第65話 何者③

 あの男は何者なのか。


 ビクニは視線の先で手長足長と戦っている男とすぐとなりにいる青年へと視線を向ける。


 青年は一度矢を放つと再び手長足長の方向に向けて構えた。


 その間も芦屋尚孝という男は刀をもって手長足長を次々と切りさえいている。果たして彼はあれが見えているというのか。ビクニが見る限り、手長足長は実体化している訳ではなさそうだ。ゆえに霊力があきらかにない尚孝には見えないはずなのに、なぜ正確に切り裂くことができるのか。


 ビクニが思案していると、尚孝のすぐそばに女の姿があることに気づいた。


 花魁のような服を来た女性が尚孝に張り付くようにいる。


「野風が目になってんだよ」


 朝矢が弓矢を構えたまま、そう答えた。


「野風というのはあの神狼の名前?」


「ああ、そうだ。野風に芦屋さんのサポートをしてもらっている」


 ビクニは再び尚孝の方を見る。ますますわからなくなる。


 なぜ戦えるのだろうか。


 本当に霊力はなにも感じない男。だけど、彼のもつ刀にはたしかな霊力を感じる。



 際ほど朝矢の放った矢が尚孝の前に突き刺さると同時に刀へと編かしたことから、その刀にはこの男の霊力が流れているのだろう。それを用いることで霊力のない人間にも多少は妖怪といった類いと戦える力を得ることができるといったところだ。だけど、他人から借りた霊力では長くは持たない。

 

 やがて刀にやどっていた霊力は消えていき、その武器も消失してしまうの違いない。たとえ、視えるもののサポートがあったとしても妖怪を退治するための武器を持たないただの人間は丸腰の状態になるだけだ。


 霊力をもたない人間は視えない、聞こえない、触れられないという三拍子が揃う。けれど、妖怪というたぐいのものは霊力をもたぬ人間に危害を加えることなど容易なことだった。なんて不公平なのだろう。


 だからこそ、人間のなかにも霊力が多少備わっているのが基本だ。霊力というものはそういう妖怪たちから身を守る役割もあったりするのだ。だけど、霊力のないこの男にはそれがない。正直、よくもなあここまで妖怪たちに危害を加えられずに生きてこられたものだと疑問でならない。


「なぜ? あの人は生きているの?」


 ビクニは思わず口を開いた。


「あの人に危害加える妖怪なんて、あの人を知らないやつだけだからだ」


「はい?」


 意味がわからなかった。


「それよりももうすぐ刀の霊力がきえる。ケリをつける」



 朝矢はビクニのなかで新たに浮かんだ疑問に答えることなく、弦を思いっきり引くと再び矢を放った。


 矢はそのまま手長足長のほうへと流れていく。



その前に放った矢は手長足長と尚孝の間に突き刺すと同時に刀へと変化をとげたのだが、今回はそのまま手長足長を貫いていく。それによってバランスを崩したところを尚孝が切るといった具合だ。


朝矢は何度も何度も矢を放つ。


その度に矢が徐々に美也子のほうへと近づいていることにビクニは気づいていたのだが、標的にされているはずの美也子はまったく気付いていない様子で尚孝の行動をみている。


「もうすぐだ」



朝矢がつぶやく。



どういうことだろうとビクニが彼のほうへと視線を向けたとき、その矢はすさまじいほどの霊気がこもっていることに気づいた。


「どうする気?」


その矢で確実に仕留めるつもりだということはわかる。けれど、問わずにはいられなかった。果たしてその矢は美也子をいぬくのだろうか。


そしたら、美也子はどうなるのか。


その矢は生身の人間を貫くものではないとわかっている。それでも不安はぬぐえない。


されど、ビクニには彼を止める意思もなかった。


ただ見つめているうちにその矢は美也子……いや、そのなかにいる時子へ向かって放たれた。


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