広津 萎える

銀です。

先日、兄が人虎との「殺さずの誓い」を果たすべく、任務中でも標的を殺さずに対処していることにストレスをためている様子を相談したところ、広津さんから「ストレス発散なら、植物を育ててみては?」と忠告を受けました。

結局、兄に植物を育てさせることはあきらめたのですが、私自身が興味を抱いたもので後日「育てやすい植物は何でしょう?」とお聞きしたところ、少々渋い表情になられ、黙ってしまわれました。

視線が少し遠くの空に飛び、おそらく無意識であったと思われますが、右手でご自身の顎鬚あごひげを撫でておられました。

私は黙ってその様子を見守っておりましたが、そのうち、広津さんはゆっくりと私に視線を戻しておっしゃいました。


「…やはり、朝顔はどうだろう?」


小学校で一番最初に育てる植物の定番でもある朝顔は、ある程度育てやすいし、咲けば花もきれいだから。とおっしゃるのです。


たしかに、夏の暑くなりきる前の早朝に緑生い茂る葉の隙間から覗く、さわやかな色合いの花は気分も軽やかにしてくれます。

ふと、朝顔を育てたことがありますか?何に注意すれば、植物などと縁のない私でも花を咲かせられるでしょう?とお聞きしたところ、再び渋い顔になりはしたものの、一つため息をついてから、このようなお話を聞かせてくださいました。


―――あれは、まだ銀も芥川君もポートマフィアに入る前の頃の話。

ある夏に偶然「朝顔の展示会」に通りかかった。

ずいぶんと大輪の朝顔が咲いており、よく見る長く茂ったつるにいくつもの花を咲かせる朝顔とはまた違ったものであった。

ふとその朝顔を自分でも育ててみたくなり、展示会の参加者に声をかけたところ、育て方のアドバイスを快く教えてくれたばかりか、種まで分けてもらえた。


そして次の年になり、私は大輪の朝顔を咲かすべく、もらった種から育てることにした。


朝顔というものは、大輪を咲かせようとすると奥が深いもので、

まず咲かせる朝顔の種類ごとに性質が異なることから、育て方にもそれぞれにコツがある。

そして種をまく前の土づくりから細心の注意を払って肥料と土のバランスを保つ必要があった。

種まきのときなど、種に傷をつけ、土に熱湯をかけ、土の温度を発芽に適した環境に整えるところから始めるという、序盤からすでに過酷なものであった。

…いや、銀。普通の朝顔ならばそこまでの事をしなくてもいいのだから、そんな青ざめた顔をする必要はない。これは、私がこだわりの朝顔を咲かせようとした時の体験談なのだから。


種をまいた後の発芽までの期間、土の温度を確認し、発芽に適した環境を維持しつつ見守らなくてはならず、芽が出て双葉が開いたら植え替えをし、水やりのタイミングの見極めやら、日光が均等に葉にあたるよう向きを変えたりと、これまた世話がかかった。

ある程度育ったところで、再び植え替えをし、今度は摘芯をする。これは怠るどころか、切る場所を間違えた時点で致命傷となる。あれにはずいぶんと神経を使った。

ちょうど梅雨時期と重なり、水を与えすぎてもいけないので、雨の予報は常に把握しなくてはならなかった。ニュースやラジオの天気予報ばかり気にしていたら、太宰君からずいぶんと怪しまれてしまったものだ。


そしてやっと、最初の花が咲いた。それはそれはうれしかったものだ。

最初の花が終わると次の花が咲き、それが大輪となる。それまでの努力が報われたうれしさも相まって、毎朝の水やりがたまらなく楽しかったものだ。花が咲き始めたら、水は十分に与える必要があったものでね。…深夜に襲撃の命令を受けたときなどは、朝、太陽が昇りきる前に仕事を終えたかったものだから、最速で敵を仕留めていたものだ。


そのころ、新聞配達のオヤジが声をかけてきた。ずいぶんと朝顔をほめてくれたものだった。あれはうれしかった。


中也君からの飲みの誘いも何度かお断りしたものだ。「聞いてくれよ、広津。まーた太宰のやつがサァ…」とろくに飲んでないのに絡まれる。それに付き合う暇があったら、さっさと帰って朝顔の様子を確認したくてたまらなかったものでね。


新聞配達のオヤジは、朝顔が咲いているのを見かけたときには必ず、その咲きっぷりを誉めてくれるようになっていたよ。


次の年。その年はマフィア内部でもいろいろとあり…いそがしかったのだが、やはり去年のように朝顔を育てたい気持ちはあった。

だが、あの細心の注意を払った上での育成はなかなか難しいとあきらめて、普通の朝顔を育てることにした。…そう、ただ鉢に土を入れて、少々の肥料をやり、切り込みを入れた種を入れ、毎日水を上げる。それだけのお世話だ。それでちゃんと花が咲く。かわいらしい色とりどりの花が毎日咲くのを見るのも楽しかった。


だが、その時に新聞配達のオヤジに言われたのだ。


なんだ。今年は普通か。去年はあんなに立派な朝顔だったのにねぇ。…とな。




まぁ、なんだ。

毎年毎年全力を傾けて最高峰の品質を保つというのは、それ相応に思い入れが強くないとできないことでな。

自分でもわかっていて諦めたはずだったのだが、他人からあーもあからさまに


「クオリティ下がったな」って言われると、

もう何を育てても去年の朝顔に比べられてしまうのだな。と思って、



育てるのをやめたのだ。―――





その話を聞いて、とてもいたたまれない気持ちになってしまったのですが、それでも広津さんは「他人が育てた花を眺めるのは好きだから、朝顔が咲いたら教えてほしい」と言ってくださいました。

とてもいい方なのですが、やはり「やるからには極めたい」という気持ちを強く持たれた方だと、気分が萎えたときの反動が「無」になってしまうのは…なんというか、もったいないというか…


今度、新聞配達のオヤジを見かけたら、立原と一緒に一発殴っておきたいと思いました。



中也「…殴るのはやめとけ。ただの通り魔事件になる。


(あー、思い出した。飲み会で珍しく荒れてんなぁって思ったら、おもむろに落椿発動して『この世の朝顔をすべて殲滅したい』とか呟いてた…危なかったなぁ。あれ…)」

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