第73話 彼女の願うこと③

 それからしばらくして、マネージャーがFQ31への再加入の打診があったことをつげられた。一緒にいたsoftheartedのメンバーは「よかったね! おめでとう」と激励してくれた。


「うちはFQ31には戻らんよ」


 だけど美也子があっさりと断ったためにメンバーたちが驚いたのはいうまでもない。なにせずっと帰りたいといっていたはずのセイラが戻らないというのだ。その言葉にメンバーは歓喜する。


「じゃあ、ずっとsoftheartedにいてくれるとね!」


 メンバーは心から歓喜したかのように目を輝かせた。


 美也子はてっきり煙たがわれていると思っていたので戻らないことをそんなに喜んでくれるとは思わなかった。


「いいえ、softheartedからも脱退する」


「え? 脱退してどがんすっとや? ずっとおってよ。うちらとがんばろう」


 そういってくれたが、美也子の決意は硬い。


「ありがとう。でもうちは決めた。うちは女優になる」


 そうはっきりとつげた。


 それからほどなく美也子はsoftheartedを脱退し、それまでお世話になった事務所との契約も解除した。それからしばらくただの田舎の女子高生として過ごしたのちに卒業とともに再度上京したのだ。


 それからは大変だった。何度もオーディションを受けては落とされてを繰り返していたのだ。そしてようやくオーディションに受かる。“美国美也子”として女優デビューを果たしたのだ。それからしばらく小さな役が続いたのちに映画の主演に抜擢され、いまこの場にいる。


 なぜ女優になったのか。


 なぜビクニの願いを聞き入れたのか。


 美也子にはいまだにわからない。


 けれど、女優こそが天職なのだと思えてはいた。一度演じてみたら楽しいのだ。歌って踊るよりもずっと楽しくてたまらない。ビクニにはわかっていたのかもしれない。美也子にはアイドルよりも女優のほうがあっていたのだ。


 彼女はシャボン玉、いや粟となってきえた。


 あれはなんだったのだろうか。



「この作品は“人魚姫”を現在風にアレンジした作品です」


 監督の言葉をききながら、ビクニという少女が人魚であったのかもしれないと思った。だから、彼女は粟となって消えたのだ。


 ただ美也子に叶うことのない願いをたくして消えた。


 そこまで思いいたりながらもそんなことありえないと否定する。人魚なんてするはずがない。あれは夢だった。夢にほかならない。


 そんなことを考えていると観客のなかにいる一人の人物に気づく。


 美也子は思わず声がもれそうになったのだが、ぐっとこらえた。


「来ちゃったわね。あの子」


 すると、隣に立っていた松澤愛桜がつぶやくのを聞いた。美也子は視線のみを向けるもすぐに観客のほうをみる。


 いる。


 夢ではない。


 彼女がそこにいたのだ。


 ニコニコと笑顔を浮かべながら美也子のほうをみている。


 消えてなかった。


 やっぱり彼女が消えたというとは夢だったのだ。だけど、彼女と出会ったことは夢ではなかった。


 それに気づいた美也子は知らず知らずに笑顔を浮かべた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る