行間を読むって、何ですか?(1)

樋口です。

先日、先輩から三冊ほどの漫画を手渡されました。

先輩から、本を手渡されたんです。。うれしいです!その場で三冊とも抱きしめてしまいました。あぁ。先輩の手のぬくもりがこの本から消えてしまわぬうちにっ!私に抱きとめさせてっ!


そして先輩は言うのです。

「その漫画を熟読した後、尾崎幹部の招集に応じるように」と。


一体どういうことなのかわからなかったのですが、今日の残りの雑務は明日に回してもいいから。という異例の指示でしたので、きっとこの漫画に何かあるに違いないと思い、さっそく読むことにしました。


…なんのことはない、恋愛をテーマにした漫画でした。

というか、大正ロマンといいますか。小学生女児と、私より年上の軍人将校との恋愛。…っていうか、このシチュエーション、何?つまるところ、かっこいい軍人さんの許嫁となった良家のお嬢様が、「このお方、すてき」とあこがれているだけのお話です。


なんのことはありません。この流れだと、「少女の成長記」のような感じです。

なにしろ、連載期間2年半ほどの間で進んだ作中期間はたった3、4か月。かなりスローペースな漫画です。

そして取り立てた事件が起こるわけでもなく。主人公の少女が軍人の一挙手一投足にドキドキしていく様を細かく描きつづられているだけです。


私は漫画と言えば、少年誌、青年誌によくあるアクション系を中心に読むタイプですので、正直少女漫画は苦手な部類です。恋愛系の女子の駆け引きが複雑に絡み合い…みたいなのはめんどくさくて途中で読むのをやめてしまうタイプです。


そういうわけで。その三冊はさらっと読み終えてしまったわけです。


…しかし、ここで気が付きました。

先輩が。先輩がこの本を私に手渡された。ということは、です。



先輩も。この漫画をお読みになったわけですっ!

先輩も読んだんです。この漫画を。この意味、ですっ!


先輩がこの漫画の、たとえば「恋焦がれる少女が愛おしい」と感じられたのだとしたらっ!私もこの少女のように、恋焦がれる様子を時折先輩にお見せしたりすれば、きっと私の想いに気づいてくださるかもしれないっ!

そうでなくても、この漫画の感想を言い合えたりしたら、お互いの共感できる部分を共有できたりすればっ!


チャンスですっ!「樋口。この後、茶でも飲みながらゆっくり話をするか?」なんてお誘いがっ!お誘いが来るかもしれませんっ!

ふわぁぁぁぁぁぁ~。それってすっごい、いいっ!どうしよう。お誘いされたらどこに行ったらいいんだろう?お店探しておこうかな…。


ぢゃない。落ち着け、樋口一葉。中也さんにも言われてるでしょう?

手前てめえはもう少し落ち着いたらどうだ?って。


うん。うん。落ち着け、おちつけ。

とにかく、最初は先輩にこの漫画の感想を述べに行こう。うん、話はそれからだ。


さっそく、三冊の本を胸に抱きながら、先輩の部屋のドアをノックしました。


もう読み終えた。と申し上げましたら、先輩は口元を右手で隠され、小さく「早いな」と言葉を漏らされました。…表情はやや険しいです。

「…すみません。私、漫画読むの早いって、よく言われるもので…ダメでしたか?」

「いや。そういうわけではない。気にするな」

そういいつつ、先輩の渋い表情は変わりません。

「それで、…尾崎幹部の招集というのは…」

「あぁ、それはだな。銀も招集を受けているはずだ。そのうちここに来るから、一緒に尾崎幹部のところに行くといい」

「はい」


…会話が止まってしまった。先輩の右手は、まだ口元から離れない。

どうしよう?


「あの、先輩もこの漫画、読まれたんですか?」

「ん?…あぁ。読んだ」

「どうでした?…私、正直少女漫画とかちょっと苦手で」

「えっ?!」

なぜか、先輩が驚いた表情をする。…少女漫画好きそうな感じでも、醸し出していたかな?…だとしたら、私にも『女子』の空気感があったというわけかも。うれしい(にこっ)


「はい。その、アクションものとかのほうが好きで。バトルものっていうんですか?こう…かっこいい系が」

「…じ、じゃあ。その…なんだ。あまり良さとか、わからなかったとか…」

「あー。でも、かわいらしいですよね。この姫子さん、って女の子。大人の男の人に恋い焦がれる感じが。先輩はどうでした?」

「…え?」

「読まれたんですよね?」

「読んだが…え?樋口。お前の感想、それだけ?」

「…はい。話の進みが遅いなぁ。とか。その分きっと、いろいろ書き込みたかったんですかねぇ?私、ストーリーだけ読めればいいので」


その瞬間、先輩が深いため息とともに、両手で頭を抱え込んでしまわれました。


「…え?先輩っ?どうされました?大丈夫ですか?」

「いや…やつがれは大丈夫だ。…お前が心配なだけだ」

「え?」


どういう意味かと聞こうとしたところで、ノックの音がそれを遮りました。


「失礼します。尾崎幹部から、お呼びがかかりましたので、行ってまいります」

銀だった。

「…あ、あぁ。ご苦労。銀、樋口も連れていってやってくれ」

先輩は、複雑な視線で私と銀を送り出しました。

というか、悲壮な顔してました。…え?なんなんですか?これ。


(続く)






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