第35話 権力の欺瞞
船団本部・最高評議会執務室――
宇宙船団の首都が置かれていたのは、通称〈議事堂船〉、翻訳名〈ピース・オブ・ユニバース号〉と呼ばれる超巨大船だった。一万隻にもなる船団は、地球なら『州』や『県』に相当する〈船群〉にグループ分けされていて、それぞれの〈州都〉に当たる基幹船には、船群を統治する、いわば地方政府が置かれていた。群を抜いて巨大な議事堂船は、それら船群基幹船を統括する〈連邦の首都〉だったのである。そんなお堅いイメージの船も、今日はいつもと違って、惑星到達祭前日の賑わいに溢れていた。
祭りの準備もたけなわの頃、最高評議会の執務室に、議長をはじめ四名の最高幹部が集まっていた。この小さな会議室は、評議員のみが集まって重要事項を協議する場だったが、彼らが無言のまま見つめていたのは、大型のディスプレイが映し出すニュース映像だった。
『前衛軍の資源開発工兵旅団です」と、アナウンサーAIの声が響いた。「チェルノブイリ、フクシマなど、放射性物質拡散リスクの高い施設を皮切りに、地球上に散在する原子力施設の撤去作業が始まりました……』
「これで当分の間、軍は動力用のプルトニウムに困りませんな」と、評議員のルースが言った。
「ウランを探す手間が省けて好都合です」と、副議長のズールが言った。
ふいに、モーディが声を上げた。
「それよりも、こっちです。大問題ですぞ」
映像が切り替わった。漆黒の宇宙の中に、灰白色の宇宙船が浮かび上がった。突然、船の
「
「手加減無しだと、これですか?」と、モーディ。苛立ちもあらわに言った。「それにしても憲兵ですぞ。捕まえるのが仕事でしょうが」
身を起こして、ハーズは訊いた。
「この映像は、どこから出たものか?」
「憲兵嫌いなら掃いて捨てるほどいます」と、冷めた目でルースが言った。「特に軍のOBですとか……。ところで、グモス大佐死亡の件がスクープされたようです。今日にもニュースに載ると……」
遮るように、モーディは言った。「それでなくても、悲劇の調査団をねぎらい
「地球のブレに対する期待も、一部にはあったと聞きますが……」と、ズール。
いらだたしげに、ルースは言った。「これでは、親地球派の世論が盛り上がりかねない。何らかの対応をとるべきです。関係者を処分するなど……」
「いや、それはできない」と、元陸戦隊士官のズールが強く言った。「それでは、軍の士気に深刻な影響が……」
「それでは、我らが批判を浴びます!」と、モーディ。ルースに同調した。
ハーズはため息交じりに彼を見つめた。思慮深いとは言いがたいこの男もまた、政界で次を狙っているのだった。批判を浴びたくないのは、誰も同じである。気を取り直して、彼らの議長は言った。
「憲兵には、一旦
「抜き打ちの試料(サンプル)検査を、特に求めないと?」と、ズール。
「『摂取は自己責任』、というわけですね」と、冷めた顔でモーディ。
「とても飲めた代物ではないが……」と、ハーズ。「あれなら、腹をこわすこともあるまい……」
「主催者の全船団ブレ愛好者協議会は、会員数が七百万を超える一大勢力です」と、頷きながらルース。「期待していたブレを我らが止めたとなると、予期せぬ反発も気がかりです。これで、ひと安心というわけですな……」
「七百万というが……」 苦笑気味に、ハーズは尋ねた。「連中はただの酔っ払いだ。主催するブレ・イベントで、安く飲めるから集まっている。ただそれだけのことではないか?」
「まぁ、それはその通りですが……」と応じて、ルースも苦笑した。
「わかりました。では、そのように……」と、ズール。「マスコミを通じて、到達祭のブレ・フェスタに協力的な、我らの姿勢を流布させます」と言い添えた。
ふいに、怒気込めてモーディが訊いた。
「それより、あの女はどうなのです?」
「女? 地球人のことか」
「そうです。回復すれば、議長はご自身の秘書になさると聞いた。これもスクープされれば、ちょっとしたスキャンダルですぞ」
「言葉が過ぎるぞ、モーディ」と、ズールがたしなめた。
「いいえ、この際申し上げておきたい。これは、公私混同ではありませんか? 異星人を我が船団に受け入れるとなると、これは公共の問題です。
うっとうしげに、ハーズは答えた。
「異星人を、そのまま受け入れるのではない。人格は船団民だ」
「それにしても、議長の秘書などという公職に就けるべきではないはずです」
「公設ではない。私設の秘書だ」
「同じ事です。それが公私混同だと、申し上げているのです」
「まぁ、待って下さい」と、ズールが間に入った。「議長、モーディの考えも、尤もです。世間の受け止め方としては、彼の見解と、それほど大きく変わらないでしょう。それよりもいっそのこと、彼女を前面に押し出してみては、いかがですか?」
「前面に?」
「隠すことなど、何ひとつありはしません。我らは、異星人である女の命を救ったのです。この
ルースが訊いた。
「大丈夫ですか? 反テラ・リフォーマーたちを勢い付けることになりかねない」
「いや、こういう場合は堂々とお披露目をして、包み隠さずこちらの考えを押し通すのが良策です」と、ズール。「そもそも、彼女は前議長の要請により、スポークスマンとして訪れることになっていました。それが、反逆者の不手際によって、脳に深刻なダメージを受けてしまったわけです。そんな悲劇に見舞われた彼女を、我らは救い、そして今や彼女は、セーラとなって蘇ったのです。そんな彼女の身の上に加え、セーラの演技力をもってすれば、逆に我らの政策を後押しさせることも可能でしょう」
「それはどうでしょう? むしろ地球への同情論が、勢いを増すだけではないですか?」
不満げにモーディが言った。
「そもそも『地球を滅ぼすべし』などという言葉が、セーラの口から飛び出すだけでも不自然だ……」
ふいに、ハーズが遮った。
「セーラは政治利用しない――」
評議員たちの反応など、意にもかける様子もない。彼らを
「それなら記者会見をすべきです」と、モーディは主張した。「これまでの経緯の説明と、その女のお
それは、どう転ぶか分からない、リスキーな賭けといってよかった。うんざりだと言わんばかりに、顔をしかめてハーズは言った。
「到達祭の初日がいいだろう。開幕の式典に出席することになっている。そのあとの記者会見がちょうどよい」
「明日午後の前夜祭ですね」と言って、ズールは表情を緩めた。「祭会場でする記者会見なら、それほど厳しいことにはならないでしょう」
「それがいい」と、皆が口々に言った。複雑でかつ結果の読めない事柄は、早く終わりにしたかった。それは、誰も同じだった。
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