第3話 話しかける男
リュウジは毎日、常に突っぷしてるという訳ではなく、精神状態のいい日は椅子に座ったままボーッと空中を眺めてたりする。特に意味はなく、その日の気分によるものだ。そういう時には声を掛けてくる人間も数人いる。大林雅行もその内の一人だ。
「元気か?」
第一声は大抵こうだ。明らかに元気ではないのだが、リュウジは少し微笑み、うなずく。
「腕相撲しよう」
大林は言う。筋骨隆々のこいつに勝てる訳がないけど、リュウジは相手をする。
「おっ、なかなかやるやんけ」
余裕の表情で大林は言う。そして去っていく。
須藤美沙子が振り返っている。一瞬、リュウジと目が合った。慌ててリュウジは目をそらす。見てることに気付かれただろうか? 気持ち悪いとか思われてないだろうか?
またリュウジの前に男が現れた。今日はよく客が来る日だ。とリュウジは思った。
「見てるやろ」
「え?」
前の椅子に横向きに座った清田健児が、ニヤニヤしながらリュウジの顔を見ている。
「須藤のこと、見てるやろ?」
リュウジの頭のてっぺんから下に、全身に、悪寒が走った。
「え?」
もう一度、聞き返す。愛想笑いをし、とぼけてみせる。見られていた。須藤さんを眺めてたことが……気を付けてたはずなのに……。
「須藤のこと、好きなん?」
清田のストレートな言葉に、リュウジは半笑いで首をかしげるような仕草をする。何を言ってるんだお前は? お前は勘違いをしている。何を根拠にそんなこと言うんだ? 言葉を探すが、適当なものが浮かばない。
「なあ、俺がゆうたろか?」
……オレガユウタロカ?……何を言い出すんだこいつは? 頭がオカシイノカ?
「なあ、ゆうたるって」
「いや……違うよ……」
必死に言葉をしぼりだす。小刻みに首を横に振る。顔面が熱い。たぶん真っ赤になってるんだろう、とリュウジは思う。清田はニヤニヤと嬉しそうにリュウジの顔を見ている。
おもむろに席を立ち、清田が歩き出した。まさか須藤さんの所に行くのでは? と思ったがそうではなく、清田は上川剛の席に行き、喋り出した。二人はリュウジの方をチラチラ見ている。俺のことを話してるのだろうか? とリュウジは思う。
俺の噂が広まる。きっと奴は俺の恥ずかしい噂を広めるんだろう。そしてそれは須藤さんの耳にも入り、俺は毛虫のようにさげすまれるんだろう。もう観賞することもできない。ささやかな俺の幸せが崩れていく……。リュウジは恥ずかしさと絶望感で激しく動揺していた。しかし、悟られてはならない。平静を保つのだ。何を訳の分からない話をしてるんだお前は。というような顔をしておかねばならない。
リュウジは真っすぐ前を向いていた。何でもない顔をする必要があった。だから今日はもう突っ伏すわけにはいかなかった。リュウジは真っすぐ、前を向いていた。
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