好きだと思ったから…

樋口です。

先日、芥川先輩と居酒屋でご飯を食べていたところ…

え?先輩と二人っきりで?そんな。赤ちょうちんであっても、二人きりでなんて行ったら、私の鼻の穴から赤い液体がだだ洩れしてしまって食事どころじゃなくなってしまいます。…つまるところ、黒蜥蜴くろとかげの連中も一緒だったわけです。ちっ。。。


話を戻します。

居酒屋に行ったところ、誰が頼んだのか、「ほっけ」が出てきました。

えぇ。そうです。居酒屋定番メニューの、ほっけの開きを焼いたやつです。

先輩の様子を見ていると…え?そりゃそうですよ。先輩の食生活を見守るのも、私の仕事です。食が体を作るっていうじゃないですか。先輩にはお体をご自愛していただきたいので、せめて首領ボスからの停戦命令が発動されている今ぐらいは、おいしいものをゆっくりと召し上がっていただきたいのです。


で。先輩の様子を見ていましたら、銀が箸をつけ、小さな声で「おいしい」といったのを確かめてから、ちょん。。と箸先にのる程度の身をとり、お口に運ばれたのです。

少ししてから、再び箸をのばされて、今度は先ほどより少し多めに身を取って食べ、さらにまた少し多めに…と、だいぶ気に入られたご様子でした。

添えられていた大根おろしものせて食べられていたところまで確認してから、


「ほっけ。お好きなんですか?」と先輩にお聞きしましたら。


先輩はほっけを食べたのが今日が初めてだそうで、思っていたよりもおいしかった。とご感想を述べられたのです。


それを聞いていた広津さんが、またウンチクを話し始めたわけですが…やれ「しまほっけ」だの「真ほっけ」だの「根ほっけ」だのと種類があるらしく、立原などは酔っぱらって「じいさんのウンチクなげぇよ」などと茶々を入れるものの、先輩は至極真面目な顔をしてうなづきながら聞いておられたのです。

なんて素敵な方なんでしょう。さすが先輩です。

広津さんもご気分よく語られて、今度魚料理がうまい店に行きましょうなどと二人で盛り上がっているわけです。そこに私も入れてほしかったのですが、何せただ黙って二人の会話を聞いていただけの私がそこに立ち入ることもできません。「広津さん、私も誘ってください」光線を眼球から懸命に送っているにもかかわらず、一向にこちらの様子に気づいてはいただけないのです。さみしい…。


そんなこんなで、酒も進み、夜も更け、話題も移り変わり、店を出る頃にはほっけの話などどこかへ行ってしまっていたのですが、私は先輩に、よりおいしいほっけを食べてほしい。そしていつか「樋口、お前もほっけのうまい店に行くか?」と誘ってほしい。いや、なんなら、ほっけじゃなくてもいいんです。どんな理由でもいいから、先輩からのお誘いが欲しい!


なので、探しました。ほっけ。えぇ、ネットで。広津さんが言ってた「根ほっけ」ってやつです。

でもなんと。開きが一枚、送料込みで4000円強!

…なんということでしょう。お中元とかお歳暮レベルの贈り物です。

4000円以上するのに、送られてくるのが「ほっけ」…


あれ?これ、贈り物としてアリ、なんですか?

おかしいな。でも、先輩にはおいしく食べていただきたい…。


そうだ!自宅に送ってもらって、私が焼いて、先輩にお持ちすればいいんだっ!


なので、買いました。4000円のほっけ。大枚はたいて買いました。頑張って買いました。…でも、届いてから同居する妹に言われました。

「お姉ちゃん。これ、でかすぎて、ウチのグリルに入らないよ?」

そうです。妹と二人暮らしで三ツ口のガスコンロがあるとはいえ、グリルについてはそこまで大きくはなく…でも、芥川先輩にはせっかくだからこの大きなサイズ感を体感していただきながら食べてもらいたいのです!

妹に泣きつきましたが、「できないものはできないでしょっ!」と怒られ、せっかくの特大サイズ根ほっけは、妹の包丁で無残にもカットされてしまい、そのままグリルに放り込まれたのです。


結果、妹が程よい加減でほっけを焼いてくれました。

大根おろしも作ってくれました。しかも、猫の形に。かわいいです。

大きめのお皿に、かわいく盛り付けてくれました。猫がお魚食べてるみたいに。

私がキャーキャー言いながらスマホで撮影している間に、文句も言わず、魚の油で汚れたグリルを洗ってくれているのです。

「すぐに洗わないと、いつまでたっても魚の匂いが部屋から消えない」といいながら、二度目の洗剤をつけて洗うのです。妹よ、お前はえらい。


「いいからお姉ちゃん。それ持ってってよ。」

なんてできた妹でしょう。私はその大き目のお皿をかわいらしい花柄の風呂敷(妹私物)に包み、妹に手を振りながら家を出たのです。


銀にはすでに探りを入れてありました。

最近の銀と先輩は、兄妹水入らずで夕食を共にすることがあると。

そして、今夜の食事のメニューはまだ決まっていないと。


チャンスです!銀の携帯に連絡し、「おいしいほっけが届いたけれども、妹と二人では食べきれないからお裾分けがしたい」と申し出ます。

少しの間があり、か細くかわいらしい声で「少々お待ちください」と言われ、しばし待っていると、「これから受け取りにまいります」との申し出。

いやいや、ちょうどほかにも用事があるから外に出ている。場所さえ教えてもらえれば先輩のお宅…いやいや、銀の自宅かもしれないが…どちらにしても、持っていくから気にしないでくれと返答いたしました。


そう。場所を教えてくれればいいんです。先輩のご自宅の。

っつーか、知りたいんです。教えて。銀。


…という心の声が口から出てくることはなく。

携帯の向こう側の沈黙を待つことしばし。

「それでは…」と、とあるコンビニを指定されました。

そこなら秒で行けるっ!ってか、そこが先輩の行きつけ?

はやる気持ちを抑え、了承の返答をすると、通話が切れます。


うきうきワクワクしながらも、手にあるお皿を傾けてはいけないと、細心の注意を払いながらコンビニに向かいます。


い…いたぁぁぁぁっ!芥川先輩っ!

先輩っ!私服っ!私服の先輩っ!めっちゃかっこいい!

はぁぁぁぁぁぁぁっ!先輩っ!


え?語彙力って何ですか?知りません、そんなもの。

そんなことより、もう、目の前がキラキラしてきました。

お花が舞っているようです。先輩。ステキ。素敵すぎます。


だがしかし。私が手に持っているのは、焼き立てほやほやのほっけです。

ラップをしてあっても、焼き魚の豊潤なにおいが風呂敷の隙間から漂ってくるのです。


そんな女子がコンビニ前で目を輝かせてうきうきしている。…えぇ。奇妙な光景であることは冷静になれば私にも理解ができます。冷静になれれば。


芥川先輩の前で理性を保っていられる女性に、私はなりたい。(ここまで0.5秒)


「芥川先輩。おつかれさまです。」

「あぁ、樋口。銀から聞いた。ほっけは、、、それか?」

先輩はいつも通り冷静で、スマートに聞いてくださいます。

「はいっ!そうなんです。大根おろしもついてます!よかったらどうぞ!」


風呂敷包みの結び目を両手で持って、先輩に向かって差し出します。

先輩はややあってから「…ぁ。。。ありがたくいただくとしよう」と一言言ってくださり、受け取ってくれました。きゃっ。


「皿は明日、洗って返す」

先輩はそう言って去って行かれます。

ついていきたい気持ちを抑えつつ、その後姿を見送りました。



翌日「うまかった」と丁寧に洗われたお皿と、きれいにたたまれた風呂敷を、かわいらしい厚手の紙袋に入れて返してくれた先輩が輝いて見えました。

もう素敵です。本当に素敵。


そして私は、三日後にまた銀に連絡し、ほっけを持っていきました。

その二日後にも、持っていこうとしました。

妹に「一度ならまだしも週3はおかしいでしょっ」と怒られ、芥川先輩には「くどいっ」と怒鳴られました。


だって、…ほっけが好きになったみたいだったから、がんばったのに…。

今現在、樋口姉妹の冷凍庫には、買ってしまった三回目の通販のほっけの開き、3枚分が眠っております。



―――樋口家妹、談話


「一度ならともかく、二度目も私に魚焼かせた上に、グリル掃除も手伝わない脳内お花畑が。週三でほっけ焼かすってどーゆーこと?っつーか、それで男が落ちるわけない。それで落ちた男が義兄になるのもイヤ。しばらくほっけ、見たくない。…ってかちょっとっ!この冷凍庫の中、何?今度コストコ行くから冷凍庫空けといてってあれほどっ!ちょっとお姉ちゃんっ!聞いてるっ?!」




―――銀、談話


「ほっけは確かにおいしかったのですが…週三は、ちょっと…他のおかずも、食べたいですし…白い猫の大根おろし見るたびに、兄の機嫌がちょっと悪くなったりとか…人虎を思い出すとかで。…えぇ。お醤油で模様をつけて『三毛猫です』って誤魔化してました。形はとてもかわいらしいんですよ。とても」

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