姐さん 浸る

ある日の紅葉執務室にて。


物憂げな表情で来客用ソファに身を沈め、見るともなしに斜め上辺りに視線を泳がせている姐さんに声をかける。


「…そろそろ、会議の時間なんですが」

「うん。…わかった」


また鬱アニメでもつかんだか?とも思ったが、ちょっと様子が違う。

「なんかありました?」

「あった。」

「どうしました?」


すると、姐さんはこちらの目にしっかりと視線を合わせてから、はっきりと言った。




「きゅんきゅん」





・・・。



え?





「きゅんきゅん。って、

このことなんじゃな」



いや。ちょっと何言ってるのかわからない。





とうとい」





いや。あの。…なんなの?その、なんか、真実をつかみました的な表情は。

なに?何の異能に絡まれたの?太宰?あいつにまたなんかされた?

なんの罠?え?



一人取り残されたこちらなどかまう様子もなく、すっ。と立ち上がった姐さんはつらつらとしゃべりだした。


「昨今、若いおなごたちがそろってきゅんきゅんだの尊いだのと言っている意味がさっぱり分からなかったのじゃが、これを読んでその意味が分かった。」



そう言いながら、しなやかな手つきで本を手渡される。





「きゅんきゅんも、尊いも



この話のために準備された日本語じゃ」





…なに?その最上級の賛辞。




手元の三冊の本を、黙ってじっと見る。




「煙と蜜」





帯にこんな単語が踊っている。


「十二歳と三十歳 許嫁いいなずけ




そして、つい口をついて言ってしまった。



「…なんだ。首領ボスのことですか」



殺気を感じた瞬間にはもう、そこに姐さんの異能がいた。





「…や。姐さんちょっと。…ちょっと待ってっ!」

「黙れ。この純粋極まる愛情を惜しみ無く表現しきった名作を、あのような変態と一緒にしたお前が悪い。そこに直れ」

「いや、ごめんなさい。だって内容知らないし…って。あの、ごめんなさい、ご…」




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