第5話 昼食は桜色

「母さん、姫草さんって覚えてる?福島の」



 翌朝、忙しなく朝食の準備をする母の背に瑠衣は尋ねてみた。


「ひめく・・・あぁ、パパの家の」


 割かし年を食っているはずなのにヤンママのような肌の浅黒さと奇抜な金髪をまとう母は興味なさそうにフライパンを振っている。


「どうしてまた急にそんなこと」

「実はさ、高校でまた会ったんだよね」

「珍しいこともあるね」

「しかもこの辺りに住んでるんだって」

「ふーん、お父さんとって言ってた?」

 手際よく盛り付けられるスクランブルエッグとベーコン。

 白い食器を運んでと渡されたのでそれを持ち席に着く。

 たっぷりの黒胡椒とケチャップをかけたら完成だ。


「いや、何も聞いてない」

 僕は朝食に手を伸ばし母は一仕事終えたかのように緑茶を啜りながらテレビを眺め始めた。

 ワイドショーに映ってるのは母の友人らしく、「ほら愛美映ってるよ」と画面に指差した。


 そんなことはどうでもよくて、姫草家について追及する。


「いやね、あそこのお家も複雑みたいだったから」

「そうなの?離婚とか?」

「うーん、似たようなモノかな。昔はごたついてたからねあそこ」

「それで田舎のおばあちゃん家に預けられてたみたい」

「中学に上がる時かな?東京に戻ったっていうのは聞いたけどそれっきりー」

 母から話を聞き大変だったんだなぁと思う。


「そろそろ行かないとじゃない?」

「あっ、うんごちそうさま」

「はいお弁当」

「うん」

 ズッシリと重量感ある四角い箱が渡される。


「じゃあ行ってくるね」

「うん、気をつけて」


 母に別れの挨拶を告げ登校の準備をする。



 今日はどんな一日が待っているのだろうか?



 ♦♦♦♦



「おねーちゃん、起きてー」ユサユサ

「あと30分~」



 一方こちらは姫草家。

 いつも通り姉の紗百合は起床時間ギリギリまでベッドに潜っている。

 妹の身としては慌ただしくならないように早く起きてほしいのだが。


「・・・グー」


「寝るなー!!」


 こんな感じに、学校での方正さは家では皆無になる模様。



「・・・っ今日るいるいに会えるかもしれないよ」


「!?」ガバ



 その言葉にスイッチが入ったかのように起き上がる紗百合。


(分かりやすいなー)

 悲しいかな、自分の呼びかけより想い人の名前を出した途端に反応するんだからなんだかなぁ。


「先化粧しちゃうね!」

「顔洗ってね、歯もね」

「うん!」

 寝起きを駆け抜けドンドンといった騒音がマンションの一室に響き渡る。


『お父さんどいて!』

 化粧なんてしなくても美人な彼女だが、それを身に纏うことによりもっと美しくなれるし、外への格好に切り替えられるから毎朝欠かさない。

 誰だって外見はよく見られたいものだ。


「全く・・・」

 姉の部屋で呆れるように息を吐く柚乃。


「・・・」ボスンッ



 スゥー・・・



 しかし彼女も彼女でまぁ外では見せられない朝の回復呼吸があるから、呆れるなんてナニサマというお話。

 目一杯サユリニウムを補給し気合を入れる。


 彼に会っても、自分が乱されないように。


 ♦♦♦♦


「おはよ」


「おはよう!」


 教室に着くともう瑠衣がいる。


「おはよーすっ!」

「よっす!今日も髪型カッコいいね!」

「あそう?そういう姫草もショートヘア似合うよな、着こなしもお洒落だし」

「そう、ありがと!」

 相変わらず無自覚に愛想を振りまいていく柚乃。

 ほら坂本の顔を見ろよ、口角が垂れそうだからあんなに力を入れて喋ってる、アレはもう強張るとかのレベルじゃなくて仮面だ。


「ふぅ、今日もあったかいね」

 彼女はカバンを机の横に掛け一番上に羽織っていた薄手のパーカーを脱ぐ。


(いやーいいですな)

 ボーイッシュキャラがブレザーの上に黒のパーカーを着るのはなんだか侘び寂を感じる。

 また他の女子と見比べても規格外なその胸に乗る赤のタイの淫靡さよ。



 純粋で無垢だからこそ生み出せる最大限のエロス。



 柚乃はブレザーも両手で胸元から広げるように脱ぐがおぉもう。

 むわっと脇下部分から女子特有のオーラが広がり辺りを楽園へと誘う。

 一部の男子はわざわざ血走った眼で柚乃を盗み見ており、朝からいいもの拝謁したと満足そうに口の端が吊り上がっている。


「んっ、何?」

 彼女は一息ついた流し目でこちらの視線に気づくも、僕はふいと黒板に目を移す。


 昨日の反応が可愛すぎて、どう対応すればいいか分からないのだ。


(クーデレキャラだと思ってたのに)

 蓋を開ければ素直なツンデレで帰り際キュンキュンしっぱなしだった。


 の割には送った連絡も既読だけつけて放置だし、なんとも言えないモヤモヤに苦しめられたなぁ。



「ホームルーム始めるぞー」

 そんなこんなで担任教師もやってきて、いよいよ本格的な高校生活が始まる。

 実は勉強は得意な方なので、クラスの連中にはぎゃふんと言わせたいところ。


(よーしっ!)

 俄然やる気になる瑠衣は表情を崩さず自分にエールを送った。



 なんてったって、高校生なんだから!



 ♦♦♦♦


「ふぅ」

 長かった50×4の授業も終わり昼休憩。

 今のところ中学の復習といった感じで壁にブチ当たったりはしていないが、疲れた。


「ねぇ瑠衣くん、お昼屋上行かない?」

 隣の柚乃に誘われる。


「あーそうだねぇ」

 彼女といれるのは吝かではないし素直にうんと頷くと、



「ひーめくささん!」



「わっ」

 狙い澄ましたかのように別グループの女子が柚乃に接近する。


「一緒にお昼、どうかな!」

 その三人組の中には見知った顔もあり、僕は気まずくなった。


「いいけど、彼も一緒でいい?」

「(え”)」

「もっちろん!じゃあ皆で行こー!」

 グループの中心であろうどこまでも続く青空のような女子はレッツゴーと手を挙げ廊下に躍り出ようとする。

 巻き込まれた瑠衣は坂本を見遣るが、彼は彼で別のグループの輪に入っていて気にもかけてくれないみたい。


(えええ~~~)


 女子四人に男一人、内一人は思いを寄せていた少女という気まずさ全開の構成で屋上に向かった。



「うわー!いい天気だねー!」



 やや音量上げ気味のリーダーが声高らかになるのも無理はない。

 四月の晴天は心地良い陽射しに照らされていて、清掃がよく行き届いた柵の段差や備えつけの長椅子に皆が腰掛け、和気藹々と弁当を囲んでいたからだ。


「ほんと、素晴らしいね」

 適度な乾いた風が女子達の潤った髪の一本一本を靡かせていて、特に咲穂の様子に目がいってしまう。


「んっ?」

「!」


 咲穂は瑠衣の視線に気が付いたのかスッと合わせ、動揺し目を逸らすシャイボーイに優しく微笑みかけた。



(やっぱ、可愛い)



 彼女を見ると胸がポカポカするし、同時に締め付けられるような気分になる。

 脳内に瞬く中学の思い出、懐かしんだってもう遅い。

 彼女は高柳彰吾の彼女なんだから。



 それなのに・・・、



「二宮くんとお昼食べるの、久々だね」



 空を仰ぐ三人にバレぬよう瑠衣の傍に寄り添うと、小声で耳打ちしてきた。


「ッッッ~~~!!!///」


 鼓膜を擽る忘れ難きカナリアヴォイス。

 昨日あんな場面を見られたというのに、彼氏がいる癖に告白してきた男にこんなことするなんて、



(卑怯だ)



「ねぇどこにしよっか!」

 シニヨン巻き巻きのリーダーが後ろを向いて尋ねてくるので顔色を必死に隠し向き合う。


「うーん、ちょうど向こうが空いてるしそこにしない?」

「そだねー!いこいこー!」

 ワハハと大口開けて笑う彼女は運動会で行進する小学生のように手を横柄に振り、ぞろぞろと僕達もついてゆく。



 グイッ



(んっ)



「しー」



(カッ・・・!!)



 咲穂は最小限の動きで僕の袖を引き振り向かせたらしいが、その可愛らしい仕草に胸打たれてしまった。


(僕を攻略しようとしてるのか・・・???)フルフル


 そして何事もなかったかのように前を向く彼女。

 昨日のアレでもしかしたらヤキモチが芽生えて、このような男を誑かす凶行に及んだのかもしれない。


(許せない・・・!)


 ならなんであの時あの告白を受けてくれなかったんだよと恨むが、だがそれでも!



(・・・嬉しいっ!!)



 例えフラれたとしても、男とは皆一様に、好きな女性には甘いのである。



「あっ、桜!」



 校庭に植えられた桜の木の最後の輝きが、春風に乗ってやってくる。





 少年はその一葉に願った。





 彼女が嫉妬して、もっと自分とイチャイチャしてくれないかな・・・と。





 ♦♦♦♦


 今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。

 ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。


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