第61話 迎え

 いずこにおわす


 姫はいずこにおわす


 早くせねば


 朽ちる前に


 かのものを食らわねばならぬ




 美也子はゆらりゆらりと立ち上がり、ビクニのほうへとゆっくりと歩みだしている。


「美也子?」


 ビクニは呆然と彼女を見つめたまま、その場から動こうとはしない。


 そして、なにかを悟ったかのように目を閉じる。


「みつけた」



 美也子の口から声が漏れる。けれど、その声はわずか17歳の少女にしては洗礼されている。それどころか、老婆のように聞こえてきた。


 美也子は両腕をビクニへと伸ばす。


 ビクニは動かない。すべての運命を誘ったかのようにただ虚空を見つめるばかりだった。


「みつけた。さあ、戻っておいで。わが妃よ」


 美也子がビクニのからだに触れようとした瞬間、とっさに朝矢がビクニをつかむとそのままビクニの上に覆い被さるように地面に転がる。


 そこでビクニははっとわれに変える。


 そこには少年の顔があった。まっすぐな眼差しはすぐにそらされ、ビクニを背中に隠すかのように美也子のほうへと視線を向けた。


「あなた......」


 ビクニは呆然と朝矢の背中を見る。


「どけろ。そこをどけろ」


 美也子が朝矢を威嚇するかのような眼差しを向ける。


「お前はだれだ?」


 朝矢が尋ねると、美也子はにやりと不気味な笑みを浮かべた。


「私は美也子。矢ケ部美也子。アイドルになりたいだけの女子高生よ」


「外側じゃなか。そいつのなかにいるお前がだれかと聞いとる」


 朝矢はぎっと睨み付ける。


「ふーん。君にはわかるんだねえ。陰陽師の端くれかい?」


「おいは陰陽師とかじゃない。ただの祓い屋」


 そういって、弓矢を構える。


「どうするつもりだい。その矢は人間になにの影響もしないのかい?」


 美也子は余裕の笑みを浮かべながら問いかける。


 その言葉に朝矢は顔をしかめる。その表情から生身の人間を矢でいたら影響を及ぼすと美也子は推測する。


「そうかい。なら、この娘は人質になるわけだねえ。でも、すぐに返すよ。私は君たちの敵jじゃない」


 そういいながら、美也子は朝矢の後方にいるビクニを見る。


「いい加減、帰っておいで。祝言はもうじきだよ。夢をあきらめて戻ってくるんだよ」


 朝矢はビクニを見る。


 彼女の顔色が悪い。美也子の霊力をすっているから、身体的にはさほどダメージがないのはわかるのだが、どうも精神的におびえていることが朝矢にもわかる。


(こいつはあの亀と別口か?)


 朝矢はそう判断すると、ビクニを美也子の視界から隠した。


「どうして?」


 ビクニが問いかける。


「おいは依頼を受けとる。お前をあの亀野郎のもとへつれていくってさ」


「亀......。おとうさま?」


 ビクニは父の顔を思い浮かべた。


 自分は地上で女優になるのだと飛び出してきた。その時にみた父の複雑な顔を覚えている。


 そして、次々とよみがえるのは父との思い出。


 優しくて厳しい父。


 けれど、だれよりも娘の幸せを願っていた父だった。


 それなのに、どうして父はあの人との婚姻を進めたのだろう。


 あの人と結ばれたらビクニが幸せになれるとでも思ったのだろうか。



 たしかにあの人は


 やすのりはいい人だ。


 そんなに何度もあったわけじゃないけれど、すごく優しい人だということはわかっている。普通の結婚ならば幸せになれるのかもしれない。


 けれど、その結婚というものはビクニを幸せにするものではなかった。


 地上へ出る時に、やすのりが教えてくれた。


 この結婚がビクニのすべてを奪うことになる。


 だけど、自分はそうしたくなからとビクニを地上へ送り出したのだ。


「おとうさまは知らないのね」


 ビクニの言葉に朝矢が反応する。


「おとうさまはいまでもあの人と結婚させたがっている。だから、私を連れ戻そうとしている」


「それがわかっているならば、われらと共に戻るべきだよ。ビクニよ」


 美也子が、美也子のなかにいるなにかが口を開く。


 けれど、ビクニは動かない。


 動けないのだ。


 全身が底知れぬ恐怖に教われている。


「たぶん違うみたいだな」


 朝矢が口を開いた。


 ビクニははっと朝矢を見上げる。


「まじで強引すぎるだろう。こんなに手下つれてきてさ」


 気づけば、いつのまにか朝矢たちの周辺を取り囲むかのように人間たちが集まっているではないか。そのどれもが顔には生気がなく、まるでゾンビのように朝矢たちのほうへと近づいてくる。


「人間あやつるとはたちが悪い」


「その娘を捕まえろ」


 美也子のなかにいるなにかがさけんだ。すると、周囲の人間たちはたちまち朝矢たちへ向かって襲いかかったのだ。




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