第58話 竜宮より参られし者③
「なにをおろかなことをいっている」
ビクニが地上で女優になりたいのだと告げたとき父は激怒した。
「なぜ、だめなの? どうして、私は地上へいってはだめなのよ」
「当たり前だ。我らは地上では長くは生きられぬのだぞ」
「そんなのどうしていえるの? お父さんは地上へでたこともないじゃないのよ」
「いかなくてもわかる。地上へいって戻ってきたものなどおらぬではないか」
たしかにそうだ。この竜宮の国で生まれて地上を知りながらも、そこへ向かうこともなく一生を終えることが常である。なかには好奇心から海の外へと向かったものもいるらしい。しかし、誰もが戻ってくることはなかった。
「戻ってこなかったということは、もしかしたら地上で生きて幸せになった可能性もあると言うことよね。ぜったいにそうよ」
「それはない。断じてない」
「だから、どうしてそういいきれるのよ。この頑固親父」
「頑固親父だと。それが父親にいう態度だ。とにかく、ダメだ。ビクニ。お前を地上には上がらせない」
そういってビクニは幽閉されることになった。
幽閉され、出ることさえも許されずに月日どれ程流れたのかはわからない。
ずいぶんと顔を見せなかったはずの父が一人の男性をつれてきた。
見た目は十代半ばほどの少年で、ビクニとさほど変わらないように思えるが、その物腰はどこか静観した大人にようにも見えた。
だれだろうかと父の顔を見ると、「彼はお前の婚約者だ」と言い出したのだ。
もちろん、寝耳に水立ったのは間違いない。
「お前は、このお方と結婚するのだ。そして子をなせ。いいな。それはお前の役目だ」
「なに言い出すのよ。冗談じゃないわ」
ビクニは父から少年を睨み付けた。少年もどこか困惑しているようだ。彼もまた初耳だったのだろうか。ただ黙って父に訴えかけているのがわかる。
この子はしゃべらないのだろうかとビクニは首をかしげていると少年は深呼吸して、どこか納得したように静かな眼差しをビクニに向けた。
「始めまして、私はやすのりと申すものです。突然のことですみません。これはおばあさまが決めたことなのです。あなたが嫌なら私はかまいません」
「なにをいっているの。お前は」
突然、彼らの背後から年配の女性の声が聞こえてきた。
同時にドスンドスンと足音が近づいてきて、白髪頭の老婆がやってくるではないか。
「おばあさま」
「これはあなたのためなのですよ。この娘と結婚なさい。そうしなければならないのですよ」
ビクニはその女性をみて、恐怖を感じた。とにかく威圧的で自分のいうことは絶対だという傲慢さがあるような気がして、嫌悪感がつのったのはいうまでもない。
ぎゃくにやすのりと名乗った少年には多祥なりとも好感は持てていたのだが、いきなり結婚しろといわれると躊躇してしまうのは致し方ないことだ。
それにビクニには夢がある。
地上へいくこと。
女優になることだ。
もしも、このやすのりと結婚したら自分は二度と地上へといけない。
絶対に嫌だ。
必ずここから抜け出してやる。
そんな気持ちがますます強くなった。
けれど、脱出は難しかった。
なにせここは幽閉場所でビクニが逃げ出さないように至るところを施錠されていたためだ。
さてどうやって逃げようか。
ただ時間だけが過ぎていく。
子のままだとあの少年と無理矢理結婚させられてしまう。
いますぐでも脱出しないといけない。
けれど、方法がない。
もう諦めるべきかと思ったときだった。
突然やすのりがビクニのもとへと訪れたのだ。
「君はここからでないのか?」
「当たり前でしょ。私には夢があるのよ。だから、ここから出て地上へいくの」
「地上か」
その言葉にやすのりはどこか懐かしそうな顔をする。
「あなた、地上へいったことあるの?」
やすのりはうなずく。
「地上にいったというよりも、地上からきたというのは正しいかな。僕はよく覚えていないんだけど。おばあさまとともにこの竜宮の国にたどり着いたんだよ」
「ふーん。そういうことがあるのね」
地上から竜宮へやってくる。そんなことが可能だろうか。竜宮の民が地上で生きていられないように、地上の者が竜宮で生きていけるわけがない。それなのにこの少年は竜宮へやってきたから長い時を過ごしているのだという。
いったいどういうことなのだろうかと首をかしげていると、やすのりが話を続けた。
「僕もよくはわからない。でも、僕はここで生きているんだよ。きっと逆もあり得るのではないかと思うんだよ」
「え? じゃあ、私は地上で生活ができるということ?」
「たぶんできるはずだよ。試してみない?」
「いいわね。おもしろそうじゃない。そこまでいったら、あなたも手助けしてくるわよね」
「うん、もちろんだよ」
そして、ビクニはやすのりの助けをかりて、竜宮の国を脱出し、地上へいくことになった。
地上へ出てはじめて出会ったのが地上でアイドルをしているという少女だった。
その少女とは仲良くなれそうな気がして、つい付きまとうマネをしてしまった結果が、いま彼女を死に追いやろうとしているのだと気づいたときには遅かった。
先程までものすごく具合が悪かったはずにビクニのからだからだるさがなくなると同時に矢ケ部美也子の顔色が悪くなり、そのまま倒れてしまったのだ。
ビクニはなにが起こったのかわからずに呆然と立ち尽くしていた。
「お前、そいつの霊力全部吸っちまったのか?」
すると、男性の声が聞こえてきた。
振り替えると、先程ビクニを連れ戻すべくして美也子の家に訪れた「祓い屋」の姿だった。
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