第8話 玉ねぎ畑の騒動③

 朝矢に連絡が来たのはちょうど昼休みの時間だった。


 四時間目の授業が終わると同時に大人気の焼きそばパンゲットを目指して、伊恩とともに購買部に向かった。そのころにはすでに生徒たちがお目当てのパンを目指して集まっていたのだ。



「よしっ!! 昨日よか少なか!」


「昨日はもうちょっとってところでゲットできんかったもんねえ」


「やかましっ!今回は余裕ばい!」


 そういいながら、混雑する購買部の前で我先へと向かう生徒たちの中へと飛び込んでいく。


 男女問わず混雑する様子は、デパートのバーゲンセールそのものである。



 何種類とのパンがあるなかで最も多く積まれている焼きそばパンが次から次へと無くなっていくが、まだ半分ある。


 朝矢たちがいる位置からならば余裕でゲットできるはずだ。



 そのはずだった。


 あと少しで最前線だというときに突然誰かが腕を掴んだ。


 嫌な予感がする。


 振り向いてはいけない。


 ここで振り向いたら絶対に焼きそばパンをゲットできないではないか。


「あーくん?」


 その隣で伊恩がふしぎそうな顔をしている。



「お仕事だよーん」


 背後から子供の声が聞こえている。


(聞くか! いまは、あの焼きそばパンをゲットしたかとや!昨日取り損ねた焼きそばパン。やっと食えるところまできたとやっけん。邪魔するなあ)

 

 朝矢が焼きそばパンを手に取ろうとした瞬間、突然襟首を捕まれて、そのままパンを求める生徒たちの群れから引きずり出された。


 それに伊恩が驚いたのはいうまでもない。


 慌てて、朝矢のもとへと駆け寄る。



「いてて」


 朝矢は床に打ち付けてしまった腰をさすりながら上半身を起こす。



「大丈夫?」


「くそ! 突然なんばすっとや!」


 朝矢は顔をあげるなり怒鳴り付けた。



「俺のいうこと聞かんとが悪かとやろう? 有川」


 そこにいたのは一人の男だった。小麦色に焼けた肌に茶色の髪の長身の男だ。


「はあ? おいはあんたに呼び出されるようなことしとらんぞ!!」


「無視したやん。さっきから呼びよるとけ無視した。先生悲しかったぞ」


(てめえ、いつ先生になったとや!?)




 心の中で叫びながら、泣き真似をする男を睨み付けた


「あーくん。菅原先生面倒だから、従ったほうがよかよ」


「菅原!?」


 思わず、すっとんきょんな声を出してしまう。伊恩は怪訝な顔をして首をかしげている。


(おいおい。まじかよ。こいつはいつ菅原なんて名前の先生になったんたまよ)



 朝矢が菅原と呼ばれた男のほうをみると、いたずらを成功させた子供のような笑顔を浮かべていた。




「それよか」


 朝矢は立ち上がると、購買部のほうを見た。


「本日の焼きそばパンは終了しました」


 購買部のおばさんの声が響いた。朝矢は開いた口が塞がらない状態で愕然とする。


「あらあ」


 伊恩もショックを隠せずに肩をがくりと落とした。


「な~つ~き~。てめえ! おまえのせいでゲットできんやったじゃなかかあ!」


「先生! 先生とよべ。じゃあ、いくぞ」


 菅原先生は喚きちらす朝矢の襟首を掴み、引きずるように連れ去っていった。


 その様子を見ていた伊恩は、朝矢と菅原先生はどんな関係なのかと首を傾げた。




       ☆☆☆





 朝矢は“菅原先生”に引きずられるようにして校門出た。校門を出るとすぐに下りの坂道。その右側には野球グランドがあり、その下には駐車場。左側のほうは草だらけのなだらかな斜面、



 正面を見ると片側一車線の国道を普通自動車、トラック、農業用トラクターなどがいきかっている。


 道路を挟んで向こう側にはいくつかの民家や小店があり、そのうしろをローカル電車が通る線路がのびている。  


 それよりも向こう側には田園地帯と山々がどこまで広がっていた。


「いてえなあ。いつまで引っ張っとるとや!」


 そういわれた“菅原先生”はパッと朝矢を離す。朝矢はそのまま座り込んでしまった。



「いてて。いきなし離すな!」


「お前が言ったではないか。離せと」


 そういいながら、周囲を確認する。



「よし、だれもおらん。戻っていいか?」


 菅原先生が朝矢に尋ねた。


「しらん。勝手にせろさ」


 朝矢はぶっきらぼうに答えた。


「よし、大丈夫だ」


 そういうと、菅原先生の姿が徐々に縮んでいき、あっという間に子供の姿へと変化していった。



「うーん。やっぱりこっちのほうがらくちんだーー」


 子供は背伸びをする。


「だったら、なぜ先生の格好するんだよ。ナツキ」


 朝矢は胡座をかいたままで頬杖をつきながら、子供のほうを見た。


 子供はさっきから体操を始めている。なぜ、いま体操をはじめるんだよと朝矢は呆れ返る。


「やっみたかったんだよねえ♥️ 先生」


 そう言ってナツキと呼ばれた少年はおどけたように笑う。


「やってみたかったって……」



「それよりも仕事だよ」


 体操を終えたナツキはくるりと一回転して、朝矢のほうを振り返る。


 朝矢は眉間に皺を寄せた。




    ☆☆☆   



 そういうわけで、朝矢がやってきたのは学校から徒歩で二十分足らずのところにある玉ねぎ畑のなかである。


 朝矢がたどりついた時には、その大きな玉ねぎの化け物が田畑を荒らしまくり、せっかく育った野菜や麦が一瞬で枯らしていっていたのだ。


「やっほー。朝矢くーん」


 田畑のなかでは、朝矢と同じように“祓い屋”の仕事をしている松枝愛美、澤村桜花、桜花の弟の哲之が玉ねぎの化け物を退治しようと奮闘しているなかで、畦道で折り畳み椅子に腰かけて流暢に手をふる男が一人。そのすぐ足元でのびている中年の男がひとりいた。


「なにひとりでくつろいどるとや! 土御門」


 朝矢が怒鳴りながら、土御門桃志朗のほうへとズカズカと近づく。



「ぼくは、この人守っとるとよ。それに、化け物退治はわっかもんの仕事ばい」


「チッ。ふざけてんじゃねえ」


 そう悪態つきながらも、畑のなかへと入っていった。
















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