第69話 寿命



 竜宮に招かれると長は気がねなくここで暮らしていくように勧めた。最初は不信感を抱いていた時子は何度となく孫息子をつれて、竜宮から出ていこうとした。


 されど、ここは海のそこ。竜宮の領地内から一歩でも外へ出れば窒息死するのは必須だった。


 敵に追い詰められて死を選んだはずなのに、なぜか生き永らえてしまったゆえなのか死ぬことに恐れをなしている自分がいる。


 地上へ戻ることは敵わないが、極楽浄土へ向かうことさえも拒む。


 時子はなぜ生きているのか。



 この地上とは切り離された海のそこで何をしろというのか。自分に問いかけもした。


 されど、答えがでるわけではない。


 ただやるべきことはひとつだけわかっていた。


 このいとおしい孫息子を生かすことだ。


 生かして幸せになってもらうこと。


 それにつきる。


「私たちをここに居させてください」


「いつまでもいるといい」


 最終的に時子は竜宮で暮らすことを決めた。もちろん、長はすぐに承諾してくれたし、その孫娘はとても嬉しそうな顔をして孫息子に「おともだちになって」と手を握っている。


 よほど孫息子を気に入ったのだろう。その娘の孫息子にたいする接し方には正直不満はあるのだが、いまさら権威を振りかざしても意味がないことはわかっている。


 おそらく、彼らはこの孫息子がどれほどの高貴な存在か知らないのだろう。それもそうだ。ここは海のそこ。時子も深い事情をはなしたわけでとないから、地上のことなど知りようがないのだ。


 だからといって、そこにいるだれもが時子たちについて尋ねることはなく、ただまるで最初からそこにいたかのように接してくれた。


 なんと優しい世界なのだろう。地上の権力争いやらドロドロとした世界とはまったく近い、穏やかでゆっくりと時間が流れていく。


 時の流れのなかで幼かった孫息子は成長していき、立派な青年へとなり18歳を迎えた頃だった。


 突然、孫息子に異変が起こったのだ。


 孫息子のまだ若々しいはずの肌が少しずつ衰えていき、足腰も弱りはじめたのだ。


 それをみた時子は慌てて長のもとへと向かった。


「おかしいのです! 孫がおかしいのです!」


「そうか。もうそろそろなのだな」


 長はつぶやく。


 いったいどういうことなのか。


 時子にはまったくわからなかった。


「案ずることはない。もう時がきただけじゃ」


「時?」


「それはお主も同じ事」


 そうつげられた瞬間、時子の体に激しい脱力感が襲う。


 時子は思わず自分の腕をみると、腕がしわくちゃになり血管が浮かんでいることに気づいた。


「これはなに?」


 時子が長に尋ねた。


「いっただろう。もう時がきたのだ。長いことお前さんたちの時をゆっくり進めておったのだが、もうそれも出来ぬ。お前たちの寿命を閉じ込めていた“玉手箱”が開きはじめておるからのお」


「玉手箱?」


 その言葉で時子は理解した。そして、思い出す。ここへきたころに時子は求めたのだ。ずっと孫息子と暮らしたい。そして、自分は老いたくないのだといったのではないだろうか。


 それをこの長は叶えた。


 玉手箱に寿命をおさめて、ゆっくりと年が重なるようにしてもらったのだ。



 されど、そこには限界があった。


 やがて、箱は開かれ寿命が元にもどる。


 もうずいぶんと長いときを過ごしてきたのだから、箱が開いてしまったとき時子も孫息子も一瞬にして死を迎えるのだ。


「いやっ、そんなのいや!」


 それを知った瞬間、時子は孫息子のもとへとかけだした。



 せめて、孫息子だけでも



 孫だけでも助かってほしい!


 なら、どうしたらいい?


 どうしたら、箱を開くのをふせげる?


「簡単なことです」


 すると突然時子に話しかけるものがいた。


 はっと振り返るとそこには一人の少年がいた。


 だれだろうか?


 長年ここにいるが見覚えのない少年だった。


「あなたはだれ?」


 時子が尋ねる。


「私は酒呑と申します。あの方を救う方法を知っているものです」


「それは本当か!?」



「はい。それは簡単なことでございますよ。この竜宮の長の孫娘。ビクニ姫をめとるとよろしいかと存じます」





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