第5話 エルメティア先生

 夕方になり、洗濯物を取り込んでいるメイドを眺めつつ、ふと空を見上げていると何やらこちらに向かってくるものが見えた。


「あれ、なんだろう?」


 と言っていると、それはこちらに飛んできて降りてくる。そして、近くに人が降り立った。メガネをかけた、緑色の髪をした女性だ。耳が尖っているため人間ではないのかもしれない。


「お庭に失礼して申し訳ありません。私、本日よりホムラ・レーミング様の教師をさせて頂くためにやって来ました。国家魔法使い筆頭、エルメティア・ルターショアと申します」


 一度綺麗なお辞儀をしてから、スチャっとメガネを押し上げながら言ってくる。

 メガネ美人キタァ!と心の中で、ホムラが叫ぶ。これは、魔法の勉強に力が入りそうだ。


「は、初めまして!ホムラ・レーミングです。これからよろしくお願いします!」


 若干緊張しながらホムラが挨拶する。なんだか、ワクワクの毎日が始まりそうな予感だ。


「ご案内します、エルメティア様。こちらにどうぞ」


 洗濯を中断したメイドが、エルメティアに声をかけ案内する。


「ホムラ様は、5歳だとか。しっかりしていらっしゃいますね」


「いやぁ、それほどでもないですよぉ〜」


 ホムラは嬉しそうに頭を掻きながらメイドとエルメティアに付いていく。





「まさか、引き受けて下さるとは思わず手紙が来た時は驚きましたよ。本当にありがとうございます」


 応接室にて、自分の隣に座る父がエルメティアに感謝を告げる。彼女に習えるのはかなり栄誉なことな様だ。


「いえ、ローレイラ様にお声がけ頂いたこと嬉しく思います。どこまで力が及ぶかわかりませんが、全力を尽くすことをお約束します」


 これから魔法を使うためにどんな練習をするのか楽しみにしていると、エルメティアがこちらをジッと見ていた。


「?」


 そんなにジッと見るもんかね?と思っていると、エルメティアが言葉を発する。


「早速ですが、魔法を使える様になるための練習をしていきますね。庭をお借りしたいと思います」


「ああ、よろしく頼む。ホムラ、エルメティア殿の言うことを良く聞くんだぞ?」


「はい、父様!優秀な魔法使いを目指します」


 とホムラは答えるのだった。





「それでは、魔法について説明を始めましょうか。ホムラ君は、魔法のスキルを持っていますが、実際に使ったりはしましたか?」


「先生、それが発動しません!」


 小学校にでもありそうな椅子に座っているホムラは、真っ直ぐに手を上げて答える。

 早速魔法を使ってやろうとメイドの目を見計らって使おうとした時があったが発動しなかった。家には魔法の本もないため原因を知ることも出来なかったのだ。子供が魔法の質問をするのも怪しまれるかもだからね。



「ふふ、少し意地の悪い質問だったかもですね。魔法というのは、身体を流れる魔力を感知、操り、外に放出しなければなりません。まずは、魔力の感知から始めていきますよ」


 単純に魔法を唱えれば良いというわけではない様だ。原理を理解できなければ、使えない仕組みらしい。


「感知って、どれくらいの時間がかかるんですか?」


「そうですね、感知自体にはそこまで時間は掛からないので今日にでも出来る可能性もあります。出来なくても、才能がないなんてことはありません。歴史に残る優秀な者でもかなりの時間を掛けて魔力感知を行った者もいますので」


 出来なかった時の不安を解消してくれるコメントはありがたい。出来れば早く魔法を使ってみたいのですぐにでも習得したいものだが。



「うーむ……さっぱりわからん」


 ホムラが唸りながら言う。魔力を感知するために目を閉じて集中しているのだが、それらしいものが見つからない。


「最初はそんなものです。焦り、動揺で魔力は大きく揺らぎます。波の立たない湖の様に心を落ち着けて……」


 エルメティアの声を聞きながら、意識を集中させていく。



 心地よい風を感じる。鳥の鳴き声が空から聞こえる。徐々に身体が自然と一体化していく様な感覚だ。


 トクントクンと自らの心臓の音が聞こえ……全身をめぐる血の流れを感じ……


 さらには何かこれまで感じたことのないものを感じようとしていた。身体の奥底に眠るものに触れようとした瞬間……


「フガっ!」


 椅子から転げ落ちそうになってどうにか踏みとどまる。よく見ると口からは、涎が垂れていた。


「おっと!起きましたか」


 思ったよりも目の前にエルメティアが立っていた。ジッとこちらの顔を覗き込んでいる。


「あれっ?魔力を見つけた気がしたんだけど……」


「ふふっ、見た限りもう一度やれば感知出来るでしょうね。涎を拭いてあげますよ」


 ポケットからハンカチを取り出したエルメティアが口元を拭いてくれる。なんだか恥ずかしさを感じる。


 これで良し、と言いながらハンカチを仕舞っていた。


 まさか寝てしまうとは思わなかった。ワクワクして昼寝をしていなかったので、眠気に負けてしまった様だ。子供の身体は不便だな……なんて思うが、そういうものだと諦める。



「まもなく夕食で御座います。お部屋へいらして下さい」


 メイドがやって来て伝えてくる。いつの間にか日が沈んで暗くなり始めていたことに気づいた。


「のんびりとやっていきましょう。さあ、しっかりご飯を食べて明日からも頑張りますよ」


「はい、先生」


 エルメティアに答えて、夕飯に向かうのだった。

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