第68話 竜宮
海へと入った時子と孫息子が気づいたとき、見たことのない光景が広がっていた。
見たこともない建物が目の前にそびえ立ったおり、その周辺を魚たちが優雅に泳いでいたのだ。
ここはどこだろうか?
黄泉の世界だというのか。されど、時子のイメージしているものとはまったく違う世界だった。
「おばあ様」
孫息子が不安そうに時子を見上げる。
時子はそんな孫息子をぎゅっと抱き締めながら、周囲を注意深く見回す。
「ようやく目を覚ましたようだね」
するとどこからともなく声が聞こえてきた。
声のする方へと顔を向けるとそこには一人の男と孫息子とさほど変わらない女の子がたっていた。
男の背中には大きな亀の甲羅をしょいこんでおり、体全身は緑色をしている。頭部にも皿がのせられたいる。人でないことはあきらかだ。
「わしはこの竜宮の国で長をやっているものじゃ」
男のしゃがれた声がやさしく響く。
それでも、時子は警戒を緩めずにその長と名乗った男を睨み付けている。
「やれやれ、そんなに警戒せんでもええぞ。取って食おうというわけじゃない。わしらはおまえさんたちを助けただけじゃ。むしろ、感謝したほしいものじゃ。のお、ビクニ」
長は隣に佇む娘の頭を撫でる。
すると、娘はゆっくりと時子たちの方へと近づいていった。
「おばあさま」
先ほどまで黙っていた孫息子が口を開いた。
時子ははっと孫息子をみる。
「大丈夫。大丈夫です。いやな感じはしません。本当に私たちを助けたくださっただけのようです」
その言葉に時子は孫息子からそっと、腕を緩める。
「わたしはビクニというの」
孫息子が振り替えると、娘は微笑みながら名前を名乗る。
「わたしは……。
孫息子も名乗るも、それは一度も聞いたことのない名前だった。なぜ、孫息子が別の名をわざわざ言い換えてまで名乗ったのかわからないわけではない。
知られることを恐れたのだ。
先ほどまで、彼は恐ろしい想いをしてきた。
たくさんの家臣を失い、多くの血を目の当たりにした。もしも、真名を告げたならば、どうなってしまうのかと幼いながらも考えたのだろう。
だから、時子もまた黙ってなりゆきを見守ることにした。
「やすのりくんね。ようこそ、我が国へ。安心して、ここに暮らせばいいわ」
そういって、娘は孫息子の腕をつかむなり建物のほうへとかけだした。
「わが娘は地上の若様を気に入ったようじゃのお。さて、おまえさんもくるといい。もてなしたやろうではないか」
「あのお」
「わしらは地上のことなど知らん。されど、おまえさんたちはそれなりの事情を抱えていることはわかる。もう戻れぬのだろう?」
時子はうつむいた。
「とりあえず、わしらの城へまいるといい」
そういって、長もまた建物へと歩きだす。
しばらく、佇んでいた時子もその後を追った。
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