第11話 神霊と帳

 愛美は畑の中央付近に立ち、一度深呼吸をすると歌い始めた。


 風が吹き、愛美の長い髪が揺れている。


 そして、愛美の足元からさっきまで枯れて茶色になっていたはずだった玉ねぎの葉っぱたちが緑に色づいていき、太陽へ向かって延びていく。


 やがてそれがとまり、茶色に染まっていたはずの畑が緑に覆われていった。



 ──ありがとう……ありがとう……  


 彼女の足元から玉ねぎが顔を出す。つぶらな二つ目とちいさな口。親指ほどの大きさの玉ねぎたちが踊るように土から出てくると朝矢たちの方へと近づき、ぴょんぴょんと跳ねながらお礼をいい続けている。


「神霊だねえ。玉ねぎの神霊ってところだよ」 


「あハハハハ。やーらしかー、あはははは」


 そういいながら、ナツキが玉ねぎの神霊をマネして跳ねている。



「玉ねぎの神霊だって姉ちゃん!」


 哲之もなぜか浮かれている。



「そうね」



 桜花は冷静に相討ちを打っているようだが、その目はなぜかキラキラしている。



「かわいい」


 桜花は思わずつぶやいてしまった。


「きゃーー。かわいいーー」



 桜花とほぼ当時に愛美が騒ぎ始める。


「たまねごがこんなにかわいかなんて思わんかったわ。そぎゃんやろう? ねえ、朝矢ーー」


「なぜ、俺にふる。まだ、おわっとらんやろう?」


「はーい。終わったら、朝矢ーー誉めてねーーそしてーー」


「うるせえ、さっさとやれ」


 愛美は少し納得いかない顔をしたが再び歌い始めた。


「あーくーん。早く戻ってこーい」



 そのときだった。突然背後から伊恩の叫び声が聞こえてきたのだ。



「マジかよ! おい」


「見えてないと思うよ」

 

 朝矢が考えていることを読んだのか桃志朗がそう言った。


「まあ、そろそろ帳をあげてもいいかなあ?」


 桃志朗は右手で印を結ぶ



「解」


 そう発声した直後に伊恩の「もどってこーい」という声がより鮮明に聞こえてきた。



 帳とは陰陽道的な呼び方で、別の呼び方をするならば結界のことだ。


 帳は玉ねぎの化け物が出現した畑とその周辺に張られていたものである。帳の内側にあるあらゆるものを外側から見えなくする術で、中で響く音も完全に遮断される。いわゆる防音に優れた壁のようなものであり、マジックミラーのようなものでもある。


 ゆえに中からは外が見えるし、防音とはいえども外の音は聞こえる。ただし、壁のようなものであるがゆえにやはり外からの音が聞こえづらくなるのだ。



 壁を取っ払ったならば、音がはっきりするのも当然のことだ。



 帳を取ったとしても、愛美はいまだに歌い続けている。


 まだ、元に戻っていないためだ。


 ありがとうと言っていた玉ねぎの神霊たちが地面に帰っていく。


 緑が溢れていき、さあもう収穫していいよと葉っぱたちがつげていた。



「あーくーん。もどってこーい」



 声が聞こえる。



 鮮明な声。



「やかましか! 大声で呼ぶなよ! 伊恩!」


 何度もいわれるものだから、朝矢は思わず怒鳴り付けてしまった。



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