第3話 あの日あの時あの場所で君達に出会った

「あの、もういい?」

「あっ、ごめん!」



 流石に不自由な片手が恥ずかしくなり柚乃に断りを入れる瑠衣。

 まさか高校入学初日から美少女に絡まれた挙句手を繋ぐだなんて、一週間前の自分に言っても信じないだろうな。


「それで、どこ行くの?」

「んー、取り敢えず瑠衣くんの家?」

「えっいきなり!?」

「うそうそじょーだん」

 てへぺろとわざとらしく蟀谷を小突く柚乃。

 彼女は嘘吐きというか、誤魔化す行為が好きなんだろう。


「瑠衣くんはどこ住み?」

 気が付けば近くなっている距離間に戸惑いつつ正直に答える。


「えっと、中目の方―――」

「えっ!?アタシも!」

「そうなんだ」

「全然会ったりしたことないよねぇ~」

 そりゃまあ会ったとしても面識がないのだから覚えているわけがない。

 いや待てよ?

 自分がこれだけ美少女なのだから覚えておけよという静かな脅しなのだろうか?


「ゆっても、アタシもお姉ちゃんも中学の時こっちに越してきたんだけど」

「そうなんだ、何処から?」

「・・・福島」

「へー」

 成程、東北出身なのか、その割には標準語が流暢だ。


「僕も昔はよく行ってたよ!」

「旅行とか?」

 春の空の下、柚乃と目黒川沿いを歩く凛久。

 道中夢中で話し込んだが俯瞰すれば青春の一ページに刻まれるような光景なんだろうな。



「んでどうしよっか?」

 彼女の方ばかり見ていたから気付かなかったが、駅前はすぐそこだ。


「んーこの辺りだとカラオケか、足伸ばして渋谷行くとか?」

「ならさ!最初はお茶でもしない!?」

「いいけど、あんまりオシャレなお店は詳しくない・・・」

 ここにきて男子の行動範囲が枷になる。


「ダイジョウブ!アタシについてきて!」

 先程から頼りになるなぁと尊敬の念を送りつつ追従する。

 往来には他の高校の生徒なのかカラフルな制服が波打って移動していた。


「この向こう!」

 大きなビルの裏にある小さな公園、そこに併設されたコーヒーショップ。

 彼女はここに来たかったみたいだ。


「雰囲気良いでしょ?」

「うん、よく通るけど知らなかったなぁ」

「早速注文しちゃおっか」

 柚乃は手慣れた様子でスタンダードなブレンドコーヒーを頼み受取口に移動する。

 次いで僕も注文をするが、値段の高さに目を疑った。


(480円て・・・)

 そもそもカフェ文化がない瑠衣にとって一杯200円以上のドリンクは高価な代物で、ましてやコーヒーだなんて・・・。


 しかしここで払うのを渋るわけにはいかなく、チラリと柚乃を見遣り泣く泣く財布から500円硬貨を取り出す。


(高校生はお金かかるよなぁ、母さんにお小遣い上げられないか頼むかぁ)


 お釣りを受け取り瑠衣も待つ。

 隣に立つ柚乃は少し眠たげに公園で遊ぶ子供達を眺め、こちらの視線に気づいたのか白い歯を見せニコッと笑った。


(おっふ)


 美少女とはどうしてこう、分かっておられるのだろう?


 ♦♦♦♦


「付き合ってくれてありがとね」

「いや別に」

 コーヒーショップの二階は少人数が座れる席があり、僕と柚乃は横並びのカウンターに腰掛ける。


「ねぇ、どうしてわざわざ僕を誘ったの??」


 マグカップの温かさを両手で味わう彼女に直接的に尋ねてみる。



「・・・瑠衣くんは、運命とか信じてる?」



 深く濁った液体に目を落とす彼女は一分の冗談もなさそうに呟いた。


「え?」


「アタシはね、割と信じてる」


 コーヒーから立ち昇る湯気に鼻先を当て、しみじみと続けた。



「もしさ、何年も前に会ってたって言ったらどうする??」



「・・・えーっと」

 二宮瑠衣は自身が覚えていない、異性と繋がりがありそうな記憶を探した。

 確かにあるにはあるが、こんな美少女と抜け駆けして二人きりになるレベルの出来事だなんて―――。


「覚えてないか、まぁ昔のことだしね」

「ごめん(やっべ、全然覚えてない)」

「いいのいいの!アタシ達は変わったもんね!逆に瑠衣くんはあんまし変わってなくてビックリ!」

「そうかな?確かにチビだけど」

「そういうわけじゃないよ―――」

 寂しそうに語る柚乃。

 先程の明るさは何処に行ったのだろうか?



「ところで・・・あの約束って、覚えてたりする?」



「約束?」

 近くを通る電車が空を切り、僕らの前のガラス窓を小刻みに揺らす。

 去り行く電車の向かう先を遠望する柚乃の横顔から必死に過去の記憶を手繰り寄せた。



(これはチャンスなんだぞ僕!)



 そう、ワンチャン好きだっただとか将来お嫁さんに系であれば、咲穂から彼女に乗り換えられるかもしれない。

 たった一度の高校生活、悔いを残さないためにもここは勝負に出る。



「・・・覚えてるよ?」



 覚えてる、ああ覚えてるとも!

 そんな雰囲気を纏わせてハッタリをかます。



「へぇ、本当に?」



 困り眉になる彼女は目の端だけでこちらを捉える。


「うん」


「それじゃあ、どんなこと?」


「(ぐっ)・・・アレだよね、僕が君に―――好きだって言った話」


 ええい!ままよ!と当て嵌まりそうなことをぶつけてみる。





「ハァ??」





 しかしそれは、正解ではなさそうだった。



 ♦♦♦♦


(なんでこんな豹変したの!?)


 さっきまで楽しくやってたじゃないか。

 高校生らしい甘酸っぱい青春模様をお届けしてたじゃないか。



 なのにどうだ?この汚物を見下すような目つきは。



「アタシが?言われたって?」



 嘲笑するような態度に変貌した癖にカッコカワイイ柚乃は、コーヒーを一気に流し込みふぅと一息つく。



は、に言われてないよ」



 遥か昔の出来事を顧みるような眼差し。

 まさかの僕っ娘。

 そして謎の愛称、それを聞いて段々と明るみになるあの日の記憶。



「言ったのはさゆりんで、うんって答えたのがるいるい」



「ぼくは蚊帳の外だった」



 自然とマグカップに籠められる力も強くなる。


「許せなかったなぁ」


「置いてけぼりで」


 僕は固唾を飲んで聞く他なかった。


「それで、その年を最後に君は村に来なくなった」


 そうだね、運命はあるね。

 瑠衣の額から汗が噴き出す。


「今までの僕の想いって、清算されるかな?」


「さぁ」


「お姉ちゃんは嬉しいだろうね、君と会えてさ」


「ぼくだって嬉しいけど―――」


「正直、複雑な気分」


 そうだ、あの夏の日、ある出来事があった。

 決して回収されないであろう蜘蛛の糸のような恋愛フラグ。



 それが今、やってきたのか。



「どう、思い出せた?」



 ♦♦♦♦


 あれは、とても暑い日の出来事だった。


 なんて回想に入る暇もなく隣のヤンデレ?僕っ娘の正体を瑠衣は突き止める。



 彼女は父方の祖父母の家の近所に住む、仲の良かった姉弟だ。



 大型連休はよく遊びに行った村で、人口なんて何百人もいない小さな集落。

 その外れに住んでいた二人の子供と僕は暇潰しに遊んでた。



 臆病で寂しがりやなさゆりんと、活発で明るい弟分のゆのゆの。



 小学校低学年まで確かに遊んだ記憶がある。

 雨の日も雪の日も、山川海森どこに行く時も一緒だった。



 そして炎天下の陽射しの下、僕は告白されたんだ。



 臆病で引っ込み思案なさゆりんに、ゆのゆのは用事があって来ないから二人だけで遊ぼうと連れられた木陰の下で。

 僕も満更じゃなくていいよって言ったらほっぺにちゅーまでしてくれたんだ。


 でも子供の頃の淡い、ひと夏の思い出でだったんだと忘れかけていた。

 もう会うこともないって思ってたのに。



「ぼくもるいるいのこと、好きだったんだよ?」



「ゆのゆのはずっと、男の子だと・・・」


「一緒に海に行ったり川遊びに行ってもそう思ってたの?信じられない」

「ごめん」

「いいよ、今よりずっと男っぽかったし、さゆりんがもっと女の子してたからね」


 単語の一言一言で蘇る情景と郷愁。


「君が来なくなってもアタシ達はずっと待ってたんだ」

「来ない理由なんて知らなくて、子供だったし、お姉ちゃんは嫌われたんだってすっごく悲しがってた」

 二人の間の空気はしんみりとし、静かに時が流れてゆく。


「・・・もう一度やり直せないかな?」


 瑠衣はあの日の続きをやれないかと、ブレザーのポケットに手を突っ込み俯いている柚乃に聞いてみる。

 彼女はギロリと視線だけをこちらに向け、いつの間にか取り出した棒付きキャンディの包装を剥がし口に含ますと一言。



「無理じゃないかな」



 あっさりと、食い下がることもせず言い放った。


「なんで?」


「だって―――」


 柚乃は舐めかけのテロテロと厭らしく煌めくキャンディを凛久に突き出す。





「アタシね、もう瑠衣くん以上に、お姉ちゃんが大好きだから」





 まだ―――、属性を盛るのか―――。





 ♦♦♦♦


 今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。

 ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。


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