第4話 慟哭

「えーと」



 前回のあらすじ。

 高校入学初日、放課後の美少女ボーイッシュ巨乳僕っ娘飴舐め舐め美少女は幼年期に僕のことを好きだったらしく、今は実の姉が好きとのことらしい。


 なんてあらすじにもなっていない出来事を脳内処理するが、残念ながら型落ちの脳みそは理解が追い付かない様子。



 なのでここは一つ一つを慎重に事を進めることに。



「どういう意味?」


「言葉通り」

「久しぶりに瑠衣くんと会っても変わってない気持ちに気付けた」

「でもそれ以上に、アタシと紗百合は二人で支え合って頑張ってきた」

「それで・・・彼女と姉妹以上の気持ちを見つけちゃったの」

 突き出されたキャンディは遂に僕の唇に触れ、グリグリと押し付けられる。

 ベタつくわざとらしいほどの甘い匂いが鼻先に波打ってきて、しょうがないからそれを咥えようとすると手を引かれてしまった。


「だからアタシ―――ぼくはるいるいじゃなくて、さゆりんをとる」


「誰にも渡したくない、例えそれが彼女の一途な想いに反したとしても」


 物凄い王子様的発言をした柚乃は冷たい眼差しのまま、瑠衣の呆けた顔に自身の顔を近づける。

 柚乃の視線は痛いくらいに瑠衣の瞳の奥に向けられていて、流石に周囲の人々も両者の異変に勘づいたよう。


「ねぇ瑠衣くん、悪いんだけどお姉ちゃんに色目使わないでね」


「あっ、アタシを好きになるのは構わないよ?」


 余裕綽々と呟いたあと、彼女は学校カバンを肩に掛け帰る支度をする。



「じゃあ、また明日ね―――」



 氷のような見返り美人。

 去り際の背中に僕は―――、





「待って!!」





 呼び止める。



「・・・なに?」



 不機嫌そうに振り返る柚乃。

 そりゃそうだ、今からカッコよく去ろうとしたのにまさか邪魔されるとは思っていなかっただろう。



「あのさ―――」



 瞬時に思考を巡らせた瑠衣は、一つの答えに辿り着く。





「てか・・・L〇NEやってる・・・???」





 瞬間、凍りつく室内。





 片隅のカップルは俯きながら肩を震わせ、テーブルに座る男性二人は両手で顔を覆い隠している。





「・・・やってる」





(((教えるんかい!!)))





 皆の心が一つになったところで、謎の学生は一階に下りていった。



(((なんだったんだよ!!)))



 馬鹿ップルのようなやりとりを見せられた人達は一呼吸置いたあと、



「「「はぁ~~~」」」



 盛大に溜息を漏らしたとさ。


 ♦♦♦♦


「普通さ、あんなとこであんなこと聞く?」


 結局二人で帰ることになってしまった。

 柚乃は先刻シリアスブレイカーの如くに立ち回った小さな巨人を軽蔑の眼差しで見下す。


「いや~でも僕の知ってる柚乃は、きっと優しいって思ったから」


 ヘラヘラと平気そうにそんなことを言われるもんだから、柚乃は舐めていたキャンディを噛み砕きふやけた棒の先端を奥歯で噛み締めた。


「そんなの、アタシが無視したら分かんなかったでしょ?」


「でもそうはならなかったでしょ?やっぱり柚乃はゆのゆのだったよ」


 あの夏の面影を残す少年の微笑みに解されそうになる氷結の心。


(そーいうとこ、ちっとも変ってない)


 太陽を思わす笑顔と振る舞いにどれだけ自分達が助けられたか、彼はきっと知らないだろうな。


「ねぇ柚乃」


「ん?」


「僕の前ではさ、自分のことって言いなよ」


「・・・はぁ!?」


 笑顔で鬼畜なことを言う。

 そういえばさっきは気にならなかったが、自分の一人称を過去から持ち出して伝えるのって滅茶苦茶恥ずかしい!


「絶っっっ対イヤ!!」


「いいじゃん、その方が似合ってるし、可愛いよ」


「かわっ!?」


 途端に血流が頭部に集中され赤面するゆのゆの。

 白く澄み切った素肌は桃のように艶やか染まり、林檎のように完熟した態度をとる。


「べっ、別に瑠衣くんにそんなこと言われても嬉しくないし、ぼくだなんて言ってあげないんだから!」


 住宅街に木霊するこてっこての叫び。

 属性がどんどん追加され宝石箱のように彼女を彩る。


「じ、じゃあアタシこっちだから、バイバイ!」


 照れ臭そうに退散する彼女の背に、


「あとで連絡するね~」


 と手を振る瑠衣。



 耳を塞ぎながらずんずんと帰路に就く柚乃なのであった。



 ♦♦♦♦



 カッカッカッ・・・



 夜の帳が舞い降りる午後6時。

 貞淑で清廉な副会長こと姫草紗百合は放課後の邂逅に想い馳せていた。


 歩く姿も気品に満ち溢れ優雅でいて繊細で、すれ違う誰もが目で追うような美少女。


 しかしその脳内は薔薇色に咲き乱れていた。



(だって、幼い頃の初恋の人間がまた目の前に現れたんですのよ?)



 これまで何度夢見たことか、早く彼に会いたいと願望が紗百合の歩行速度をドンドン上げる。



 今迄どんな風に生きてきたか?好きなもの嫌いなもの全部知りたい。


 だがしかし、もし話したとして、年月が自分達の関係を引き裂こうとしているのならば、それは怖い。


 彼、瑠衣の気持ちだってあるし恋人の一人や二人いるかもしれない。



 最早歩行ではない健脚は抑えきれない葛藤から逃げ出すように自宅へ向けられる。



 ガチャン!!



 大きく開かれたマンションのドア。

 玄関先に漂う夕食の香りの下へ靴を蹴り捨て向かう。

 跳ねるローファーがガンと鉄扉にぶつかるのもお構いなしだ。


「お帰り」


 スポーティーな薄手のキャミソールとハーフパンツに着替えた柚乃は台所の鍋物の味付けを確認しつつ飛び込んできた紗百合を見遣る。


「で!?」


 開口一番転び出た言葉はそれだった。


「・・・何?」


「瑠衣くん!!」


「あぁ、お姉ちゃんのこと覚えてないってさ。あと彼女いるって、序でに手も洗ってきて」


 あゝ無情。

 すんとした態度の妹から明かされた真実に紗百合の顔面は蒼白通り越し燃え尽きたように真っ白となり床にカバンを落とす。





「お”っ”――――――」





「お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”お”!!!」





 頭を抱え倒れ込む紗百合を邪魔くさそうに見下ろす柚乃。

 その顰めっ面からは敬意も何も感じられない。


「はいはい茶番はいいから、早く着替えてきてよ、もう夕飯だよ」

「―――られない」

「え?」

「シンジラレナーイ!!」

「ちょっと!暴れないでよ!」

 うねうねとミミズの如く体をくねらせ始めた。


「明日!柚乃のクラス行くから!」

「来なくていいしー、第一クラス違いますしー」

「嘘おっしゃい!」

 どうしても彼と会わせたくないように見える妹を睨みつけ、今日のところは見逃すのか自室に向かう子供っぽい姉。


「あっ!カバンっ!・・・まったく」

 家では外と振る舞いが180度変わる困った姉。

 そこが愛おしいのだが、同時に弱点になるだろうと柚乃は危惧していた。


「・・・まぁ無理だよね」

 スパイス香る鍋の中にぼぅっと目を落とす。

 これから自分達はどうなるのだろうと予想しても、きっとラブコメの鬼に笑われるだろう。


 ♦♦♦♦


 二人だけの夕食を済ませた姫草家。


 柚乃はしっかり後片付けをこなしているのに、紗百合はだらしなく股を開き腹を掻きスマホゲームの周回をしながらバラエティ番組を眺めている。


「ねぇ、お姉ちゃんはどうしてもるいるいに会いたいの?」


 キュッと水道の閉められる音に布の擦れる音、紗百合は一瞥もせず柚乃の言葉に耳を傾ける。


「・・・正直不安なところもあるわね」

「そっか、なら会わなくていいぢゃん」

 ボスンと横長のソファーに座る柚乃はそのまま姉の太ももに倒れ込んだ。


「重いんですけど」

「たまには甘えさせてよ」

「いつも甘えてるでしょ~」

 スマホ越しから仏頂面で妹の顔を見遣る。

 昔はもっと男の子っぽかったが、ある日突然姉を意識するようになったのか趣味や嗜好を変え始めた。

 自慢だが彼女は私に似てとても可愛い、自慢の妹。

 年々オタク趣味に傾倒する姉とは違い、今や彼女の方が立派な乙女。


 中学に上がり、実の父親と三人暮らししてもう三年近く、家事全般は彼女に任せっきりになっている。

 私自身にその素養がなく手伝っても足を引っ張るだけだし、妹が率先してやりたいって言うからずっと頼ってた。


「ねぇお姉ちゃん」

「んー?」

「・・・好きだよ」

「私もよ」

 眠たげな眼の下を指の関節で優しく撫でてあげる。

 柚乃は満足したかのように紗百合の太ももを枕にし、浅い寝息をかきながら眠ってしまった。



「ふふっ、かわいいっ!」

 姉は妹の寝顔を写真に収め、これまでの思い出をスクロールする。



 そしてある一枚の写真で指を止め、慈しむように眺めた。



 その三人が映る一枚は、いつまでも私の心を、あの楽しかった日々に帰してくれるから。



 ♦♦♦♦


 今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。

 ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。


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