第12話 唯一勝てるもの
伊恩は朝矢の姿を見つけるとすぐにそちらへと駆け寄る。
近づくにつれて歌声が聞こえてきた。
畑のほぼ中央付近にひとりの少女が佇み、歌を奏でているのだ。
なぜ、あんなところで歌っているのかと疑問に思わないわけでもないのだが、その美しい歌声に伊恩も龍仁も魅了されてしまった。
ふたりとも思わず立ち止まる。
「何で、畑の真ん中?」
龍仁は思わずツッコむ。
「よかとやなか? 気持ち良さそうに歌いよらすばい」
伊恩はそういいながら、その歌声に聞き惚れている。
「あーくん。あの
伊恩は朝矢のほうを振り向く。そこには朝矢のほかに二人の男女の姿があった。
女の子のほうもこの辺では一番の偏差値を誇る閑叟高校の制服を着ており、男の子のほうは学ランを着ている。胸元のネームバッジから中学生であることがわかる。
「その人たちもどげんな関係?」
伊恩は興味津々に朝矢をみる。
その勢いに圧されて、朝矢は尻込みした。
「なあ。なあ。あの歌うま女子とどがん関係? もしかして……かの……」
「んなわけねえだろう! ただの幼馴染みだ」
伊恩が言い切るよりも早く即効否定する。
その瞬間に歌声が止まった。
「そうでーす! うちは朝矢の彼女♥️」
「はあ? なんばいいよるとや」
「そがん照れんでよか。だって、うちと朝矢は愛しあっとっとよお」
「んなわけあるか!! この妄想女!!」
不機嫌そうにいう朝矢の態度に慣れているのかまったく気にした様子もなく、いやむしろそれすら喜んでいる様子でニコニコと笑っている。
そして、そのまま朝矢の方へと駆け寄るなり、腕を掴んで自分のほうへと寄せた。そのせいで朝矢の体が少しよろめく。
「やっぱり、彼女やん!」
伊恩は目を輝かせながらいう。
「違うっつうの!」
朝矢は強引に彼女の手を振りほどくとそっぽを向いた。
頬は赤い。
どうみてもまんざらでもない様子だ。
伊恩には朝矢が彼女に少なからず好意を抱いているように見える。彼女なんてゾッコンだ。そのことを隠すこともなく露にしているというのに、それに答えようとしない朝矢の態度に疑問を抱いてしまう。
「まあ、どっちでもよか! それよりもさあ」
伊恩は疑念をもちながらもあえて話をそらした。
そのまま、髪の長い歌姫を見る。
「あんな。歌うまかねえ」
「ふふふふ♥️ ありがとう」
彼女は心から嬉しそうに微笑む。
かわいらしい少女だ。かわいいというか美少女といっていい。スタイルもいいし、顔も整っている。モデルをやっていてもおかしくない。そんな彼女に好意を抱かれている朝矢が羨ましいぐらいだ。
龍仁もそう思っているのか。さっきから幸せそうに笑う彼女と困惑している朝矢を見比べるなり、「なぜ、こがんやつがもてるとや」とボソッとつぶやきながらチッと舌打ちをしている。
モテる。
確かに朝矢はそこそこモテてる。
身長も高いし、顔も悪くはない。そのうえ、運動神経がよく、弓道競技において二年連続全国大会にいっているのだ。しかも去年は全国制覇してしまうほどだった。
それゆえに鎮西徐福高校でその名を知らないものはいないほどの有名人だ。
今年も全国行き間違いなしといわれている。
伊恩に言わせれば、龍仁も負けてはいない。この龍仁も運動神経がよくて頭もいい。学校の成績はつねに学年トップクラスで生徒会役員も勤めているぐらいだ。
モテないわけがない。
(おいにいわせれば羨ましいことばい。このモテモテふたりのせいで、おいの存在が薄かとばってん)
伊恩は内心そんなことを考えることがある。けれど、それでも伊恩が不満を持っているわけでもない。
そんなにモテた覚えがないのだが、この三人のなかで唯一彼女がいるのは自分だからだ。
ここでこの少女が朝矢の彼女だといわれたら少し落ち込んだかもしれないが、そうではないらしいことにホッとしている自分がいる。
なにせこの二人に勝てるものといえば、彼女かいることぐらいだからだ。
(でも、あーくん次第やっけんのお。だって、この
もしも、このふたりが付き合いはじめたとするならば……。
伊恩は龍仁をみるなり、ぽんと肩をたたいた。
「がんばれ。ミッチー」
「はっ?」
当然、伊恩にそういわれた龍仁はまったく意味がわからずに首をかしげたのはいうまでもない。
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