第59話 矢を放て

 ザザー


 ザブーン


 波が激しく唸っている。


 普段は穏やかな海だというのに、異様なほどの荒々しい海の波と見たこともない大きさの生き物にただ驚愕していた。



 それは好奇心旺盛な伊恩さえもあまりの底知れない恐怖で腰を抜かしてしまった。その傍らにいる龍仁はうずくまったまま「夢だ。これは夢」等とぶつぶつといっている。


「情けないねえ。これでも朝矢君の友達なのかなあ」



 そのようすを見ながら、なぜか楽しげにいう桃志朗は自分のほうへと向かってくる腕が異常なほどに長く足が異常なほど短い手長を錫杖で叩き落とす。手長は地面に激突すると同時に溶けていき最後には水となって消えていく。


「つうか、有川の友達でもびびるやろうもん。こがん得たいのしれんもん」


 桜花はぼそりと突っ込みをいれながら、手に持っていたカードを手長に投げていく。


「いやーん。丸出しやめてよおお。気色悪かやん。朝矢ならいいけど。でへ」


 なにを妄想しているのか。さっきからにやついている愛美は足が異様に長く腕が異様に短い足長の股間に思いっきりクナイを投げつける。足長は断末魔の叫びがごとく悲鳴をあげながら悶絶していく。


「あんたってなんかねえ」


「なに?」


「なんでんなか」


 あまりの満面の笑顔を浮かべる愛美に対し桜花はそれ以上いうのをやめて、自分達に襲いかかってくる手長足長を倒していく。


 伊恩も龍仁もなにが起こっているのかわからずに呆然としていった。


 ふいに船の上を見回す。客たちは然現れた化け物に教われようとしているところを必死に逃げているところだ。そのなかにはすでに気絶している人たちもいる。化け物はすでに動きを止めてしまった人間には目も繰らずに、逃げ惑うものたちだけを追いかけている。


 まるで鬼ごっこのようだと伊恩は思った。


 そして、じっとしているものには襲わない。


 そんな方式は正しいのかはわからないのだが、伊恩も龍仁もただじっと座り込んでいた。


 教われないようにというよりは、突然の出来事で思考が追い付かずに動けないだけだ。



 なにが起こっているのだろうか。


 いったい、この人たちは何者なのか。


 彼らは戦っている。


 得たいの知れないものたちといままさに武器をもって戦っているのだ。



 自分たちはじっとするしかないのか。


 そんな思いが駆け巡った。


 伊恩と龍仁はお互いを見るとうがずく。


 そのまま立ち上がった。



 同時に化け物たちが伊恩たちのほうへと振り替えると襲いかかってきたのだ。


「うわあああ」


 どうにかしようと思ったのだが、なにか武器となるものをもっているわけではない。どうしようかと手をこまねいていると、


「お兄さんたち、かしてあげるうう」


 子供の声が聞こえてきた。同時に化け物に背後から子供が現れたかと思うと、持っていたバッドで化け物を殴打する。化け物はそのまま前のめりに倒れてそのまま消えていく。


「お兄さんたち、とも兄の友達だよね。だから、これ貸してあげる」



 しょういって小学生ぐらいの子供が渡したのは弓矢だった。無邪気な笑顔を浮かべながら渡した弓矢を思わず手に取った二人。


「なんかこれ」


「なぜかしっくりいくなあ」


 弓矢をにぎりしめて二人ともそう感じた。


「頼んだよお、弓士のお兄さんたち」


 そういうと子供は伊恩たちに背を向けて、立ち尽くしている和服の姿の女のほうへとかけていった。


 伊恩と龍仁はもう一度お互いを見る。



「どがんする?」


 伊恩が尋ねる。


「どがんもなんもなか。とりあえず、このばけもんを射ろということやろう」


 そういいながら、龍仁は弓を構えると自分たちに襲いかかろうとする手長足長へと向かって矢を放つ。矢は手長足長を貫き、そのまま崩れるように消えていった。



「順旺盛ありすぎやん」



 伊恩はどこか楽しそうにいう。


「お前もな」


 龍仁がずれた目がねをなおしながら静かに突っ込む。


「じゃあ、おいもいくばい」


 伊恩はのりのりで矢をはなった。




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