第三話 ある恋人の死

「起こりもしないようことを考えて、何が楽しいの?」

痛みに敏感な部分を触れられた時のような、でも自制された調子で、私の問いかけに彼はそう時間をかけて呟いた。彼との帰り道、私は学校の図書館で借りた紙の本、『恋人と甘い会話を楽しむための問答集―第四百七十三番』を読み上げただけだったのに、その意外な答えと様子に、反発を通り越して、少しだけ心配になった。

「でも、いつかはきっと終わりというか、最後があって、それが明日かもしれないって思うのは自然なことじゃない?」

読み上げてしまってから、ずっと間違った道を歩いているような、いつ足場が崩れてしまうか分からない道を歩いているような、そんな気分から逃れられなくなっていた。

「明日、メイが死ぬなんて、そんなグロテスクなこと、考えるなんてできるわけないよ」

この人は弱い人なのかもしれないと私は思ってしまった。そして、この時代では私は鈍感すぎるのかもしれないとも思った。

世界はすでに死を克服しつつあった。細かい理屈や方法は理解していなかったが、大人たちはそのことで連日大騒ぎをしていた。ある人は人類の夢が叶ったのだと、小さなスコップで水脈を掘り当てたことのように感心し、また別の人は同じスコップでつまらない石を掘り当てて高い値段で売りつけるように、心配事を並び立てていた。

そうだね、と言って私は恋人との甘い会話の本を閉じた-----しっかりと装丁された表紙の重みのせいで軽快で、愉快な音-----私はそれを勝手な合図にして、甘くない会話はもうこれっきり終わりにしようと思っていた。

「死ぬとか生きるとか、そういうつまらないことを考えずに、ずっと楽しく生きていける時代が僕たちにも早く来るといいね。そうすればさ、メイとずっと一緒に居られて楽しいと思う」

どうしてだろう。彼は悪い人ではないのに、とてもつまらない人間に思えてきた。そして、何かこう、ここに存在していないような…

「メイはそう思わないの?」

気がつけば水溜り。一人溺れる私は、醜く飛沫(しぶき)を上げていた。

「今も楽しいよ。一緒に、私の側にいてくれて幸せだから。君は…」

続く言葉もまた流れ込み、今もまだその最中(さなか)で。

「僕もだよ、一緒にいられて本当に幸せだよ」


***


死が不自然である世界を正しく生きていくには、きっと誰しもがその最後で道化を演じてきたことに気がつくことなのだと思います。だから色々なことを忘れる必要があって、そのうち生きているなんてことも忘れてしまうのでしょうね。

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