第66話 何者④

 尚孝には霊力というものがない。


 ゆえに霊や妖怪といったものを見ることも感じることもできないのだ。ただし、霊や妖怪が自らの意思で尚孝にその姿を見せようとすれば見ることはできる。されど、それは彼らが霊力のないものに波長を合わせることでできることであり、並みのものには不可能なものであった。


 野風や山男はそれができる。なぜなら、彼らは妖怪とは異なる存在だからだ。もっとも神に近い存在ともされている神狼だ。ゆえにその霊力いや神力も強く霊力の持たぬ人間にもその姿をみせることができるのだ。



 そして、尚孝が見えぬはずの妖怪「手長足長」と戦えているのは野風のサポートと先ほど朝矢が送ってきた刀によるものだった。


 刀には朝矢の霊力が宿っているゆえに手長足長を切り裂くことができる。あとは尚孝の運動神経のよさが項を期しているというわけだ。


「右だ!」


 野風の指示がとぶ。


 それに従って尚孝が刀を振るう。



 その仕草は慣れたもので、何度もこの方法によって妖怪たちとの戦いに参加していたことが見てとれる。


「なぜだ!?」


 時子はただ驚愕していた。


 霊力の持たぬはずのものが次から次へと時子が放った手長足長を倒している。



『尚孝だからだよ』


 そのときだった。


 頭に直接声が響いてくる。


(あちら側の陰陽師か? どうやら、やられたらしい)


 時子はそう悟った。


 あちら側というのはフェリーに向かわせた自分の分身体のことだ。そこに陰陽師たちが乗り合わせていることを把握していた。彼らがビクニを探していることも知っている。


 ビクニを彼らによって連れ戻されることは時子にとっては都合の悪いことだった。そうなれば、時子の望むことは叶わないと考えたからだ。だから、陰陽師どもを船のうえで襲い足止めをしようとした。その間にビクニを探して確保する。そのような段取りだった。


 されど、陰陽師どもは二手に別れて行動をとっていた。そのことも把握していたのだが、一人はまだ少年にすぎず、もう一人の男は霊的に力は皆無。あの陰陽師に比べれば大したことないのだと侮っていた。


 しかし、決してそうではなかった。少年はまだ未熟ではあるが、場数をふんでいる。彼と共に行動している男は霊力がないにもかかわらずに手長足長と渡り合っているどころか圧倒しているのだ。



「それは何者だ?」


『尚孝は尚孝だよ。芦屋尚孝。霊力はないけど戦えちゃう人間なんだよ』


 時子が生みだした分身を通して尋ねた質問にその陰陽師は飄々とした口調で答える。


「どういう意味だ」


『だから、芦屋尚孝だからだよーん。幼い頃からそれなりに訓練受けている訳なんだよーん。悪さをするよーかいなんかと戦えちゃう特訓とかさあ。まあ、よくわからないけどね~。あ~、まだ、よくわからないって? だって、尚孝は芦屋だもん。だからなの~ん』


「蘆屋?」


『えー。もしかして知らないの? 亀さんでも知っているのに京の都にいた君が知らないなんてーー』


「なぜだ? なぜ京の都だと知っている?」


『わかるよ。二位尼にいのあまでしょ。遥か昔追われて孫道連れに命を絶ったはずの女……』


 陰陽師がそう言葉を放った直後、弓矢が時子の額を貫くのであった。






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