行間を読むって、何ですか?(2)
尾崎幹部の部屋の前で、銀は黙って一枚のメモ用紙を渡してきました。
ちらりとそれを読みましたが、ちょっと書いてある意味が分かりませんでした。
銀がドアをノックすると、尾崎幹部の入室を許可する声が聞こえてきました。
中に入ると、来客用ソファ前のテーブルに、お菓子とお茶が並んでいます。
「こうやって女子同士で語り合うことも少ない故、少々ではあるがもてなしじゃ。楽にしておくれ」
尾崎幹部はにこやかに席を進めてくれました。
銀はニコニコとしながら「一緒に座りましょう」と小さな声で誘ってくれます。
銀、本当にいい子。…仕事のときはあんなに怖いのに。
甘みのある緑茶と、焼き菓子をいただきながら、少しの雑談をします。
そしていよいよ本題に入るようです。
「…して、どうじゃった?その本」
尾崎幹部はニコニコとしておられます。
「はい。本当にいい本をおすすめいただいて、読んだ後にもう一度読み直してしまいました。…いえ、三度ほど」
なんと、いつもは無口な銀が率先して口を開いたのです。あのかわいらしい声で。
しかも、少々早口です。興奮しているのでしょうか?
一巻を手に取り、ページを開く前にまず表紙のカラー絵から誉めるのです。
というか、装丁の紙の質から称賛するのです。
…漫画でしょ?紙の質とか、それ見るところなの?え?
「そして尾崎幹部、こちらはもしや、両口屋是清のお菓子でしたのでは?」
銀の言葉に、尾崎幹部が零れ落ちんばかりの笑顔で答えられます。
「そうなのじゃ。よく気づいてくれた。作中にも出てくるでのぉ。これは現在の店舗で定番とされている菓子じゃ。雰囲気を出すのにいいじゃろう?」
「はい。素朴なお味ですが、とてもおいしいです」
ね?樋口さん。という感じでこちらに視線を投げる銀。
…うん。おいしかったけど、話の中に出てくるお菓子って、これだったんだ…
「はい。昔ながらというか…はい。おいしいです」
どうしよう。なんか話が深すぎてついていけない感満載。。。どーしよ。
それから、尾崎幹部と銀は流れるように漫画の感想を語り合うのです。
やれ、文治さまに恋い焦がれる描写の細やかさが良いだの、姫子さんを見守る文治さまの視線が良いだの、二人を見守る周囲の人の様子が、それぞれの人物の背景も相まってこれまた良いのだとか…。
ストーリー自体にとどまらないのです。
なんですか?「コマ割りの
台詞のないページの雄弁さが身に染みるって、いったい何のことでしょうか?
普通、台詞ないページって、
そんな見るとこあります???
え?
私、この話に全くついていけてないんですけれどっ!
どーしたらいいんですかっ?せんぱぁーいっ!たすけて。。。
と、銀の指先が軽く私の膝をつつきます。
銀は尾崎幹部と話しながらも、私のポケットを指さすのです。
あぁ。あのメモ。
漫画を開くふりをしながら、そっとそのメモを読みます。
そのメモは、広津さんの字でした。
―――絵画を理解するには
そこには、尾崎幹部が好きそうなポイントを簡潔にまとめてあったのです。
先ほどはよくわからなかったのですが、なるほど、この人たちの会話を聞いていると、こういう視点で話に入っていけば、たぶん無難です。
「どうした?樋口」
尾崎幹部に声をかけられてしまいました。私も何かしらの感想を言わないと、ちょっとまずいです。どーしよう。。。
「あ。はい。なんか、…その。お二人の話を聞いていると、本当に好きなんだなぁって思いまして」
「うむ。こういう殺伐とした仕事をしていると、こういった心を洗われるような純粋な話がしみいるものでのぉ」
「清純。って日本語の最たるものですね」
「銀、お前はよくわかっておるのぉ」
日本語の最たる…なんなの?銀。それ。どーゆー称賛の仕方なの?
「気に入らぬか?…まぁ、人それぞれ好みがある故」
しまった。。。尾崎幹部に気取られた。。。
「いえいえ。そういうことではなくて。ですね。…えっと。。。」
ん~、、、樋口。がんばれっ!
先輩の顔に泥を塗るようなことをしてはダメだっ。
そんなだから、エ●ァが難解すぎて何やってるんだかわからないって言ってしまって、中也さんから呆れられたんだ。にげちゃだめだにげちゃだめだにげちゃだめだ…。
「あの、正直、私は少女漫画とか恋愛描写の類が苦手なのですが。この話にはその、主人公の少女の純粋な気持ちを、周囲の大人たちみんなが大切にしてあげている感じがいいなぁ。と思いまして。その、恋愛漫画特有の女子同士のどろどろ感がないのが安心して読めるというか」
「うんうん。そうじゃのぉ。わっちもそう思う」
…あ。好感触。。。
「それで、あの。…家同士で決められた婚姻で、お互いに逃れられないのならと、軍人の方が少女を守るためにいろいろと苦慮されている描写が、いいなぁ。と。しかも、少女に気取られぬように、少女の前では何もないような風にふるまわれているんですよね。それがまた」
ここで、銀と尾崎幹部が同意のため息を落とす。
「そーなのじゃ。そこがのぉ…」
「大人の男性のやさしさの最たるものです。この、父親とも、色恋の下心のある男とも違う、損得なしの、愛情といいますか」
「無償の愛。というやつじゃのぉ。」
「愛があふれてますよね。本当に純粋な愛です」
これを、
銀と尾崎幹部は手に手を取り合い、見つめ合ってうなずき合うのです。
先輩、すみません。
私、…女子じゃないです。多分。
―――
中也「芥川、樋口に言っとけ。オレが今度、なんかうまいもん食わせてやるって(涙をぬぐう…)」
芥川「中也さん、…その前に、銀をどうにかしてください。(両手で頭を抱える)」
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