第10話 あーくんが帰ってこない

「うーん」


「どがんした?」


 ホームルームが終わり、帰宅していると伊恩が一人でうなっていた。


 その様子に不機嫌な顔をしながら、龍仁が暗記カードから伊恩のほうへと視線を向けた。


「かえってこんかった」


「は?」


 龍仁が怪訝な顔をする。


「あーくんたい。なんか昼休み終わっても、学校終わっても帰ってこんかったああああああ」


「なんばいいよっとや。いつものことたい」


 龍仁はそんなことかとため息を漏らしながら、暗記カードのほうへと視線を移した。


「気にならんとか? 冷たかねえ。おいたちの友情ってそんなものかあああ」


「あのなあ。友達といってもプライベートまで干渉するのは違うやろうもん」


「そがんばってんさあ。そがんばってんさあ。おかげでバンドの練習できんやったたい」


「そっち? 部活じゃなかやっか!」


 龍仁は思わず、ツッコむ。


「弓道のほうはちょこっと練習せんでも、あーくんなら楽勝で全国いくたい! 去年の全国でも優勝しとるしい」


 その言葉に龍仁は不機嫌になる。


「たまたまたい。僕のほうがもっとよかところにいっとったはずばい」


「なに負け惜しみしとるとやあ。調子悪かったとかナシけん。あー君とミッチーの実力なんて天地の差があるばい」


「お前は忖度というものを知らんとか」


「しらん。おいは正直ものじゃけん」


 そういいながら、ニコニコ笑う。


 龍仁はなんとなく勉強する気にもなれずに暗記カードをバッグの中へと入れた。


「わかっとる。ぼくの腕じゃあ、朝矢には叶わん」


「そうそう、あーくんって、かなり実践経験積んでる感があるけんねえ。なんつうか、本当の戦いで矢を放ちまくったような……」


「突拍子もないこといいよるなあ。だいと戦うとや?」


「知らん。それよりもいつ帰ってくるとやろうか? あーくん」


「今日は学校にはこんやろう。つうか、ぼくたちも帰っとるところたい」


「あーくーん。早くもどってこーい」


 当然、伊恩は叫び始めた。龍仁は思わず周囲に人が見ていないのかを確認しまった。


 あいにく人の姿はない。


 どこまでも広がる田園と山々、遠くに民家らしきものがポツンポツンとみえるだけだ。


 国道には車が数台通り過ぎていくが、人の姿はまったくなかった。


「もどってこーい」


「伊恩。そがん叫んでも聞こえんよ。どこにいるかわからんとにさ」


 龍仁は頭を抱えてあきれ返る。


「やかましか。大声で呼ぶなよ。伊恩」


 しばらく伊恩が叫んでいると、怒鳴り声がどこからともなく飛んできた。伊恩たちは驚いて振り返る。すると、田んぼを三つほど行った先に朝矢と数人の人の姿が見えた。


「おったとか?」


 さっき龍仁が確認したときには人の姿はまったくなかった。いや見逃していただけなのかもしれない。


「わーーあーくーん。寂しかったよおおお」


 伊恩はすぐさま、朝矢たちのいるほうへと駆け出した。


「おい。まて」


 龍仁も慌てて追いかけた。

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