるベンチや、ポツンと置いてある赤い自動販売機付近も試したが、まったく反応がなかった。
となると、一つ思い当たる説が一つ浮かんでくる。
その考えに沿って、おもむろにその公園から一歩、体を出して能力を一瞬だけ使ってみる。体が空気中に溶けていく感覚がして能力を止めた。
考えが確証に変わり、そしてまた疑問が生まれる。
その範囲が公園内であるということが分かった。しかし、何故そんなことになっているのかが分からない。ここはパワースポットか何かなんだろうか。
疑問が残るが公園内でなければ能力は使える。このことが分かって少し安心した。
前を向いて進めた自分を褒めてやろう。
そして、気持ちを切り替え、ワタシは本来の目的であった
スマホで現在位置を確かめると、
そうと分かれば後は、そこ目指して移動を開始するのみである。
前に歩を進めているのは確かである。
公園から
なんとなくすました顔でトコトコ歩いていき、『影山』の表札の横を通り過ぎて、玄関の前まで行く。
あらかじめ、
ピーンポーン。
間延びしたチャイムの音がドアの向こう側から小さく聞こえてくる。それのせいか分からないが全身に緊張が走る。
しばらくすると、ドアの向こう側からフローリングの上を、せかせかと急ぎ足で駆ける音がかすかに聞こえてくる。そして、次の瞬間にはガチャンという、ドアのかぎが開く音が聞こえてきて、すぐにそのドアは開かれた。
「ハーイ、どちら様ですか?」
現れたのはTシャツにデニム生地のショートパンツ、その上に派手目のピンクエプロンをした女性が出てきた。
その女性の顔を見るとかなり若く見え、この人はおおよそ、影山の姉であると推定できた。
「初めまして。ワタシ、星ヶ屋高校一年一組の
「あぁ、そうなのね~ありがとうね、
「あのー、いま
聞いてしまった、と思った。
別に、おかしなことを言っているわけではないはずなのだが、その一言を言うのに引っ掛かりを感じるのはなぜだろうか。
「ごめんなさいね、
そう言われて、パッと周りを見渡すが、犬と散歩中のおじさんとランドセルを背負った小さい坊やしか見当たらない。本当に家を出たばかりなのかは甚だ疑問である。
「そうだったんですね。残念です」
そう言い残して、
その時、その女性に「
罪悪感があったが今後の布石だと言い聞かせて自分を納得させる。それに、今はまだ
さて、やるべきことも終えたのでワタシは帰ることにしよう。
そう思って振り返ったら、誰かの見ているような感覚がして辺りをよく見てみる。
すると、電信柱の影に隠れてこちらを見ている人影があることに気づく。
その人はじっとこっちを見て、頷いたかと思ったらパタパタと手招きをしている。
果たしてワタシはどうすればいいのだろう。また誰かが囁いてくれないかと思ったがそんなに都合のいいことなど起きない。
人生は選択の連続だと言った人がいたらしいが、それは合っていたと考えた人に言いたい。
正解か不正解か、それは神のみぞ知る。
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