第64話 何者②
これは誤算だった
時子はいま自らの器ではない別の器のなかにいる。
意識が失った器に入り込むことは容易なことだった。しかしながら、彼女には予期せぬことが起こったのだ。それは器が思うように動かせないということだった。まさか、霊力を極端に奪われると体力的な消耗が激しいということを知らなかったのだ。
彼女にとっては、魂のみを別の肉体に入り込むということは初めてのことではなかったのだが、霊力を奪われたことにより意識消失した肉体に入ったことはなかったのだ。
それでも最初は動けた。
おそらくすぐに術を発動させたことが原因だったのだろう。
傀儡の術。
あらゆるものを操り人形のように動かす術を用いて襲わせることはできた。
肉体が自由に動かせないという誤算よりもいま次々と傀儡を倒している人間の存在のほうが大きいように思えた。
彼にはまったくというほど霊力を感じられない。おそらく祓い屋でもなんでもないのだろう。
たしかにふつうの人間を傀儡としているのだが、それでもただの人間が容易に倒せるような作りにはなったいないはずだ。彼女の霊力によって人よりも倍以上の体力と破壊力を与えているはずの傀儡をなにごともなかったように倒している。
(われの術が不完全だったのか)
時子はそうも考えていたのだが、傀儡たちに与えた霊力はたしかに満たされている。
なにの霊的能力のない人間に果たして倒せるのだろうか。
いや霊的能力がないからこそ倒せる可能性もあるだろう。
去れど、時子はその可能性には思いも至らなかった。
あの男はなにものなのか。
陰陽師と通じていることだけはわかる。
それなりにそちら関係の知識をもっていることも理解できる。
けれど、ただの男にすぎない。
なんの霊力も持たないならば……。
時子は傀儡の術を突如としてとく。
すると、傀儡と成り果てていた人間たちにつけられていた霊力のないものには見ることのできない糸が切れて、ピタリと動きを止める。
そして、自分達はなにをしていたのだろうかと周囲を見回し始めた。
それでも、男は戦闘態勢をとったままで彼らの動向を観察している。
(こやつは……。何者? だが、これなら、こやつが気づかぬうちに倒せるであろう)
彼女が片方の手を上へ向けた瞬間に海の方から手長足長が姿を表すと男のほうへと襲いかかかる。
男はそれにまったく気づいたようすもなく、傀儡の術から解放された人間たちを警戒し続けていた。
(だれかは知らぬ。とりあえず、この男を殺しておこうか)
手長の腕が男の首をとらえようとした瞬間だった。
突然、その腕が途中から切り落とされて地面へと転がった。
手長足長が突然のことで悲鳴をあげながら狼狽える。
すると、地面に一本の矢が刺さっているではないか。
男ははっとしたように矢のほうをみる。
もう一本矢が飛んでくる。
その矢は男の前に突き刺した。
矢は姿を変えて一本の刀へと変わる。
その傍らには突如として出現する花魁のような服装を身にまとう女が現れ、突き刺さっていた刀を抜くと男のほうへと振り返る。
「野風か」
男が遊郭姿の女の名を呼ぶ。
「そこにおまえを狙っている手長足長がいるぞ。尚孝」
そういいながら、刀を尚孝に渡した。
「ああ、そうみたいだな。これを使えと?」
「ああ。それなら、おまえでも倒せるはずだ」
「わかった。フォロー頼むぞ」
そういいながら、尚孝は刀を腰に添える。
「真正面にいるぞ。数は三体だ」
野風のいう方向へと体をむける尚孝の様子に手長足長は躊躇をみせる。
「なにをしている! あれはただの人間だ! さっさと倒してしまえ」
時子が声を荒げると三体の手長足長は尚孝に襲いかかろうとした。
「くるぞ! 三体いっぺんにだ!」
「それなら楽勝か?」
「ばかいえ。霊力のないお前ではただの博打だぞ」
「俺は博打には自信がある」
そういって、尚孝は刀を引き抜くと手長足長へと向かって走り込む。
「そこだ! 踏み込め」
野風の合図とともに地面をけると軽やかに空を舞いながら刀を振るった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます