失恋の後は甘い初恋を。
佐伯春
第1話 新たなる希望
遠い昔、記憶のはるか彼方の出来事なんてよく覚えていない。
でも最近のことは出来事はよく覚えてる。
『えーっと、ごめんなさい』
中学の卒業式、人目を忍んで連れ出した同級生の女の子に僕は告白をした。
『わたしね、実は彼氏が・・・いるんだ』
知らなかった。
積み上げた恋愛フラグを回収する時が来たと思ったのに、このざまだ。
『
目の前の少女、
『わたし、
『でもね、先輩のこともっと好きになっちゃって―――』
『本当に、ごめんなさい』
彼女は特別可愛いという感じではない。
ただチャーミングで誰からも愛されるような、野原に咲き誇る小さなクローバーの健気さと上品さを兼ね備えている理想の女の子だった。
『いや―――』
言葉に詰まる。
頭の中は強い衝撃を受けたように朦朧とし、呼吸もどんどんと浅く速く息がしづらい。
目の焦点を必死に彼女に合わせているが、正直もう無理そうだ。
『いつから?』
なのに思考とは裏腹に、余計な詮索をしてしまう。
やけくそと恐いもの見たさを混ぜ合わせたような無謀さ。
『去年の年明けの、初詣の時に』
なんだって?一緒に初詣に行ったじゃないか。
その時は当然、この想いが実を結びますようにって願ったはず。
皮肉なことに彼女も同じお願いをしていた、でも相手は僕じゃなかったんだ。
『夕方、瑠衣くんと別れた後にね、先輩に呼び出されて』
咲穂は赤朽葉色の柔らかい髪の毛から生えた垂れ下がる穂先を指で弄り、若干気恥ずかしそうに伝えてくる。
その時の僕ときたら、きっと居た堪れない雰囲気を醸し出していただろう。
『高校受験まで待てなくて、同じ高校だから色々とサポートしてくれるって言ってもらえて』
はにかんだ微笑は僕に向けられたものではなく、記憶の中の彼に向けられたものだ。
『それで―――付き合ったの』
『そうなんだ・・・』
人を想うキモチ、恋愛に勝者と敗者はいれど悪者はいない。
誰も責めることなんて出来ない。
あるとするならば出遅れた僕がいけない。
この関係を壊すまいと、二の足を踏んでいたから想いを打ち明けられず、今だからこそ彼女も口に出したが、平時はそんな様子を微塵も表さなかった。
中学卒業という一区切りに大決心をし一歩踏み出したのに、結果は失敗どころか惨敗だった。
『一つ聞いていい?』
恥の上塗り、武士は食わねど高楊枝と言われようとも疑問を解決するにはこのタイミングしかない。
『もし僕が先に告白してたら―――』
嗚呼なんて情けない、けれど狐と葡萄の狐に成り下がるよりはマシだ。
『受けてくれてた?』
後悔を背負い乗り越えるためにも、彼女とこれからも変わらぬ関係を続けるためにも、潔くない女々しい片鱗に僕は両足を突っ込む。
『・・・もう、遅いよ』
日差しに煌めくその一滴は、どんな心情の表れなのか、今でも分からない、分かりたくもない。
でもあの瞬間、悲哀に満ち溢れた咲穂の表情を見て確信したことがある。
やっぱり君は、とても素敵だって。
―――
―
(・・・なんて歌詞、なんかの曲であったな)
違うニオイと雰囲気、顔ぶれに包まれた教室の隅っこで気怠そうにスマホを弄る少年が一人。
打ち解けはじめたクラスの輪に混ざらずに、マイペースな振る舞いでつい先日の事件を顧みている。
チラッ
幸か不幸か件の彼女は向こうの方で楽しそうに、新たな友人達と親睦を深めていた。
僕にも声をかけてきたがやはりまだ気まずかったようで、余所余所しい態度を取られた。
「るーい」
「ん、サカモト」
学ランからブレザーにチェンジした中学時代の友人、
「なーに一匹狼気取ってんだよ」
しっかり整髪された髪型に新しい眼鏡、中学の時の男男しさはどこに行ったのか?高校デビューの波動を嫌でも感じてしまう今日この頃。
「別に」
「森野にフラれたのまだ引き摺ってんのかよ」
「うるさいやい」
「それより切り替えてさ、クラスの奴と仲良くなる努力をしろよ」
坂本はグンと顔を近づけてきて、僕のイヤホンを外し囁やいてくる。
「ウチの高校って結構可愛い女子多いって噂だぜ?」
「やめろよ近いな、どうでもいいよそんなの」
「でもお前、高校ではハーレム王になるとか言ってなかったか?」
「言ってない!!」
「せっかく慰めて賺してその気にさせたんだから、もっと青春しようぜ!」
彼は手先を教室内のクラスメイト達に向けて、容姿や雰囲気を注視させる。
僕は訝し気に見回してから溜息を零した。
「聞いた話だと、森野と
「聞きたくない」
結局まだ立ち直れてないんだなと視界に映る彼女を見て思う。
(ダサいなぁ)
昔から背が小さく女子みたいだってからかわれて、異性に相手なんてされなかった。
それでも咲穂はそんじゃそこらの見る目のない有象無象と違って一人の男として接してくれたのに。
(
彼の写真を見て驚いた。
体育会系の今風イケメンな顔立ちに凛とした目つき、イケメンとはあれを指すんだろうなって思い知らされた。
バスケ部のエースとして活躍しているらしく、高二で身長が186cmもあるらしい。
体格もがっちりしていてぷにふにの僕とは比較にならないほど男性的なガタイをしていた。
「はぁ」
「溜息なんて、女子も幸せも・・・恋愛フラグも逃げちまうぞ」
「恋愛フラグなんて―――」
凛久は坂本を見遣ると、背後の人影に気付く。
「ごめん!ここいいかな?」
「えっ?ああっすまん!!」
「いいよ別に!アタシ
「あっと、俺は坂本國秀で、コイツは―――」
坂本の背中越しに映る少女は一目で活発で快活、咲穂に似たようなタイプの人物なんだなと理解できた。
そして彼は流れるように僕のことも紹介する。
「あっ、僕は二宮瑠衣っていいます」
体の陰から現れた少女の全身。
ブレザー越しでもよくわかるスタイルのよさと美が文頭に来るであろう容姿。
ショートヘアの前髪の隙間から覗く萌黄色の瞳は珍しく、その視線はこちらにしっかりと向けられている。
「?、僕の顔に何か付いてる?」
「っ、違うよ!ジロジロしちゃってゴメン!」
「?」
アハハと乾いた笑いで誤魔化す柚乃は軽く手を振り、横顔だけを覗かせたまま席に着いた。
(おいおい可愛いなおい)
僕はというと、すっかり先刻までの傷心が解されはじめ、対となる席に座る咲穂と見比べる。
(いやいや何考えてんだよ僕は)
坂本も席に戻り一人になった凛久は小刻みに頭を振った。
だってフラれてからすぐに他の女子に靡くなんて、そんなの軽いヤツじゃないか。
だがしかし、
チラッ
チャイムが鳴り響く教室の下、隣に座る柚乃の横顔を盗み続ける。
それに気が付いたのか、彼女は優しく笑いながらまた手を振ってくれた。
(惚れてまうやろぉぉぉぉ!!!)
凛久はサッと目を逸らし、むず痒く歪む口元を悟られぬよう窓の外の景色に意識を移す。
しかしなんということか、窓ガラス越しの自分の顔は気持ち悪いくらいにニヤついていた。
(嗚呼、また恋の季節が始まるんだね)
そう、二宮瑠衣は恋の旅路を歩みだす。
たくさんの波乱と恋愛フラグを抱え、飽きないくらい騒がしい毎日を。
♦♦♦♦
今回はここまでです、読んでいただきありがとうございます。
ほぼ毎日更新でやろうと思いますので、明日もお楽しみに。
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