第2話 邂逅

「昼どうするよ」



 正午を告げるチャイムが鳴り響き堰を切ったように慌ただしくなる教室と廊下。

 校長のありがたいお言葉に生徒会長の祝辞、様々なイベント盛りだくさんで帰ってきたかと思ったらHR、授業がないとはいえ精神的に疲労困憊。


 しかしまぁ・・・。


「C組の佐藤さん!あの子って女優の佐藤綾乃ちゃんだよね!?」

「見た見た!立花詩織ちゃんと歩いてた!」

「あの生徒会長めっっっっちゃやばくなかった??」

「尊かった」


 色めき立つクラスの声。

 俗っぽ過ぎにもほどがある。

 やはり小中とは違う義務教育の範囲外、自由な校風に子供と大人を行き交う魂は背伸びや風俗に親しみたいという根底の願望があるんだろうな。

 現に制服をお洒落に気崩している者が多く、ピアスや髪染めの生徒までいる。

 更には芸能人から外国人までなんでもござれ。

 そりゃこういう会話や噂話が立つのも無理はない。


(高校生っていいよなぁ~)

 今日まで実感なんて湧かなかったが、この光景を見ただけでその有意義さと尊さが分かる。

 再び勉強漬けの三年間はあくまでスパイスで、本業は自由恋愛の探求や親友達との冒険なんやなって。


 なんて達観少年気取ってたら隣の柚乃が、


「アタシも一緒にいいかな?」


 僕と坂本の会話に混ざってくる。


「まぁいいっすけど・・・」

「クラスメイトなんだから力抜いてよ」

「んじゃ・・・」

「僕はいいよ」

「ここってね、飲食できるカフェテリアみたいなところあるんだって」

「教室で食べるのもいいけど、そこ行ってみない?」

「三人で?」

「駄目かな?」

「いや、行きましょう」

 坂本はさんざ女子女子って張り切ってたくせに、向こうからこられると弱いらしい。

 柚乃のペースに巻き込まれ僕らは一階まで降りることにした。


 ♦♦♦♦


「うひゃ~話には聞いてたけども・・・」


 購買、及びカフェテリアは地獄の有様だった。

 初日故校内を散策する生徒も多いせいか人で溢れ返っていて、ゆうに東京ドーム一個分はありそうなフードコートと呼べるレベルの座席群はほとんど埋め尽くされてしまっている。


(おいおいなんちゅー高校だよ)


 瑠衣と坂本は顔を見合わせてげんなりするが、柚乃は折角の空気を壊すまいと明るく振舞いどこかなどこかなと空いてる席を探し始める。


「これなら教室でよかったよな」

「まぁまぁ」

 彼女に聞かれぬよう小声で会話していると、先頭の足が止まる。



「お姉ちゃん・・・」



 急ブレーキを掛けられたものだから僕ら二人も人の波のど真ん中で止まり、柚乃の視線の先を確かめる。


「うっほ・・・すっげー美人」


「・・・だね」


 彼女が見つめる先にいたのは凛という言葉が似合う一人の女生徒だった。

 その周りにもマジメ君たちが寄り添って座っており、まるで高嶺の花束のよう。

 生徒の中にも雑談しながら盗み見る者も多い感じがした。


「ねぇ、やっぱり別の方探そう!」

「え??」

 見惚れている坂本の体を回転させ背中を押す柚乃。

 僕もそれに続くが、



「・・・なんだかなぁ」



 グラビアの空似か何処かで会ったのか、彼女とのありもしないはずの記憶?が蘇る。

 よくニオイで記憶が蘇る的なアレかもしれないが、その時の僕はそこまで深く気にしないことにした。



「紗百合さん?」


「なんでもないわ」


「?」



 柚乃の姉・姫草紗百合ヒメクササユリに見られているとも知らずに・・・。



 ♦♦♦♦


「いやーめんごめんご!」


 ショートヘアを機敏に靡かせ頭を下げる少女。

 結局三人は教室に戻って食べることにした。


「いやいやしょうがないよ」

「あれは・・・まぁな」

「実はこの高校、屋上も開放されてるみたいだから今度行ってみよう!」

「そだね」



 それから午後のHRで各種校内の説明や授業のこと、これからの時間割を渡され終業時刻を迎えることに。



 わいわいがやがややいのやいの



 放課後の教室はやはりどこも同じようだが、話している内容が違う。


「このあとどうする~?」「駅前のカラオケとか??」「原宿行こう!」

「今からアフターファイブでデ〇ズニー行く人ー!!」


 もうグループが形成されていて、大なり小なりの生徒達が騒いでいる。


(呑気な奴らだねぇ)

 瑠衣はリア充グループを訝し気に見つめ思索する。

 これから毎日授業がありテストがあるのにうかうかうかうか、そうやって遊んでると足元掬われるぞって。


 そんな卑下を向けながら待つ。


(まぁもし誰かに誘われたら?考えてもいいけどぉ~?)


 悲しいかな、捻くれ者は受動態なのだ、自ら率先して行動を起こせない。


 わいわいがやがや


 教室の片隅からもうすっかり人気者の咲穂を眺め、何かの間違いで誘ってくれないかなって願う。

 けれど、そこにはいつも邪魔者が入る。


『よっ、咲穂!』

『あっ、彰吾先輩!!』

『待たせちゃったかい?迎えに来たゾ!』

『ステキ!!』


 そう、現・森野咲穂の彼氏、高柳彰吾がどこからともなく登場。


「はぁ・・・」

 脳内アフレコを終え虚しくなり凛久は席を立とうとする。

 坂本も新しくできた友達と談笑していた。



『誘えよ!!』



(って言いたいけどいいんだぼかぁ)

 このクラスに中学の人間は他にいないし、あの二人に柚乃以外とあまり話さなかったから群れすら形成できていない。

 どうせ誘われないだろうという増幅する負の側面を抱え廊下まで向かおうとすると、



「もう帰るの?」



 背後から声がかかる。



(!!!???)



 挙動不審過ぎるほど驚いて振り返る。



「アタシ達もちょっと、寄り道しない?」



 そこにはどうしてだか、姫草柚乃がいたんだ。



 ♦♦♦♦


 人目があるのに抜け出すのって結構恥ずかしい。


 柚乃に声をかけられた凛久は喧騒の中からこちらに注視している視線に気付く。

 それは紗百合に向けられていたものと同じようで違う、ちょっぴり不愉快な感情も織り交ぜられていた。


「予定あったかな?」


 姉の面影を感じるボーイッシュさと花の可憐さを併せ持った造形が、僅かばかりに曇る。


「いやそんな・・・」


 モタモタしていたからか遠くの坂本にもバレたようで、ニヤニヤしながら静観してきた。


「ならさ!パッパッと行こ!」

「あちょ!?」

 イニシアチブは彼女にあり。

 困惑気味の手を大胆に引かれ、騒めきだった廊下に躍り出る僕達。

 後ろを振り返ることもせずただ真っ直ぐにひた走る柚乃の背中を見つめ、置いてかれないように僕も愚直に走った。



「オラァッッッ!!青春しろッッッ!!!!」



 途中別のクラスから謎の怒号が聞こえてくる。

 正体不明過ぎて笑ってしまいそうだが、今の僕を応援してくれているみたいでなんだか嬉しかった。


 ♦♦♦♦



「どこへ行かれるんですか?」



 昇降口に通じる階段を駆け下りた先、柚乃は紗百合と鉢合わせてしまう。


「ヤァヤァお姉ちゃん、お仕事ご苦労様」

「廊下は走らないように」

 凛とした深い翡翠色の眼差しに深海のような青黒い長髪を束ね、彼女は柚乃の背後の瑠衣に視線を移す。


「その子は、新入生?」

「そうだよ、コバヤシ・キントくん」

「(誰!?)」

「ふざけないで」

 何故だか一触即発の雰囲気に周囲の人達も気になってしまう様子。


「冗談だよ、ホントは二宮瑠衣くんっていうの」

「どうも」

 ひょっこりと体を傾け挨拶する。

 まじまじ観察するがきっとここの姉妹の両親は美男美女なんだろうなと思わせる容姿をしていた。


「あれ?二宮くん?」

 ちょうどその時、階上から高柳と一緒に下りてきた咲穂と遭遇。

 彼女は瑠衣と柚乃が手を繋いでいるのを認め何かを察し、そのまま無言になり通り過ぎていった。



(咲穂ちゃん!誤解なんだ!!)



 声を大にして言いたいがそれを言ったらこの至福の時間が無に帰すかもしれないし超逡巡、暫く考え後日誤解を解くという結論に至った。


「行こ、瑠衣くん」

 漢気さえ感じられる柚乃の横顔に胸打たれ紗百合の傍を抜けようとすると、



「また会いましょう」



 僕にしか聞こえないような小声で呟かれてしまった。


(え~・・・)


 離れて行く姿を一瞥し強引な柚乃を見遣る。


「ごめんね、いきなり」

「いや別に」

「気にしないで、仲悪いわけじゃないから」

 それから僕ら二人は校門を抜け、出掛けることにした。



(これって、俗にいうデートですよね?)



 固く結ばれ汗ばんだ指先は離れることがなく、僕はどうしてこんな風になったのか?

 いつの間に彼女に気に入られるようなフラグを立てていたのかを推理する。



 でもそれは、件の姉妹しか覚えていない事情であった。



 ♦♦♦♦


 今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。

 ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。


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