第15話 バンドのメンバー②
その日、朝矢と帰宅途中で別れた後にすぐさま彼女たちが通う学校へ一人乗り込んでいったのだという。
他校の生徒が校門前でなぜか浮かれた感じているというのは、どうしても周囲の生徒たちから注目を浴びる。
だけど、だれかが声をかけるふうでもなくほとんどの人が遠ざかっていった。そんな中で一人の少女が伊恩のほうへ近づいてきたのだ。
その顔には伊恩にも見覚えがあった。
ボブカットに眼鏡のいかにも真面目そうな少女は二か月前に朝矢とともにいた子だ。
「なにか御用ですか?」
彼女は尋ねた。
「そうそう御用御用たい」
伊恩がいつものように陽気にいうと彼女は胡乱げに自分を見る。
「どちらに?」
「えっと、松枝さん。松枝愛美さんたい」
「めぐに? 見たところ、鎮西徐福高校のもんごたっけど」
彼女は伊恩をマジマジと見て、ハッと目を見開く。
「あなたって、有川の友達?」
「そうばい。覚えとったとね。二か月ぐらい前に逢ったばい」
伊恩はニコニコと笑う。
「それで、有川の友達がなんの用?」
桜花はとくに表情を変えずに落ち着いた口調で尋ねる。
「実はさあ。あいたち、夏フェスに出ようと思っとっとよ」
「夏フェス?」
「福岡の夏のフェスティバルたい。しらん?」
「ああ、昔、夕紀嘉さんがでてたやつね」
「ユキヒロ?」
「ああ、有川のお兄さん」
その言葉に昔夏フェスに行ったときのことを思い出す。
確かにあの時、朝矢は「兄ちゃん」と叫んでいた。
「もしかして、ブルーのギター担当だったひと?」
「良く知っとるねえ。そがんよ」
「ああ、ブルーが出とった夏フェスにいったことあるけんね」
「そういうことか。それで、なんでメグ誘うわけ? 有川がいやがったやろう?」
「ああ、なんか嫌がっとった。なんで?」
「知らんよ。昔からあがんよ。別に本気でいやがっとるわけじゃなかとはわかるとばってんね」
そう言いながら、桜花はどこか神妙な顔をした。嫌がる理由に心当たりがあるのだろうか。それは、伊恩が聞くべきことではないこともなんとなく理解した。
「やるうううう」
その時突然どこからともなく少女の声が響渡った。
驚いて振り返ったのはいうまでない。
すると、赤毛の長い髪の少女がすぐそばでニコニコと笑っているではないか。
伊恩は思わずギョッとする。
「いつのまにきたとよ」
「いま来たばい。気づかんかった?」
「気づかんかったばい。メグって変に存感隠すけん」
「そがん?」
「そげん」
「じゃあ、今度から存在感ガバガバ出すけん」
そういいながら、なぜか手を挙げた。
なんかものすごく元気な子だなあというのが松枝愛美に対する伊恩の印象だった。
「それであいたちのはバンドに入ってくれるとか?」
「OK。OK。オールOK。ついでにこの子も入れて」
愛美は桜花の腕を掴みながら言う。
「はあ?」
桜花は顔を歪めた。
「よかやん。よかやん。桜花も一緒にやろうよ。ねえ」
愛美はまるでペットがおねだりでもするような目で桜花を見る。
「えっと、その」
それに戸惑ったのは伊恩のほうだ。なにせ、伊恩は愛美をボーカルとしてスカウトするつもりだったのだ。そしたら、なぜか彼女の友達までもバンドに入れるという雰囲気になっている。
「この子ねえ。すごくピアノの上手かとよ。キーボードとか弾けると思うよ。あっ、キーボードおる? もしかして?」
「ちょっとおおお。メグ、勝手に話進めんでよ」
桜花が困惑したのはいうまでもない。
「よかやん。最後の思い出作りたい。来年には九州離れるっちゃっけん。思い出作ろう」
「え? 君たちは上京すっとか?」
「その予定たい」
そういいながら、満面の笑みを浮かべる。
かわいい
伊恩は正直思った。
美人で笑顔がかわいい。そんな彼女に好かれているというのに、なぜ拒むのか疑問に思わずにはいられない。
「うーん。わかった。仕方ない」
桜花はさほど迷うことなく返事した。
「即決かい」
伊恩は思わず叫んでしまった。
そういうわけで、愛美だけではなく、桜花もバンドに加わることになったのだ。
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